思い出の始まり





「はぁ?!大学を辞める?!なんでまたっ?!」



気持ちの良い程に澄んだ青空の下。
まるで天に昇っていくかのように火葬場の煙突から煙が上がっていくのを見上げながら。
隣ですすり泣いていた母に静かにそう言った珊瑚はその途端に泣いていたのが嘘かのように大きな声を上げた母側にあった耳を塞ぐ。
思わず「うるさっ?!」と言えば更に大きな声で「当たり前でしょう!」と返ってきた。



「だってあんた…っ!あんなに頑張って、折角音大に入れたんじゃない!もう少しで将来が見えてくるとこまで来たのよ?!おばあちゃんが死んだからって不貞腐れてんじゃないわよ!」


「違うよ!不貞腐れただけで大学辞めるなんて馬鹿、流石に言うわけないでしょ!」


「じゃぁ何っ?!」


「…約束してたんだ。おばあちゃんと。」







(珊瑚、あんたにもし力が宿ったその時は、私の跡を継いでやってね。)






「思い出が沢山詰まった、あの場所も一緒に…って。」












小さい頃から、歌だけは上手かった。
後はみんなぼちぼちと言ったところで、これと言ってずば抜けて何か出来るという訳でもなく、出来ないという訳でもなかった。

褒められる程凄くもなければ、怒られる程出来損ないでもなくて、ふと何気なしにテレビのCMか何かの曲を口ずさんだ時に初めて「あんた歌上手いんじゃないの」と母親に驚かれたのが切っ掛け。

そんな些細なことで将来の道を決めただけだった。
だからこれも、言ってしまえば別に「絶対なりたい」ものでもなくて、「一番になりたい」ものでもなかったのだ。
ただ、それが初めて自分が頑張ってもいいかなと思えたものだった、ただそれだけ。





「…あんた、本当にいいの?珍しく頑張ってたじゃない…」


「うん。いい。…確かに頑張ってたし、正直落ち着いたら海外に行こうかとも考えてた。歌うことは好きだったけど、それよりもおばあちゃんとの約束の方が私にとっては大切だからね。」


「…まぁ、あんたがそこまで言うなら応援するけど…それにしてもいつの間に発現したのその力。」


「うーん…おばあちゃんが入院してすぐくらいかな…」


「ふーん…でも、私もおばあちゃんから何度か思い出話みたいに聞いたけど、大変みたいよ、審神者の仕事って。」





天へと昇ってしまった祖母の遺品を整理しながら、珊瑚は母と今後の話をしていた。
今後、というのは自分の将来の話。
まぁ将来と言ってもとっくに就職していても可笑しくはない年齢なのだけれど。





「それでもいいの。…ふぅ、取り敢えず遺品整理はこんなもんでいいでしょ。私は私の支度をしなきゃ。」


「支度?支度って何の。どっか行くの?」


「実はね、もう申し込んでるんだよ、審神者の養成学校の編入。」


「はぁ?!あんた行動早っ?!………あーもう!はぁ、もう分かったわよ…本当に本気なのね……なら、お母さんも精一杯応援するわ。手伝うよ。」


「…ん。急にごめん。ありがと。」





実はもう手続きはしていたのだと審神者養成学校の話をすれば、母はまるで呆れたように「参った」と両手を上げて降参の合図をする。
大変なのは、珊瑚自体も散々祖母から聞かされていたのだ、それくらい覚悟はしている。

しかし、それでもここまでしてやりたいと思ったのは、思えたのは…





「あの飽き性のおばあちゃんが、死ぬ間際まで楽しそうに話してたでしょ。大好きだったんだぁって。それをずっと聞いてたからさ…」


「……成程ね。…ま、おばあちゃんの刀剣達にはあんたも遊んでもらってたもんね。ちょっとくらい覚えてんでしょ?」


「うん。覚えてる。カッコイイお兄ちゃんが沢山いるなーって当時は思ってたけど…そう言えば、おばあちゃんの刀剣男子達ってどうなったの?」


「…引退する時にね、おばあちゃんが「必要としている他の審神者の元に行ってもらった」って言ってたよ。」


「……そっか。」




審神者になろうと心に決めた理由。
それは飽き性だった祖母が死ぬまで一途に彼らを思い続けていたからだ。
祖母はそんな刀剣達との思い出を胸に、最後の最後まで笑って旅立って行ったから。





(はせべぇの肩車!高いっ!高いねーっ!)


(あ、あぁあ?!!お孫様っ!暴れないで下さいっ!)


(お嬢、採れたてのトマト食うか?)


(食べるっ!)


(いい?嫌いな奴には馬糞を投げてやるんだよ。)


(馬糞って何ー?)


(主のお孫様に変な事を教えるんじゃないっ!!!)





そして、自分もそんな刀剣達に小さい頃お世話になっていた記憶がある。
お世話になっていたというよりは遊んでもらっていたと言った方が正しい。

祖母が引退してからも、各々元気でやっているならば何よりだ。
良く祖母の本丸に遊びに行って、刀剣達に肩車をしてもらったりしていたっけ…と微かに覚えている記憶を思い出してくすりと笑った珊瑚は母と一緒に自室で荷造りを始めるのだった。




(からくり、遊んで!)


(からくりじゃない。…俺に構うな)


(えー!からくりとも遊びたい!)


(俺は大倶利……はぁ、そういうのは貞か光忠に頼め)





「…そういえば…彼だけは遊んでくれなかったな…」


「珊瑚?なんか言った?」


「…あ。ううん!なんでもない!」




ふと、降りてきたかのように脳内にチラついた、黒と赤、そして褐色の肌によく映える金色の瞳を思い出しながら。













「それがね、私が審神者になった切っ掛け。」


「ほぉ。そうやったんじゃのぉ…えらい立派なことやないか!」


「へ?そうかな…?!それは簡単な理由ですね。って先生にも言われたんだけど…!」


「そがなんない。一度歩こう思っちょった人生の道を変えるのはげに簡単に出来ることやないぜよ!おまさんは強くて優しいんじゃ。わしはそがなおまさんに従えられることが誇りやき、自信をもってええぜよ!」





そんな、数年前の…今この場所に来るまでの切っ掛けを、隣に立ち、がはは!と眩しく笑いかけてくれる男性に話し終えた珊瑚はその男性に褒められたことが予想外だったのもあって素直に心から笑顔になってしまう。

お互い顔を合わせ、にかりと笑って。

次に揃って前を向けば、そこには新人の審神者には決して相応しいとは言えないだろう、とても年期の入った大きな門があった。



「よぉし!珊瑚!ここからがわしらの始まりじゃ!「せーの」で行くぜよ!」


「うんっ!!」


「「せー…のっ!!」」





小さな手と、大きな手。
それがゆっくりと目の前の扉を開けて、踏み出して。



珊瑚の審神者としての人生が、物語が。
沢山の思い出の始まりが、今、ここから始まる。




「よろしくねっ!むっちゃんっ!」


「おうっ!!任せちょけっ!!」




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