からくり




長谷部が来てくれてからというもの、苦戦していた当初に比べ、まるで川の流れかのようにすいすいと仕事が片付くようになった珊瑚の本丸ではまだ数名ながらも顕現してくれたり戦で出会ってくれたりと刀剣達が着々と増えて来ているところだ。

お陰で初めは4人だったこの本丸も、今では散歩をすれば何処かしらか誰かの声が聞こえるくらいには賑やかになった。


…の、だが。





「…………主……やる気があるのは認めますが………」


「?何?長谷部」


「何?ではありませんよ!!これはどういう事ですか!!!」





珊瑚のことをお孫様ではなく「主」と呼ぶようになった長谷部はバァン!!というような音がつきそうな勢いで首を傾げている珊瑚にとある書類を見せる。

その書類に書いてあることを読んで、「あぁそれか!」と一つも悪びれる様子もなく、寧ろ楽しみだね!と言いたげな笑顔を見せた珊瑚に長谷部は頭を抱えた。

何故頭を抱えたのかと言えば、それは今現在も長谷部の手の中にある書類の内容が原因だった。





「今月のこの支給願の内容ですよ!!何ですかこれは!?」


「何ですかって…サツマイモの種と蜜柑の苗だけど…」


「だからそれが何故なのです!!?」


「…?むっちゃんが沢山のサツマイモが食べたいって言うから…なら作っちゃえば?って。」


「…っ………!!…では蜜柑の苗はっ?!」


「それならついでに私の好物の蜜柑も作ってくれるってむっちゃんが。」


「……っ…!!!!なら!!今貴女が読んでるその書物はっ?!」


「これであなたも土佐弁マスター」


「仕事をしてくれますかっ?!?!」





珊瑚とのやり取りで、このやり場のない怒りをどこに向ければ良いのか分からない長谷部は見事にキレのあるツッコミを疲労…披露していた。

勿論、こうやっておちゃらけてはいるが、きちんと今日分の仕事を最低限終わらせていることは分かっているので、この書類を無かったことに、等はしないが。





「まぁまぁ、長谷部も読む?げに難しいがよ。」


「そこそこ読み込んでますね?!というか俺は読みませんよっ!!」


「こがに細こう載っちゅーのに勿体無いぜよ」


「標準語で結構ですよ!…はぁ、全く…!まぁ…主も努力して下さっているのは分かっていますから、もうこれ以上は言いませんが…まだまだ戦力不足なのは否めないのですから、もっと式神を備蓄しておくなり、効率の良い遠征部隊の組み方なりを考えていきましょう?」


「もー…分かってるよー…ありがと。それにしても長谷部って本当に近侍向きのしっかりした刀剣男士だよね…おばあちゃんとの連携も完璧だったし…」


「!…そ、それは…ほ、本当ですか…?!」


「うん!それは本当!良く覚えてるもん。でも今はちょっと休ませて…運動した後だから疲れちゃって…」


「運動…ですか?」






ガミガミと言いながらも、褒めるところはきちんと褒めてくれる長谷部に対し、心の中でまるで父親のようだと内心思ってしまった珊瑚は、そのしっかりきっちりとしている長谷部を見て、祖母とタッグを組んでいた当時の長谷部を思い出す。

小さいながらに思っていたことは、どうして何も言わないのにお互いの欲しいものが分かるのだろう、ということだった。
事細かに覚えている訳では無いが、まるで魔法のようだと感動していたのは記憶に残っている。

だから、そんな長谷部がこうして自分の手伝いをしてくれるのは大変有り難い事なのだが…それよりも今は体を休めたいという方が珊瑚の本音だった。






「さっきまでさ、鶴さんとむっちゃんと、3人で落とし穴を掘ってたんだよ…いやぁ楽しかったけど疲れちゃった!」


「………ほう。落とし穴ですか。」


「うん!………あれ?そういえば少し前に大きな音がした気がしたけど……もしかして誰か落ちたのかな?え、誰だろ。」


「……さぁ?誰でしょうねぇ…っ?」


「………………はっ、…?!」


「はっ?!じゃありませんよっ!!お疲れなのならば休憩を取ってもらおうかと思っておりましたが!!そんな理由でお疲れなのならばまだまだ余裕がありそうですね!!俺も「何かに」「落ちて」「鬱憤が溜まっている」ので!!とことんお供致しますよ!!!」


「ええええやだ!!今日はやることやったからもう休憩する!!!」


「いくら貴女が俺の今の主だとしても許しませんよ!!!大体!さも俺が近侍かのようにこうして共に仕事を片付けていますが!貴女の近侍はそもそも陸奥守でしょう?!何一緒になって落とし穴を掘っているんですか?!暇なんでしょう?!そんな時間と体力があるならばいくらでも式神なり部隊編成なり出来る筈ですよ!!!」


