祖母の近侍
「ほぉー…この式神を使えばええのか。いやぁ…便利じゃのう。」
「うん。そう教わった。まぁこの式神の力も私の霊力が元になってるから、早々沢山は作れないし…政府から支給された資材も多くはないから…ぽんぽん鍛刀は出来ないかな…」
「なら、大切に使わんといけんな。まっ、資材とかの問題はわしが出陣先で拾うてきたりするき、安心しとーせ!」
「…ん!ありがとむっちゃん!…えっと…じゃ、やってみるよ…」
一通り本丸の中を歩いてみた珊瑚と陸奥守は現在。
鍛刀部屋にて話をしていた。
政府に送らなければならない書類やら報告書やら、早速来ている出陣依頼のリストやら、確認しなければいけないことや覚えなければいけないことは沢山あるが、それよりもまずは少しでも戦力を増やした方が良いのではと考え、そして今に至る。
珊瑚の手には自らの霊力を込めた式神が握られており、それを掛け声と共に刀の上に置けば、その途端に刀は青く光を発して辺りを明るく照らした。
光が段々と薄れていき、そこに現れた人影はゆっくりと両腕を上げて伸びをする。
「「おお…!!」」
「………ふぅ…。ん?あ、貴女が俺の主ですね!俺は鯰尾藤四郎。燃えて記憶がないけど、過去なんて振り返ってやりませんよ!へへ。よろしくお願いしますっ!」
「鯰尾くん…っ!わぁ!出来た出来た!こちらこそ!これからよろしくね!やった!やったよむっちゃんっ!」
「おお!げに出来たな!凄いぞ珊瑚!…っと、わしは陸奥守吉行!元の主は坂本龍馬ぜよ。よろしゅうな鯰尾!」
「はい!よろしくお願いしますっ!」
光の中から出てきた鯰尾藤四郎に、思わず声を揃えて「「おお…!」」と発してしまった珊瑚と陸奥守は、その後手を取り合って喜んだ。
鯰尾と違い、陸奥守が珊瑚のことを「主」と呼ばずに名前で呼んでいるのは、彼女がそう呼んで欲しいとお願いしたからだった。
なんでも、珊瑚は小さい頃に祖母の陸奥守に良く遊んでもらった記憶があるそうで、それで初期刀も陸奥守一択だったのだ。
故に彼には珊瑚の一方通行だとしても親しみやすさがあったらしい。
「へぇ…主のおばあさんが使っていたんですか…どうりで年季が入ってる訳ですね。」
「そ。ごめんね古くて…政府にはちょっと無理言ってこの本丸を残しておいてもらってたんだけど、就任する少し前に点検してくれてるから急に床が抜けたりとかはしないと思うから安心して!粗方掃除も済んでるし!部屋も沢山あるから、好きな部屋を使っていいからね!」
「成程…!分かりました!そしたら後で色々部屋を見て回ってみます。…でも、少し安心したかな…」
「え?なんで?」
「いや、主がきっちりとした堅苦しい人とかだったら嫌じゃないですか。でも、主は親しみやすい方だし、この本丸も何処か懐かしさを感じるから、俺にとっては逆にこっちの方が有り難いです。」
「そうなんちや!やき、わしもつい気軽に話してしまうがよ。まぁ、それが珊瑚のええ所なんやろな。やき、珊瑚は安心してわし達に何でも頼って欲しいぜよ!」
「むっちゃん…!鯰尾くん…!うん!ありがとうっ!私も審神者として、一生懸命やってみるからっ!これからよろしくね!」
ギシギシと音を立て、縁側を歩いていた珊瑚達はしみじみとそんな話をする。
元々堅苦しいのは珊瑚自体も好きではないし、審神者と刀剣という立場でもそんなにきっちりとした関係にはなりたくなった珊瑚は2人の話を聞いて心の底から安堵したようだった。
鍛刀も無事に成功して、こうして仲間も増えて幸先が良いな…と中庭にちらほらと舞っている桜の花弁を見つめて微笑んでいた珊瑚だったが、ふと視線を感じて後ろを振り返る。
「ん?…へ、狐…?」
「主さま。この度は審神者御就任おめでとうございます。ご挨拶が遅れましたが、私はこんのすけ。ささやかですが、これから主さまのお手伝いをさせていただきます!」
「こんの、すけ…」
「き、狐が喋りゆう…」
「わぁ…!可愛いですね!」
振り返った先にいたのは白く毛並みの良い、顔に化粧を施した小柄な狐だった。
桜の花びらが数枚散らばった縁側にちょこんと座って、それがあろう事か人間の言葉を喋り出した事に驚いていた面々だったが、その可愛らしさに不思議と警戒心は抱かなかった。
