初期刀として




「………。」



廊下で数名の足音が響く中。
自分の一歩前を歩く長谷部を見て、複雑な顔をした陸奥守は目を細めて何かを考え込んでいるようだった。

何を考え込んでいるのかと言えば、それは自分でも上手く説明がつかない。
いや、つかないというよりもまだそれは確信を得ていることではないのだ。
しかし、それは今こうして考え込んでしまう程に嫌な予感がしてしまう。
まぁその嫌な予感、というのは目の前の長谷部のことなのだが。





「……寝たか…」





陸奥守に嫌な予感をさせたのはつい昨日のこと。
あれは、任務を鶴丸達に任せて本丸に単独で戻ってきた大倶利伽羅に珊瑚を任せた後の話だ。

大倶利伽羅に言われて、珊瑚が隠れて大量に作っていたらしい式神を長谷部と確認した陸奥守は珊瑚の部屋へと続く階段を登ろうと一段目に足を置いた。
でもそれは聞こえてきた大倶利伽羅の声で止まってしまったのだ。そしてそれは長谷部も同じだった。

だってそうだろう、あの誰とも馴れ合いたがらない大倶利伽羅が、あんなに優しい雰囲気で言葉を発していたら誰だって足を止めてしまうというもの。




「…どうしてあんたは…俺の主なんだろうな」




どうやら眠ってしまったらしい珊瑚に向けた、その言葉を聞いた時は正直心臓が止まったかと思った。
それがどういう意味なのか、それは大倶利伽羅本人しか分からないが、それでもその声のトーンを聞けば、嫌でも察してしまう。

別に陸奥守としてはその感情は否定するべきものではない。
どちらかと言えばそれが互いに同じ感情ならば尚良いとさえ思う。
珊瑚は仕えるべき主であるが、陸奥守にとっては「自分を初期刀に選んでくれた」という以上に、今では愛おしい妹のようなものへと変わっていたのだから。




「っ……」


「……長谷部…?」


「…いや、なんでもない…出直そう」


「…そう、やな。…それがええ」




しかし、あの時の、あの長谷部の声と表情。
あれはどう見ても「それはよろしくない」と言っているようだった。
そしてそれは、あの時は出直そうと引き返した今と違って、今まさにこうして珊瑚の部屋へと向かっている今も同じ表情をしている。

まぁ、正直長谷部の考えは良く分かる。
きっとどちらかと言えば本来は自分も長谷部と同じ考えを持たなければならないのだろう。
自分達刀剣男士は、姿は人であれど刀から生まれた付喪神であり、言ってしまえば人ならざる者だ。
そして珊瑚は霊力があるといっても結局は人間。
生きる時間も、生き方も、それこそ姿は同じなだけで根本的に違う。
故に同じ時を生きることなど絶対に不可能なこと。

長谷部のことだ、きっと珊瑚や大倶利伽羅に何かしらを言うことは目に見えているし、自分はそれを咎められる自信がない。自信がない、というよりは、出来ないだろう。




「っ……ほれ珊瑚ー!!わしが説教しに来たぜよ!!まずは「心配掛けてごめんなさい!」はい!せーの!」


「?!し、心配掛けてごめんなさいっ!!!」


「がっはっは!よう出来た!…ったく、もう心配掛けるんやないぞ?霊力尽きるまで式神を作るなんて何を考えちゅーんだか。…まぁもう終わったことやき、わしは何も言わんけど!!ほれ、長谷部も!もうそがな顔をするんやないぜよ」


「…はぁ、そうだな。…ですがもう本当にこれっきりにしてくださいよ主。どれだけ心配したと思っているんですか。」


「ご、ごめん長谷部…!!で、でもほら!もうこんなに元気!」


「罰として一週間蜜柑を禁じるということで手を打ちます。」


「うぐ、……くっ、……分かりました…!!」


「よろしい」




後ろから着いてきている刀剣男士達がこちらの雰囲気を察して黙っているのが背中から伝わり、これはまずい…と思った陸奥守はズカズカと足を早めて長谷部を追い抜くと勢いよく扉を開けて珊瑚に明るく謝罪を求めてその場を丸く収めると、長谷部もその勢いにやられたのだろう、はぁ…と不満そうな顔をしながらも渋々納得をしてくれたようだ。

珊瑚も本当に申し訳なさそうにしているし、取り敢えずはどうにかなったようだと陸奥守は豪快に笑いながらも心の中では盛大に「良かったー!」と冷や汗がだらだらだ。
蜜柑を一週間禁じられたのは可哀想だが正直そこは自業自得としか言いようがない。