「こ、コミュニケーショ……あぁ、えっと…親睦を深めることも大切なことだよ長谷部!!!」


「俺には充分仲がよろしいように見えますよ!!!さぁ!!始めますよっ!!!」


「ごめんなさーーい!!!やだってばぁ!!!」






運動という名の穴掘りをしていた事、そしてその被害者が一体誰だったのか。
それがお互いに判明して、案の定頭の中でぷつん、と何かが切れてしまった長谷部は珊瑚の机の引き出しから日付け別にファイリングされた物を引っ張り出すと今からこれを片付ける!と珊瑚の目の前に差し出す。

これは明日やる分なのだが、どうやら長谷部は追加で明日の分まで片付けようとしているらしく、それを悟った珊瑚は必死に謝りながら抵抗を始めた。

誰か助けてと心の中で叫びながら。






「珊瑚ーっ!!聞いて驚きなさんなや!新しい…と……………う………お、おぉ?邪魔………やった…かのぉ?」


「……………陸奥守…………貴様………」


「………お、おぉ?ど…どいたが長谷部?……ほ、ほんならわしはいぬ……、」


「本来、近侍はお前だろう…………!?」


「…むっちゃん…長谷部が…その……ひそひそ」


「!?…い、いやぁ!そがぁなことはしゃんとしとる長谷部に任せた方がええな思ってのぉ!ほんならわしは他のことを頑張ろう思うたんや!近侍やけんどな!がははは!!」


「っ……はぁ、全くお前は…っ!!…もういい。で、何か用があったんじゃないのか。」


「おお!そうじゃった!」





珊瑚が助けて!と心の中で叫んでいたのを知ってか知らずか。
いや、知るわけがないのだが、タイミングを見計らったかのように襖をスパァン!と気持ち良い音を立てて開けた陸奥守はキラキラとした笑顔で部屋へと入ってきた。

…が、何やら不味そうな状況を察してあろう事か「いぬ」…つまり帰ろうとしたところに珊瑚から落とし穴のことを耳打ちされ、引き攣った笑みを浮かべながらも長谷部を上手く持ち上げてみせた。

そんな今日も元気な彼のお陰で長谷部の怒りメーターの勢いが無くなったのか、眉間に皺は寄っているもののいつも通りの長谷部と陸奥守を見た珊瑚は思わずふふ、と笑みを零してしまう。






「新しい刀剣が……って、どいたが?珊瑚。急に笑いよって。」


「え?あぁ、ごめんごめん。ちょっと懐かしくてね…おばあちゃんのむっちゃんも、こうやって長谷部とわいわいやってたなぁって思い出して。」


「…そういえばそうでしたね…良く交代で幼い頃の主を肩車をしていたものです。」


「そうじゃったんか…肩車か……やるか?珊瑚」


「えぇ?!今は流石に恥ずかし……あ。肩車といえば……」


「「ん?」」





陸奥守が何か言おうとしていた事を遮ってしまったことを謝りながら、とりあえず話は歩きながらで。と3人で廊下を進みながら珊瑚が話したのは先程話題になった肩車のことだった。

刀剣男士達は殆どが高身長で力もあった為、珊瑚は良く祖母の刀剣達に肩車等で遊んでもらっていたのだ。
それは勿論、長谷部も覚えており、懐かしいですね…と話していたのだが、珊瑚がちらりと思い出したのは「絶対に遊んでくれなかった刀剣男士」のこと。





「どうしてもね、絶対に遊んでくれなかった刀剣男士がいて…」


「ほお?そがな刀剣が…誰やったん?」


「…主、それはもしかして…大倶利伽羅のことではありませんか?」


「そう!大倶利伽羅!あはは。当時はね、大倶利伽羅って言えなくて、からくりって呼んでた気がする…いくら声を掛けても彼だけは絶対に遊んでくれなかったんだよねぇ…」


「お!?がっはははは!!そうやったか!!大倶利伽羅…ははは!こりゃたまった!」





思い出したのは祖母の大倶利伽羅のこと。
それを知った陸奥守は何故かたまった!と声を上げて笑う。
たまったとはなんだ、という顔をした長谷部に、珊瑚が「確か驚いたとかの意味」と教えると、彼はなるほど。と頷いてみせた。

しかし何故、大倶利伽羅の話をして彼は驚いたのだろうかと2人が疑問を持てば、それに気づいているのだろう陸奥守はまぁ見てみれば分かる!と、とある部屋の前で立ち止まり、珊瑚達の方を見てニカッ!と笑う。

その扉は、確か…そう思った珊瑚が口を開こうとした時。
陸奥守によって、またもやスパァン!と気持ち良い音を立てて開いた襖の先に居たのは…






「その大倶利伽羅が顕現したんちや!」


「………。」


「「………本当だ………」」





褐色の肌。
腕に宿る倶利伽羅龍。
黒に近い落ち着いた髪。
その長い襟足は赤く染まり、長い前髪から覗くその金の瞳と目が合った珊瑚は、思わず長谷部と声を揃えて同じ言葉を発する。

そう、それはまさに。
小さい頃、唯一遊んでくれなかった、あの黒と赤が印象的だった、大倶利伽羅。






「……別に馴れ合うつもりはないからな」





あぁ、その言葉で理解した。
確かに出会って速攻でこの調子なら、遊んでくれなかったのも無理はない。




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