詳しく聞けば、このこんのすけは政府から派遣された審神者の手助けをしてくれる存在のようで、新人審神者として、そして何より大好きだった祖母の跡継ぎとして責任を感じていた珊瑚にはとても有り難い存在だった。
「ほお。政府から…!良かったのぉ珊瑚!」
「うん!身構えてたから何だか凄い安心した…!どうぞよろしくね!」
「こちらこそです!それならまずは書類から片付けましょう!主さまのお部屋に、早速溜まっていらしたので!」
「…………………………………はい。」
「あ!!なら俺!その間にお昼ご飯の支度をします!任せてください!時間を掛けて美味しい物を作りますからっ!!じゃっ!!」
「お、おおー!?そ、それはええ案じゃ!わしも手伝うき!!!珊瑚!!頑張っとうせー!!」
「薄情者ーっ!!!」
にこにこと笑いながら尻尾を振っているこんのすけに挨拶を済ませ、可愛いなぁと癒されていたのもほんの一瞬。
その可愛らしい純粋な笑顔で「書類を片付けましょう」と言われた珊瑚は一瞬にして笑顔のまま石化した。
その後ろ姿を見て、珊瑚が振り返る前に、瞬時に察して早口で言い放った鯰尾と、それに上手く便乗した陸奥守は最大限の機動を駆使して炊事場へと走っていく。
珊瑚の「薄情者」という叫びを振り払うかのように全力で。
「主さま、今日はいかがなさいますか?今朝も政府から情報提供の書類等が届いておりましたが…」
「また届いてるの……………」
「はい!五通程はありましたよ!しかし…刀剣達の力を高めるのも今後の課題ではないかと…就任し始めたばかりですから、戦力不足も少々問題ですね。鍛刀に使う式神を備蓄しておくのも手かと思います。」
「あぁ、それもそうだね…うーん…やることが沢山あって目が回りそう…鯰尾くんのご飯は美味しいけど…私1人だとあれもこれも手が回らないな…他の審神者って皆これをテキパキとこなしてるんでしょ?はぁ、おばあちゃんって凄い人だったんだなぁ…色々聞きたいけど、当然ながらもういないし…」
陸奥守と鯰尾に逃げられてから何日か経った後。
稽古場にて陸奥守と鯰尾が手合わせをしている時間を見計らって、自室で出陣先のリストを確認していた珊瑚は就任して二日目というのにもう既に机の隅に積み上がっている書類を横目に唸っている最中だった。
こんのすけが言うには就任したてだからこそのこの書類の山らしいのだが、それにしてもやる事があり過ぎて、正直何処から手をつければ良いのかさえ分からない珊瑚は今は亡き祖母がどれだけ凄い人だったのか改めて痛感した。
小さい頃に何度か祖母の審神者としての姿を見ていたが、その時はカッコイイと思うだけで、まさかこんなにも要領良く仕事をしていただなんて。
「………あれ………?」
「?主さま?どうかなさいましたか?」
「え?あぁごめんね。…いや、そういえば私のおばあちゃんって…誰が近侍だったんだっけな、って思って…」
「主さまのおばあ様…あぁ、この本丸の元の主さまですね。」
「うん、そう。今思えば凄い要領良く仕事をしてたなと思ってね…うーん…近侍……誰だったかなぁ…?」
「珊瑚ー!珊瑚ー!!朗報ぜよ!ちっくと気とーせー!」
「ん?むっちゃんの声…どうしたんだろ?」
「行ってみましょうか。」
祖母のこと思い出し、ふとそんな祖母の近侍は一体誰だったかと昔の記憶を絞り出そうとしていた珊瑚の元に突然入ってきた陸奥守のテンションの高い声が届く。
そのお陰で思い出せそうだった近侍の正体が一瞬にして飛んでいってしまったが、それよりも陸奥守が嬉しそうな声をあげていることが気になって、階段を降りて陸奥守の声がした方向へとこんのすけと共に小走りで向かった珊瑚は玄関先で立っている陸奥守と鯰尾の背で隠れている来客を確認する為、そんな2人の肩からひょこ、と顔を出した。
すると、そこには…
「……………あ。」
「…………っ…!!!お孫様…!!!お孫様っ!!!!」
「…………!はせ…べ?…長谷部?!長谷部だ?!え!!?な、なんで…?!」
