同じもの



「はぁ…主、もう昼時ですよ。」


「んー…あと二時間…」


「長いっ!!!」


「じゃぁおやすみー…」


「蜜柑没収」


「おはようございます」





あれから…大倶利伽羅が折れてからどれくらい経ったのだろうか。
陸奥守が主を半ば無理矢理立ち直らせたのは強引だと思いながらも正直感謝をしている長谷部だったが、今自分の目の前で布団にくるまっていた主を見て思わずため息をつく。

布団にくるまっているからといって、あの時のように泣いているわけではないだけマシなのだろうが、それにしたってこれはどうするべきか。
そしてそんな長谷部の気苦労を知ってか知らずか、その原因の本人は眠そうに目を擦って欠伸をしている。





「おはようございます。…さて主…今日は遠征中の隊からの報告書の確認と、それから政府からの依頼書等が溜まっておりますので…」


「んー、報告書は読んだ。政府からのは…なんだっけ?あー…っと…なんか試験がうんちゃらかんちゃら…」


「そうです。来週にある全審神者模擬試験のことと、和泉守達からの報告書ですよ。まぁどちらも目を通しているなら結構ですが……それにしても主…」


「なにー…」


「…もう少し御自身に興味を持たれたらどうです、蜜柑と睡眠以外で。」






自分に興味を持たれたらどうですか、起き上がってぐぐーっと伸びをしている珊瑚に向かってそう言った長谷部は珊瑚に対して心配そうな視線を向ける。

何故長谷部がこんな心配をするようになったのか。
それは大倶利伽羅のあの事件以来、珊瑚に多少の変化があったからだった。
前から大好物の蜜柑は変わらず誰かが止めるまで食べ続けていたりするが、必要以上に睡眠を摂るようになったり刀剣達と毎朝やっていた体操もやらなくなり、食事の献立もこれといって食べたいものも言わなくなった。

わりとテキパキとこなしていた仕事も本当に必要最低限の…刀剣達のこと以外の仕事はおざなりになってきたし、何よりの証拠に祖母の話を一切しなくなってしまったのだ。
憧れていた、目標にしていた筈のこの本丸の元の主のことを。





「…さーてと。ちょっと散歩してくるかなー」


「っ、主…!」


「大丈夫大丈夫!散歩したらちゃんと式神の管理しとくからさ。…あ、そう言えば少し少な目だったっけ?んー…今日はちょっと多めに作っとこうかな。」


「……なら、今日の献立は何が良いですか?何か食べたいものとか…」


「皆が食べたいもの食べるよ。私はみっちゃんの美味しいご飯が食べられるならそれで充分。…はい!着替えるから行った行った!ありがとうね長谷部!」


「っ…分かりました。失礼します。」






さぁさぁと背中を押され、扉を閉められて。
振り向いた先にある何も言わない豪華な紋が施してある扉を見つめ、やり場のない思いをため息として吐き出した長谷部は静かに目を伏せた。

確かに、陸奥守が主を立ち直らせてくれたお陰で食事は摂るようになったし、部屋の外にも出てくるようになった。
本丸にいる全員を集めて、頭を下げて。
「心配かけてごめん」と「もう大丈夫」だとそう言ってくれた。




そして、笑うようにもなった。





「……笑う……か…」




……でもそれは、果たして。
心から楽しそうに見えない笑顔というは、本当に笑顔と言えるのだろうか。












「おお長谷部!ええ所に!ちっくとこっちに来とーせ!」


「…陸奥守…と、鯰尾…鶴丸に燭台切まで…お前達、こんな所で何をしている?」


「少し話をしているんですよ。」


「話?」


「主のことで少し、ね。まぁまぁ、長谷部くんもこっちに来て話を聞いてよ。悪い話ではないからさ。」





主が、珊瑚が心から笑ってくれるようになるにはどうすれば良いのか。
時間が解決してくれるものなのだろうか。
こんな時に陸奥守なら何か良い案が浮かぶのだろうか。
いや、もしかしたらもう何か考えているのかもしれない。
そんな事を考えながら、中庭を抜けて廊下を歩いていた長谷部を呼び止めたのは空き部屋で会議のようなものをしている陸奥守達だった。

長谷部が陸奥守と燭台切の言われるままにその場に混ざって腰を降ろせば、陸奥守はよっしゃ!とガッツポーズをすると周りに聞こえないように声量を押さえてこそこそと話を始める。





「来週末、わしらで珊瑚にバレんように極秘で出陣をするんぜよ。」


「…どういうことだ?大体、来週末は主が留守にする日だろう。勝手な真似は…」


「だからだ。その日は主が政府からの招集を受けている日だろう?その間に、俺達であいつを探すんだ。」


「…あいつ?誰の事だ。」





あろうことか、珊瑚がいない日を狙って何処かに出陣しようとしている面々に長谷部は面白くなさそうな顔をしたものの、一応理由は聞いておくべきかと最初から止めずに耳を貸す。
どうやら何かを探すつもりのようだが、それは一体何なのだと長谷部が眉間に皺を寄せて聞いた途端。

その寄っていた皺はゆるゆると力を無くし、代わりかのように細められていた瞳が丸々と見開かれたのだった。
















「…もうやだ…半年に一度あんなことやるの…嘘でしょ信じられない…」





陸奥守達が何やら極秘で動いていたことなど全く知らなかった珊瑚は今、自分が所持している本丸へと荷物を持って歩いている所だった。
その荷物の中には政府から渡された資料やら歴史書やら、ついでにと実家に帰省した際に渡された仕送りの数々。

