入っていけない場所
「………はぁ…」
「…お?どいたが?珊瑚…そがに落ち込んじょって」
「んー…?あ、むっちゃん…。あのね、実は伽羅ちゃんの件でちょっと…」
「伽羅ちゃん?………ああ!大倶利伽羅のことか。ほんで、その大倶利伽羅がどうかしたが?」
「ちょっとね…みっちゃんや鶴さん達に仲介に入ってもらって、伽羅ちゃん呼びすることには成功したんだけど……その先が………あーあ…」
少し前に顕現した燭台切と鶴丸の作ってくれた美味しいお昼ご飯を食べ終えて、縁側でお茶を飲んでいた珊瑚だったのだが、そんな優雅な姿とは裏腹に、心の中ではどよーんと落ち込んでため息をついていた。
そんな主の姿を畑仕事終わりに偶然見掛けた陸奥守が話し掛ければ、珊瑚は聞いてよむっちゃん、と言うように自分の隣をトントンと叩く。
「よっこい、せ…とぉ!…がはは!げにえらい落ち込んじょるの!どいたがどいたが?」
「…その伽羅ちゃんと上手く話せない…」
「……あー……まぁ、それはそうろうな。どう見ちょってもあれはちゃちくる男やないき。」
「……やっぱそうだよねぇ…初めて顔を合わせた瞬間に「馴れ合うつもりはない」って一蹴してきたくらいだからなぁ…」
陸奥守に理由を話し終え、もう本当どうしよ…と、頭を抱え始めた珊瑚を見て、これは本当に困ってるなと判断した陸奥守は両腕を組んでうーん…と唸ってみせると、暫くして何か閃いたのだろう。
組んでいた両腕を解き、ぽん!!と手のひらに拳を乗せて音を立てると、その音で顔をあげた珊瑚にこう言った。
「宴会じゃ宴会!!燭台切や鶴丸に協力してもろうて、宴会を開くがよ!あの大倶利伽羅もあいつらに言われれば来るろ!」
「…そっか、宴会……宴会か……!なるほど……」
「その話!乗ったぜっ!!」
「「わぁ?!」」
「お!驚いたか?ははは!すまんすまん!伽羅坊の話が聞こえてきたんで、ついな!」
陸奥守の提案に、それは良いかもしれないと珊瑚が目を輝かせたその時、中庭の草陰からバサァッ!!と音を立てて現れた人物に縁側で座っていた2人は驚いて声を上げる。
そんな様子に、すまんすまん!と謝りながらもその反応がお気に召したのだろう彼…鶴丸国永は笑いながら腰に手を当ててみせた。
腰に手をやる前にザクッ!と既に土が付いたスコップを地面に刺し置いたのは見なかったことにしておいた方が良いだろう。
「宴会なら俺と光坊からあいつを誘っておく!なぁに、嫌そうな顔はするだろうが来てくれはするだろう!」
「それなら安心だね!ありがとう鶴さん!」
「いやいや、これくらいの事は気にしなさんな!……と、あれは…鯰尾?」
「「ん?」」
鶴丸の一押しもあり、無事に宴会の話がまとまったその場が安堵に包まれようとしたその時だった。
今度はドタバタと慌ただしく走ってくる音が聞こえ、3人がその方向を向けばそこには息を切らせた鯰尾がこちらに気づいて泣きそうな顔をしている光景。
只事ではなさそうなその雰囲気に、彼へと揃って駆け寄った3人が聞いた言葉は数秒前に感じた「安堵」を簡単にひっくり返してしまった。
「大倶利伽羅さんが出陣先で中傷になってしまって!!っ、すみません…!俺が着いていながら…!!」
「っ、ちょっと!伽羅ちゃん!良いから一緒に手入れ部屋に来てよ!」
「っ…俺に、構うな…!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?!!」
「いい!これくらいの傷…はぁ、自分で治せる…っ、」
「何の為に私がいるの!いいから!早くこっちに…っ!」
「俺にっ、構うなと言ってるっ!!」
「っ…!!」
鯰尾から、大倶利伽羅が中傷を受けたと聞いて。
急いで教えられた部屋に駆け付けた珊瑚が見たものは、苦しそうに呼吸をしながら畳の上で座っている大倶利伽羅の姿だった。
慌てて隣に座って、何度手入れ部屋に来てくれと言ってもまるで聞きやしない。
聞かないどころか珊瑚をギロりと睨みつける始末。
それを見兼ねた鶴丸と陸奥守が「主の言うことを聞け」と援護をしてくれるが、それでも大倶利伽羅は変わらず全員ここから出ていけと言わんばかりの態度だった。
「っ、ねぇ鯰尾くん!何があったの?!出陣先って宇都宮城だったよね?」
「はい…っ、そうなんですけど…!どうやら検非違使が潜んでいたようで…」
「検非違使?!」
どういうことだ、行ったのはそんなに強敵もいない宇都宮城だったはず。
そう思って鯰尾に確認した珊瑚は彼から発せられたその言葉に目を丸くする。
まさか検非違使が現れるとは思っていなかったのだ。