「お孫様!!!そうです長谷部ですっ!!覚えていて下さったのですね?!あぁ!こんなに大きくなられて…!!あの頃の面影も…っ!!っ、あぁあお久しぶりでございますっ!!お元気そうで何よりです!!!」
陸奥守と鯰尾の肩口から顔を出した珊瑚が見たもの。
それはそこそこの荷物を抱えた、有名な刀でもある「へし切長谷部」の姿があった。
特に鍛刀もしていないし、出陣して出会ったわけでもないのにどうして…と一瞬そんな事が頭を過ぎった珊瑚の耳に届いたのは「お孫様」という彼の言葉。
自分を「お孫様」と呼ぶへし切長谷部だなんて、そんなの、自分の知っているへし切長谷部しかいない。
そう、つまりこのへし切長谷部は、祖母のへし切長谷部だ。
小さい頃に遊びに来ていた自分を良く肩車してくれていた、あの…へし切長谷部。
「っ…………う、………うぅ…っ!」
「?!?!お孫様?!どうかさなれましたか?!っ…!!貴様らぁ!!お孫様に何をしたぁ?!」
「いや俺は何もしてないんですけど?!陸奥守さん何をしたんですか!」
「わしも何もしておらんぜよ?!ど、どいたが珊瑚!!?このへし切長谷部はおまんが昨日ゆうてたあのへし切長谷部やろう?!昨日のうちに政府に連絡をしちょいたんだけんど、ひょっと嫌じゃったか?!す、すまんかった!」
「?!俺が来たのが嫌だったのですかお孫様っ?!」
「ち、ちが…っ、あり、が、と…!むっちゃん…っ!」
それが分かった途端。
懐かしさと嬉しさと、そして何よりあの頃の暖かい記憶が一気に脳内を駆け巡った珊瑚は顔を赤く染め、ぽろぽろと大粒の涙を零し出す。
嗚咽を抑えながらただ黙って泣いている珊瑚をぎょっとした目で見つめ、もしかしたら自分のせいだったか、余計なことをしたか、とあわあわとしだす陸奥守に伝えきれない感謝をその手のひらに込めて、彼の肩を優しく叩いて嗚咽混じりでも何とかお礼を言った珊瑚はゆっくりと焦っている長谷部の目の前まで移動する。
「っ、長谷部…!お、おばあちゃん…死んじゃったんだよ…っ!ごめ、ごめんね…!私が跡を継いだんだけ、ど…!私まだ全然おばあちゃんとは程遠く、て…!どうせ遊びに来てくれるなら、もっとちゃんと審神者としてしっかりやってるとこ、見せたかっ、」
「っ違いますよお孫様!!俺は…!貴女に仕える為にここに来たんです!元主のことは、風の知らせで存じております…。そして貴女のこともこの陸奥守を通して政府から聞きました。だからこそ、俺はここに来たんです。」
「……へ?ど、どういうこと…?」
「俺を、この本丸の一員にさせて下さい。俺が近侍として仕えていた元の主とこの本丸の跡継ぎである……貴女のお役に立たせて下さい。」
静まる、広い広い…まだ3人しかいない寂しい本丸の中で。
はっきりとした強い意志を感じる長谷部の言葉を聞いた珊瑚達は大きく目を見開いた。
驚いている陸奥守達を背に、その言葉を聞いた珊瑚はぐっと強く閉じていた唇を開いて、一度瞳を閉じる。
そこには、自分の祖母が自室で要領良くテキパキと、楽しそうに仕事をしている横に立っていた人物の顔が浮かび、その顔は瞳を開いた先に映る顔と一致する。
それを噛み締め、喜びを全身で表現するかのように、彼が荷物を抱えていることなどお構い無しで飛びついた珊瑚はわんわんと泣き始めた。
「おおおお、お孫様?!」
「わぁぁん長谷部!長谷部ぇ!!ありがと、ありがとう!!!」
「!っははは!俺が来てこんなに喜んで下さるなんて…!全く…!派遣先の主と政府に無理を言って異動願いを出した甲斐がありました。」
「長谷部ぇえええ!!!」
珊瑚が飛びついてきた途端、持ち前の機動の速さを活かして思わずそぉい!!と持っていた荷物を陸奥守の方へと投げて、空いた両腕で珊瑚を受け止めた長谷部は心底嬉しそうに頬を染める。
荷物をキャッチした陸奥守と、それを横で見守っていた鯰尾とこんのすけもそんな2人のやり取りを見て幸先が良いな、と未だに泣き止まずに喜んでいる主を眺めて優しく微笑むのだった。
(溜まった書類手伝ってぇぇ…!)
(いきなり溜めているんですか?!)
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