二度目の主には




言い逃れの出来ない、圧倒的に重苦しい空気が漂う大広間。
そんな中で珊瑚はあっけらかんといった様子で淡々と説明をしていく。
その様子を見て、我が主ながらなんて度胸じゃ…とそれを見守っていた陸奥守は再度自分の遥か後ろにいる大倶利伽羅へと目を向ける。

どうやら何処かに行く様子はないようで、先程目を見開いていた表情は大分収まったようだ。
まぁそれにしても何処か不機嫌そうに見えるのは決して気の所為ではないのだろう。




「ちなみに私のお母さんって面食いでねぇ。こうやってカッコイイ人ばっかり送ってくるんだよ…もう本当に嫌になっちゃう…」


「…主…ご、ご結婚されるんですか…?」


「あーないない。結婚なんてもの私はしません。何か心配掛けちゃったみたいだけど、私は元々結婚願望なんてないし、一生独身でいるつもりだよ。」


「え、ええ?!主、人妻にならないの?!」


「残念ながらならないよー包丁くん。」




先に長谷部に釘を刺されていることもあり、何も出来ずにただ見守るだけしか出来ない陸奥守のもっと前。
身長差のこともあってか、前列に仲良く並んでいる粟田口の短刀達のおずおずとした質問にさえも珊瑚は明るく、それはもう本当に何とも思っていないかのような口調で返答をすると、隣でずっと黙っていた長谷部へと向き合った。




「だから長谷部も、変に心配しなくて大丈夫だから。……それとも、他に何かある?」


「……主、これは刀剣男士を従えている貴女としてではなく、俺の元主のお孫様である貴女に対しての意見です」


「……ん。何?」


「俺個人としては、貴女には「人間としての幸せな人生」を歩んでいただきたい。元主もそうだったでしょう。殿方と結ばれてからも充分に審神者としての責務を全うし、子孫も残した。そのお陰もあってこうして今貴女はここにいる。…結婚したって審神者を辞めなくてはいけないわけではないでしょう」


「……長谷部はそういうと思ってたよ。」


「っ、それなら…!」


「でも、」




長谷部がこうして本丸にいる者全員を集めた時点で、珊瑚はこうなることが分かっていたのだろう。
隠しきれないなといった表情で、諦めたようにため息をつくと長谷部がそう言うことは分かっていたと口にする。
そしてそれは、今さっき言ったことだけではないことも珊瑚には分かっていた。

この先に言われることを予知していながらも、それでも珊瑚は素直に自分のことをそんな風に心配してくれる長谷部の気持ちが嬉しかった。
でも、だからこそ今全員が揃っているこの場所で、話をしなければいけない。




「私、結婚するなら本気で好きになった人としか結婚したくない」


「それは決めつけでしかありません。現にお見合いすら断っている状況でそんなことを言われても納得がいきませんよ」


「好きな人はもういる。だから私は一生独身でいるって言ってるの」


「っ、主!!」


「私の幸せはこうしてここで審神者をやって、皆と一緒に過ごしている今。そして未来。それ以上の幸せはないし、これから現れることもない。」




向かい合っている珊瑚と長谷部の様子をただ見ていることしか出来ない刀剣男士達は、突然の珊瑚の「好きな人がいる」との発言でざわっ、と場の雰囲気を震わせる。
その中には既に察している者、全く検討のつかない者と様々だろうが、誰もが口を挟める雰囲気ではなかった。

それは陸奥守も大倶利伽羅も同じようだが、場合に寄っては口を出す決意があるのだろう。
真剣に真っ直ぐ前を向き、ただ黙って珊瑚と長谷部の会話に耳を傾け続けている。





「…っ…!なら…失礼を承知でこの際はっきりと言わせてもらいます。…よろしいですね?」


「…いいよ」


「俺達は刀剣男士。刀から生まれた付喪神のような存在です。そして貴女は霊力があるにせよ、言ってしまえばただの人間。生きてきた時間も、これからも、その長さは同じものではありません。姿形は同じでも「全く別の存在」なのですよ?!」


「…うん。良く分かってる」


「っ…俺は…!今この場にいる全員はそんな風に思ってくれて、大切にしてくれる主のお傍にいつでもいたいと思っております、そしてそれはこの先何があっても変わることはございません!っ…ですが、戦いに身を置いている以上、いくら貴女と共にいたくても、守りたくても、いつどこで何が起きるか分からない!」


「っ…うん、そうだね」


「っ…!!」




最初は申し訳なさそうにしながら言ってもいいのかギリギリのラインを選んで話していた長谷部も、いくら何を言っても珊瑚の意思が全く折れないことが引き金となり、段々とその感情と言葉がヒートアップしていく。

しかし、それでも珊瑚は少しだけ言葉に詰まるものの、その表情は一切変わることはなかった。
それが更に引き金となってしまったのだろう、拳を強く握り、どうして分かって下さらないのですかと言う彼の悲痛な叫びがまるで聞こえたかのように慌てて立ち上がって長谷部の言葉の続きを止めようとした陸奥守だったが、残念ながらそれは一歩遅かった。