これは完全に主としての把握不足。
ましてや大倶利伽羅は今回が初めての出陣で、それを見越して審神者就任当日に顕現してくれた経験のある鯰尾と共に出陣してもらったのだが、それが今回仇になってしまった。
「っ、ごめん伽羅ちゃん!まさか検非違使が潜んでたなんて…!私がもっと把握してればこんな事には…!」
「っ…」
「!お、おい主、待っ」
「伽羅ちゃんはまだ顕現したてだから、鯰尾くんが援護出来るようにって…なるべく敵が強くない所に行ってもらったんだけど…!!」
「………出て行け」
「っ、だから手入れをし、」
「出て行け!!!」
大倶利伽羅の突然の怒鳴り声に驚いて、思わず伸ばしかけていた手を引っ込めてしまった珊瑚はあまりの迫力に言葉を失ってしまう。
その様子を見ていた鶴丸は、しまった…と小さく声に出すと、珊瑚の肩に優しく手を置き、後は俺に任せてくれるかとやんわり珊瑚を部屋の外に出し、「伽羅ちゃん大丈夫?!」と騒ぎを聞きつけて駆け付けた燭台切に手入れ道具を持って来てくれるように頼むとゆっくりと襖を閉める。
「っ……」
「…珊瑚、そがに心配せんでも、後は伊達の2人に任せちょけば大丈夫ぜよ。おまんは部屋に戻っとーせ。」
「…そうですね。主は自室に戻っていて下さい。大倶利伽羅さんも重症という訳ではありませんし、あの2人が着いていれば大丈夫ですよ。」
「………っ…ん。分かった。」
襖の向こう側から聞こえる、鶴丸の「取り敢えず深呼吸をしろ」との声を聞きながら、陸奥守と鯰尾の言う通り自分の部屋へと戻っていく珊瑚の背中を見つめた2人は顔を見合わせるとどうしたもんかと息を吐いて目を伏せた。
珊瑚が、自室へと戻る道中で良くない考えを浮かべてしまっていることに気づく事が出来ずに…
しかしきっと、この後起こってしまうことは、それだけが原因ではない。
珊瑚も、大倶利伽羅も、あの場にいた他の刀剣男士も。
まさかこの後に起きる出来事があんなに苦しく、賑やかになりつつあったこの本丸を静かで冷たい本丸に変えてしまうだなんて…誰も想像がつかなかったのだから。
「大倶利伽羅が単騎で出陣していったじゃと?!あいつはなぁにをしゆう!!?今すぐ連れ戻しにいかんかっ!」
「っ、それが…!僕が朝起きて部屋に行ったらもうもぬけの殻で…!伽羅ちゃんの戦闘着も無いし…!出陣していったのは確実だよ!でも何処に行ったかまでは分からないんだ…」
「ったくあの強がり坊主は…!まだ完全に手入れが終わった訳じゃないんだが…!…どうする主?虱潰しに出陣先を巡ってみるか?」
「………みっちゃんと鶴さん達が考えてくれた案でいいよ。私が何を言っても、何をしても…多分伽羅ちゃんは言うことを聞いてくれないし、面白くないだろうから。」
「……珊瑚…?」
「…了解した!なら…取り敢えず光坊!お前は皆に伽羅坊を見掛けなかったか確認して回ってくれ!俺は支度をして直ぐに思いつく限りの場所を当たってみる!」
「分かった!」
あんな事が起きてしまった次の日の早朝。
まだ朝日が昇りきる前の薄暗い大倶利伽羅の部屋の前で焦りを見せていた面々は、この事態をどうするべきかと従うべき主の意見を聞く。
しかしその主である珊瑚は困ったように笑って、鶴丸達に判断を任せてしまった。
そんな珊瑚の様子を見ても、鶴丸達は心配と焦りでそこまで何かを考えつかなかったのだろう、珊瑚の言葉に素直に頷き、各々別の方向へと走っていく。
それを見届けた珊瑚が「こんのすけにも聞いてみる」と自室へと戻ろうとしたが、その腕を陸奥守はしっかりと掴んで引き止めた。
「…むっちゃん…?」
「……珊瑚、今は何も言わんでええ。後で話はなんぼでも聞いちゃる。わしもあいつを探してくるき、おまんはいつも通りに長谷部と仕事をくるめちょけ。」
「……うん。」
「皆で宴会、やるがやろ?早う解決させて、ぱぁー!!っとほたえて笑うて、怖いなら酒の力でも借りちょってすまんかったとゆうがええ。ほんでしまいじゃ!な?」
「…っ、うん。そうだね…帰ってきたらもう一度伽羅ちゃんと話してみる。ありがとうむっちゃん。……気をつけてね。」
「おう!任せときっ!」
何も心配するなと眩しく笑って、珊瑚の頭を豪快に掻き回して走っていった陸奥守の背中を見えなくなるまで見送って。
1人で自室へと戻って行った珊瑚が通り過ぎた中庭に咲く一輪の花の花弁が、ひらひらと地面に落ちた。
まるで、誰も見ていない所で…静かに力尽きてしまったかのように。そっと。
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