「…ところで…なんか2人以外に気配がするんだけど、誰かいるの?」


「おお!そうじゃった!実はなぁ珊瑚!おまんがあの時に大量に作ってくれた式神のお陰でな?」


「うん?」




長谷部から罰として蜜柑を禁じられてしょんぼりとしていた珊瑚だったが、どうやら霊力はすっかり回復したのだろう、陸奥守と長谷部以外の気配を感じとったらしい。

そんな珊瑚に陸奥守はニカッ!と眩しく笑うと、ジャーン!!と効果音が付きそうな勢いで後ろで待機していた二振りを前へと押し出した。




「よっ!俺は獅子王!黒漆太刀拵ってのも恰好いいだろ?活躍すっから、いっぱい使ってくれよっ!へへっ!」


「自分は村正作の槍、蜻蛉切と申します。三名槍のひとつとして評価をいただいております。いつでも出陣の準備は出来ておりますので、以後、よろしくお願い致します」


「……………………え、…え?…えええ…!!!?!」


「がっはっは!!どうじゃ驚いたか!げに凄い奴が来たろう?良かったなぁ珊瑚!」


「…まぁ、これも主が無理して作ってくださった式神のお陰ですからね。…だから俺も今回は大目に見ます。お疲れ様でした主。」




陸奥守に紹介された獅子王と蜻蛉切を見て、本当に嬉しかったのだろう、蜜柑のことでしょぼくれていた珊瑚はそれを忘れたかのように目をキラキラとさせて悲鳴のような歓喜の声をあげる。
そんな珊瑚の表情に長谷部も何やら思っていたことが吹っ飛んで行ったのだろう、困ったように笑いながら彼女にお疲れ様でしたと声を掛けてくれた。

その様子を見た陸奥守がホッと胸をなで下ろしているのを知らず、珊瑚は新しく仲間に加わった二振りと握手をすると本丸を案内しに出掛けていく。




「……ん?」


「?どいたが?」


「……いや、これは何かと…政府からの物ではないようだが…」


「んん?…本当や。なんやろうな?………って、これは……いかん」


「………貸せ」


「い、いやぁ!これはいかんって!いかんって長谷…………あー………」




本人が居なくなった部屋に用はないと部屋を出ようとした長谷部と陸奥守だったが、ふと、本当にたまたま目に入ってしまったある物に疑問を持った長谷部はそれを見て首を傾げてしまう。

そんな長谷部に釣られた陸奥守がひょい、とそれを手に取って確認すれば、すぐさまそれが何なのか分かったのだろう、「いかん」と慌てて机の上に戻すが、その行動が逆に引き金となってしまったのか、長谷部が少し無理矢理に取り上げて確認する。

そして長谷部もすぐにそれが何なのか分かったのだろう。
折角彼のあの表情が和らいだと言うのに、また蘇ってしまったのを見た陸奥守はあちゃー…と額に手を置いてガクンと肩を落としてしまった。




「陸奥守」


「…何や?」


「お前がそっとしてやってほしいと思っているのは分かっているし、俺も今さっきまでは口を挟むことでは無いと思っていた。」


「ぐっ……お、おう…」


「だがこれを見てしまった今はそんな事は言っていられない。お前がどう思っていようが俺には黙っているなど無理だ。今夜にでもこの本丸にいる奴ら全員を集めて話をする。邪魔だけはするなよ。」


「!い、いや…それは…!!?おい!待てや長谷部!………あ、…あー……やってしもうた…わしの阿呆…」




どうやら陸奥守の考えは長谷部にすっかりお見通しだったらしい。
まぁあの大倶利伽羅の言葉を同じタイミングで聞いていて、尚且つ何も言わなかったのだから当たり前かもしれないが。

せめて引き出しの中にでも入れておいてくれれば…と今ここにいない珊瑚に言ってみるが、そんなことを言ったってもう後の祭り。
問題となった原因の物を持ったまま部屋を出て行ってしまった長谷部を止めることが出来なかった陸奥守は誰も居なくなった部屋で1人髪を掻き毟ってしゃがみ込む。

昨日から思っていた嫌な予感は、現実となってしまうようだと悔しそうに目を閉じて。












そして…陸奥守が想像していたことはその日の晩に起きた。
本丸にいる全員を集めた長谷部が1人前に立ち、陸奥守と見つけてしまったとある物を全員に見えるようにその手に掲げる。

その瞬間、珊瑚の隣にいた陸奥守は申し訳なさそうに目を細めてしまった。
それは、こちらが目を背けてしまいたくなる程に隣から焦りと不安、そして何より申し訳ないという感情を感じてしまったから。




「勝手に持ち出して申し訳ありません。…ですが主、これはどういうことですか?」


「っ……あはは、何だ。バレちゃったか。ちゃんとしまっておけば良かったなぁ…」


「…っ、あの…主…長谷部さんが持っているあれって……もしかして…」




勝手に持ち出したことを先に謝ってから聞いてきた長谷部に対し、珊瑚は腹を括ったのだろう。
長谷部の隣まで移動すると、それを自らの手で全員に見せる。

その表紙に書いてあるものと、中身を見せたことで全員がそれが何か理解するが、一番前に正座していた鯰尾が恐る恐る珊瑚へと声を掛ける。
そしてそれを合図にしたかのように珊瑚は再度困ったように笑うと、ハッキリとした声でその答えを言った。




「…そ。私へのお見合い写真。」




その瞬間に流れる沈黙も陸奥守は不味いと思ったが、
それよりも何よりも、一番不味いと思ったのは…
珊瑚の隣にいる長谷部の視線の先。

部屋の隅で壁に寄りかかって聞いていた大倶利伽羅の瞳が、大きく見開かれていたことだった。



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