「っ、待てや長谷、」


「現に大倶利伽羅は一度折れています!!折れたのが今のあいつでないにしろ、彼は!大倶利伽羅は!!一度折れているんですよ!!そんな彼がもしまた折れたら?!それでも貴女はそうやって今のように冷静でいられますか?!」


「…っ……」




あぁ、言ってしまった。
言わせてしまった。
大倶利伽羅が、伽羅ちゃんが。
あの時に折れていることを知っている古くからの刀剣男士達はその殆どが珊瑚の顔を見ることが出来ずに視線を逸らしてしまう。
そして、一度大倶利伽羅が折れていることを知らなかったのだろう他の刀剣男士達もまた、悲痛に叫ぶような長谷部と黙ってしまった珊瑚を見ていられなかったのだろう。

結局、その場にいる全員が言葉を失って何も出来ない中、暫くして誰かが震えたような声をあげたことに気づいたその場の全員はその声が聞こえた方へと一斉に顔を上げる。





「もう…っもう止めろや…っ…!」


「っ……むっちゃん…………?」


「…陸奥守…っ、!邪魔はするなと…、」


「っもうやめてくれや!!何でそがにお互いを思いあっちゅーのに傷つけあうがよ?!もうええろう?!皆好きなように生きたらええんじゃ!!この先のことなんて誰にも分かる事やない!!先に起こる悪いことばっかり考えて何になるがよ?!長谷部、わしはおまんと違うて刀剣男士としては失格なんやろう!!やけんどな?!やけんど…っ、頼むき…っ!頼むき珊瑚の好きなようにさせてくれや!わしは珊瑚が笑うてくれれば何でもええがよ!やき頼むき今のこいつの幸せを…っ!やっと進みたい思うちょった幸せな道を!!壊さらんでくれよっ?!!」


「「………っ、」」


「もう嫌や!!悪いことばっかり振り返って、悪いことばっかり考えて、後悔して懺悔して泣きゆー日々なんてわしはもう沢山や!!もうわしの涙はとっくに枯れちゅーがぜよ!!それなのに枯れちゅーものを出させるなっ!!おまんももうここまでゆーても聞かんならよう分かったやろう?!珊瑚にとっての一番は「今」なんちや!!だから…だからこれ以上わしの「主」の願いを無視して、まっことの意味で辛い目に合わせんでくれ!!」





誰もが口を閉ざし、誰もが目を背けてしまった中で。
たった一振立ち上がった陸奥守は涙を零しながら大声で叫ぶ。

その言葉が。
いつも「珊瑚」と名前を呼んでくれて、がははと大きく開いて豪快な笑い声を上げてくれる口から出されたその言葉が。

その瞳が。
最初からずっと、どんな時でも目を逸らさずにこちらをしっかりと見て、褒めることも怒ることも躊躇なくしてくれていた彼の瞳が。

ずっと、審神者になってから今までずっと一緒に過ごしてきても、一度も見たことがない涙を流して、それでもいつものように一切目を逸らさずに力強くこちらを見つめてくれている、陸奥守の姿が。

どうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく悲しくて。
珊瑚がずっと堪えていた涙を意図も簡単に押し出してしまう。





「っ……陸奥守……」


「…もう、いいろう…?…先のことなんて、気にしちょっても疲れるだけちや…」






長谷部の気持ちも、陸奥守の気持ちも。
どちらも結局は自分を思ってくれているからこそ真逆の意見が出ていることが痛いほど伝わって、その伝わった思いがあまりにも大きすぎて、心の中がぐちゃぐちゃになってしまった珊瑚は頬を真っ赤に染め、その大きな瞳から涙を零すことだけで精一杯だった。

何も言えない、何かを言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
こんなに自分のことで二振りが真正面からぶつかり合っているのに、今この場で考えただけの安い言葉なんて掛けたくない。
そして何より、刀剣男士としての使命を抱えているこの場の皆にこれ以上の負担を掛けたくはない。
自分のことで、余計な気を遣わせたくなどない。



どうすればいい?
どうすればこの場を上手く収められて、尚且つ皆が笑って頷ける答えを出すことが出来る?



決まってる、それはきっと、長谷部が初めに言った通りにすればいい。
くーくんへの想いを諦めて、送られてきたお見合い相手の方達ときちんと心から向き合って、人間として本気で恋をして、むっちゃんが笑って見てくれるような心からの幸せを見つければそれが何よりの道。



分かってる…そんなことはもう、とっくに分かってる。
でも、でもそれでも…こんな状況になってしまってもそれが言い出せないのは…





「………なら、考える必要がなくなればいいんだな」


「………くー、くん…?」





分かりきっている答えが出せないのは。
目を閉じてでも浮かんでくる大好きな刀剣男士の姿があったからだ。
そしてそれは、ふいに聞こえてきた声で目を開けた先にも同じ姿が目に入ってきた。

一番奥の壁に寄りかかって黙っていた筈の彼が、ゆっくりとこちらに近づいてきていることに珊瑚が気づいた時には、もうその口からは次の言葉が出てきていた。





「暫く留守にする。…世話を掛けるが、修行道具一式を俺に寄越せ」





淡々と、はっきりと。
大きい声ですらないが、この大広間にいる誰もがしっかりと聞き取れる程、とても意志の堅い声音で。



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