蛸わさび





丸い月が綺麗に輝いて照らす夜空の下。
そんな月に照らされていた本丸の一室では、寝支度をする為に着替えている土佐組の姿があった。

陸奥守と南海が布団を整えている傍で、陸奥守が脱ぎ散らかした服を黙って畳んでいる肥前はもう文句を言わなくなる程この経験をしたのだろう。
それ程までにこの本丸に来てから日が経ったという事なのだろうが、自分の服くらい自分で畳めとは思う。





「……あ。またやってしもうた。すまんな肥前。…とゆうかそうや!結局主には出陣のことは聞けたんか?」


「聞けてねぇ」


「え?なら肥前くんは主と何の話をしていたんだい?わざわざ彼女の部屋で」


「…最終的にかんぴょうの卵とじ食ってた」


「「は?」」




自分の服を後回しにして、淡々と陸奥守の服を畳んでくれている肥前を見た陸奥守は「しまった」といった様子でお礼を言うものの、その後にふと今日の昼にあった事を思い出したのだろう。

あまりにも肥前の様子が見ていられないと気を利かせたつもりだったのだが、果たしてあれは上手くいったのだろうか…と、それは一緒になってやった南海も気になっていたのもあり、2人が揃って肥前の方を見て問うが、それはまさかの答えだった。

あれだけ悩んでいたのに、何故かんぴょうの卵とじを食べる必要があるのか。
というよりもそれなら一体全体何の話をしたというのだろう。
そう素直に疑問に思い、揃って「は?」と首を傾げてしまえば、肥前は段々と青筋を浮かべて大きな声を上げた。





「…つか、そうだよ…!あんたらよくも俺を置いて行きやがったな?!しかもあいつまで連れてきて!お陰でこっちは出陣どころの話じゃなかったんだよ!ったく!」


「おや。主を呼んでは駄目だったのかい?」


「駄目…とか、そういうんじゃ、ねぇ…けどよ!」


「まぁなして話が出来んかったんかは知らんが、元気にはなったようでわしらは安心や!出陣の話はまた今度したらえいがよ!」


「そうだね。割りとこの本丸はのんびりとしているから、機会ならすぐ訪れると思うよ。………それにしても…」




肥前が怒るよりも先に、ふふふ…と口元に手を添えて上品な笑顔でそう言った南海の言葉に、肥前は思わず声を詰まらせてしまう。
そう、別に駄目とか、そういう訳ではない。
会いたくなかったとかそういうことでもないし、考えていたのも実際には紬に関係する事だった。

それに話の続きを聞けば、どうやら素直に心配を掛けてしまっていたのも分かった肥前は怒りを抑え、南海が言おうとしている言葉の話を耳に入れながら、今度は自分の内番服を畳み始めた。




「彼女が最近つけるようになったあの大きな耳飾り…肥前くんの髪の色と同じだなと思ってたんだけど、追加で今日ふと分かった事があってね」


「お?……おお!そうや!確かに肥前の髪と同じ色やったな!?ゆわれるまでわしは気づかんかったが…先生、他にも何かあるんか?」


「ふふ。それはね……そこで手が止まっている肥前くん、どうか君のその手にある服を良く見て欲しいな」


「……………あぁ?」




南海の話を聞いた途端。
淡々と畳んでいた筈の手を思わず止めてしまった肥前は気にしないようにしていたのに…!と無意識に上昇しそうになった体温を何とか鎮めようとするものの。
その後に陸奥守の質問に答える流れで何故か自分の手元を見ろと南海に言われた肥前は、俯いていたこともあってすんなりとその赤いパーカーに目をやってしまった。

しかし、何の変哲もない、シンプルなこの赤いパーカーを見たところで何が分かるというのか?
そう思った肥前が他に何かあったっけ…とふいに見てしまったのは、そんなシンプルなパーカーに刺繍された……




「っ…!!!俺の刀紋じゃねぇかっ!!!!」




そう、四角とひし形で作れる組木紋。
自分が持っていたパーカーに刺繍された、その刀紋と紬のあのピアスが重なった途端、肥前はバサァッ!!と折角畳んだパーカーを勢いよく畳に叩きつけてしまった。

ゆらゆらと揺れる紬のピアス。
それは自分の髪の色と同じもの。
それが分かっていたが、分かっていたが。
まさかそれが、形までだとは思っていなかった。

政府によって作られた自分の刀紋は、組木の様な紋だ。
四角とひし形を組み合わせたようなデザインのそれは、見た時に陸奥守に「坂本の家紋みたいで羨ましい」と言われた記憶がある。