お陰で両手は重い物を持っている為に今にも千切れそうだし、肩は凝るし、霊力も枯渇しているせいで集中力が続かない。何だか歩くのも怠くなってしまった。
こんな事なら誰か迎えでも呼べば良かったかもしれない。





「…それにしても……素質…か……あはは、そんなこと、私が一番分かってるって…まだ無理だっての…」





一旦荷物を地面に置いて立ち止まり、ふと政府の試験管に言われたことを思い出した珊瑚は1人静かに笑う。
嘲笑うかのように笑ってしまったのは、招集先でやらされた霊力テストの際に試験管に言われたことが原因だった。





「貴女は身内の跡を継いで審神者になったとお聞きしました。…しかし失礼ですが…こちらで管理している情報と比べて見る限り、霊力量はその方よりも低いようですね。」


「…っ、祖母は優秀な審神者だったと聞いています。私はまだ成り立てで…正直自分でもまだ祖母とは比べられるレベルですらないと思っています。…精進します。」


「…そうですね……こちらも直ぐにその方を超えろ等と野暮なことは言いません。しかしねぇ…」


「……」


「…報告によると…既に……えぇっと……打刀の大倶利伽羅ですか。…こちらを一振り折られているようで。」


「っ………申し訳、ありません…」


「まぁ、どうか資材は無駄にしないようにお願いしますね。…貴女の霊力量等の合格ラインは全て超えていますので、そこはご安心を。今後とも精進して下さい。」


「っ…はい。」





無機質な部屋で、淡々と端末と手元の資料だけに目を配り、全くこちらを見もせずにそう言い放ったあの時の試験管のあの言葉がずっと頭から離れない。
帰り途中に寄った実家で母親の作った食事を食べても、他愛のない話をしても、あの時のあの言葉がこびり付いて離れなかった。
お陰で、隠そうとしていたのに母親に「上手くいっていないのか」と心配させてしまったくらいだ。





「…資材の無駄使い………か……私がしっかりしてれば…もっと上手く言葉を選べてたら…伽羅ちゃんはあんな言われ方しなくて済んだのに……っ、ごめんね…ごめん…」





あの時もっと違う言い方をすれば、寧ろ何も言わなければ。
余計なことをしなければ、自分がしゃしゃり出てしまったから、きっと彼のプライドを傷つけてしまったんだ。
祖母ならきっとそんな間違えはしなかった。
大切な刀剣を折らせてしまうなんてこと、しなかった。

そう思って何度泣いたか分からない。
そしてそれは結果的に陸奥守や長谷部、他の刀剣達にも心配を掛けてしまった。
結局自分はどんなに張り切っても、祖母のようにはなれないのだ。





「…頑張ってくれてるのは、むっちゃんや刀剣男士達。…命を張ってくれるのも、痛い思いをするのも…私じゃなくて皆の方なのに…私、何で1人で突っ走ってたんだろ。」





もう、どうするのが正解なのか、どう行動するべきなのか。分からなくなってしまった。





「…と、あーあーあーもう!暗い顔してたら皆に心配掛けちゃうし…切り替え切り替え!さっさと帰ってお風呂入ろう…肩凝りが酷すぎる……てか…あー本当にこれ重い…っ…」


「…?主?今帰ったのか。」


「?…あ!同田貫くん!!うんただいま!てか助かったー!お願いー…これ持ってー…!重くて重くて…そろそろ肩が限界なんだよー…」


「これくらい容易い。任せてくれ。」


「ありがとうっ!!」





そろそろ本当に辛くなってきた、足が進まない…とめげそうになっていた珊瑚の前に現れたのは内番姿で首に手拭いを掛けた同田貫だった。
どうやらランニングの途中だったようで、珊瑚が助けを求めると二つ返事で荷物をひょい、と軽々運んでくれる。

そのまま同田貫と並んで無事に本丸へと辿り着いた珊瑚は「ただいまー」といつもの様子で扉を開ける。
出迎えてくれるだろう陸奥守や長谷部達の顔を想像しながら、いつものように。



だから、なんの疑いもなかったんだ。
出迎えてくれる刀剣達の中に、新しい顔が増えていることなんて。

そしてその「新しい顔」が、言葉通りのものではなく、






「おお。珊瑚!もんてきたか!」


「うん!ただいま!」


「…おかえりなさいませ。…主…その…ですね…」


「うん?どうしたの長谷部…てか、皆揃ってどうし、」


「おいおい、主が帰って来たんだ。挨拶くらいしろよ、」




鶴丸が後ろを振り返って、誰かに何かを言いながら玄関の前で勢揃いしている刀剣達の前にそれを半ば無理矢理引っ張り出すかのように押し出す。

その顔を見て、同田貫に全て任せるのは悪いからと少しだけ持っていた荷物を床に落としてしまった珊瑚が見たもの。
それは、





「…っ…チッ……大倶利伽羅だ。…別に馴れ合うつもりはない。」





新しい刀剣なんだろう、新しい仲間なんだろう。
でも、でもそれでもそれは、その容姿は。その声は。






(………別に馴れ合うつもりはないからな)







あの時の彼と、伽羅ちゃんと。

全く、同じ。





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