「………おー!?ほにほに!!確かにそうやな?!はー!先生はえらい凄いなぁ!」


「ふふん」


「「ふふん」でも「ほにほに」でもねぇよクソがっ!!!」


「まぁまぁ肥前くん。今日は疲れたろう?もう寝てしまいなよ」


「っあぁそうだな……………って寝れるかぁっ!!!!」




パーカーを叩きつけてしまった肥前を他所に。
まるですっきりした様な陸奥守と得意気になっている南海に思わず染み付いてしまったいつものツッコミを入れた肥前は結局その頬を赤く染め、煩く暴れる心臓を抑えるのに一晩中苦労することになってしまったのだった。










「いやぁ良い月夜じゃねぇか!酒が美味ぇな!」


「あはは、日本号はいつでも何処でも美味しいって言うでしょー」


「はは!違ぇねぇな!…ところで、その梅は主の実家のやつか?」


「そそ。この間かんぴょうと一緒に送ってくれたんだよね。お母さんお手製の美味しい梅酒。日本号も飲む?」


「お!じゃぁ遠慮なく!」




そんなことが土佐組の部屋で行われていたとは知らず。
夜の大広間では日本号と祢々切丸、豊前江…そして紬が月を眺めながら小さな宴会をしているところだった。

ぐびぐびと上機嫌に酒を飲む日本号を目の前にして、梅酒を炭酸水で割って飲んでいる紬はそんな日本号に笑いかけながら歌仙が用意してくれた蛸わさを口に運びながら、梅が浸かっている瓶を日本号に渡し、それを受け取った日本号は何かで割ることもなく、そのまま空になった酒瓶にそれを注ぐとまるでジュースを飲んでいるかのように簡単に飲んでしまった。




「かーっ!!美味いなこりゃ!祢々切丸も飲んでみろよ!」


「む。そうか?ならいただこう」


「ふふー。どうぞどうぞ!」


「お。なら俺も飲みてぇな。主、割るならお勧めは?」


「今日のおつまみが蛸わさだから…個人的には炭酸水がオススメ〜」




結局、各々好きな酒を飲んでいたその場の刀剣達は美味い美味いと飲む日本号に釣られて全員が紬の実家から送られてきたらしい梅酒に手を伸ばせば、紬は満足そうに笑って再度歌仙お手製の蛸わさに手を伸ばした。

その横では美味い美味いと梅酒にハマった皆が嬉しそうに笑っているのが見え、これは直ぐに無くなってしまうだろうなぁ…と思った紬が、こんなに喜んでくれるならまた親に頼んでみようと考えていれば、同じように蛸わさにも手を伸ばして口に放り込んだ豊前が何かを思いついたように手をぽん!と叩いた音が響き渡り、その場の全員はそんな豊前の方を揃って向く。




「蛸わさで思ったけど、このツーンとする感じ、なんか肥前みたいじゃねーか?」


「…ほう…確かに肥前は毎度陸奥守やお前にも鋭く言葉を投げている気がする。それである意味苦労しているとは思うが」


「あー…言われてみりゃぁそうかもな。あの見事なツッコミは見てて笑っちまうし…まぁつまりはしっかりもんってこったな!」


「そーそ。それに蛸の吸盤ってしっかりくっつくだろ?吐く墨も黒いし、体は赤いし…ほら、だから肥前!」


「お!上手いねぇ!主!豊前に座布団一枚!」


「はいよ〜座布団どうぞ!」


「やりぃ!」





豊前の言い出した蛸わさが肥前のようだという話題に日本号達が確かにと納得して盛り上がる中。
それを聞いていた紬は皆と同じ様に笑いながら部屋の隅に積み上っていた座布団を一枚豊前に贈呈する。

そしてそのまま盛り上がり続ける皆の声を聞きながら、テーブルの上に置いてある蛸わさを再度口に運んだ紬はそれを残りの梅酒で流し込むと、誰にも言わずに、そっと脳内で言葉を並べていく。



初めはツーンと鋭い感覚がある癖に

噛めば噛むほど甘さもあって

その割には案外脆くて、ちょっと弱い

でもそれでも、その風味はしっかり続く

それに元々、確か蛸は良く壺に隠れてしまうのだっけか。






「…ふふ。そうだね、肥前くんみたいだ」





失礼かもしれないが、そんな事を思ってしまえば、何だか目の前のこの蛸わさが愛おしいように思えてしまって。
全部食べてしまいたいような、大切に残しておきたいような。
不思議な感覚になった紬は思わず笑みを零してしまう。

今頃は、もう寝ているだろうか?
これだけ騒いでいるのに起きてこないという事は、きっと自分と違ってぐっすり眠れているのだろう。

耳元で揺れる、ピアスの振動に振り回されてしまうように、少し心臓の鼓動が早く感じた紬は、それを誤魔化すかのようにもう何杯目か分からない梅酒をまた炭酸水で割りだすのだった。









「……寝れねぇ…」




陸奥守のいびきから逃れるためにしている耳栓のせいで、ダイレクトに自分の早い鼓動が脳に伝わって眠れなくなっている肥前の事など知らぬまま。




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