駆けつけたのは





珊瑚の元に仕えている伊達に縁のあるメンバー達。
それは今日も本丸の畑にて作物の世話をしている……かと思いきや、今日はどうやら違うらしい。

今現在、大倶利伽羅達がいるこの場所は鳥羽。
新しく顕現したばかりの太鼓鐘本人からの強い要望もあって、戦いの感覚を掴む目的も含めて刀剣男士の何よりの使命である歴史を守る為に出陣をしているようだ。




「いくぜいくぜいくぜーっ!!」


「おーおー。初陣だとは思えない戦いぶり…全く、頼もしい限りだぜ!」


「頼もしいのは結構だけどっ!貞ちゃん!張り切り過ぎて怪我しないようにね!」


「心配は要らないぜ!っと!伽羅!そっちは大丈夫かー!?」


「俺1人で充分だ」




いつもは畑仕事をしているメンバーだが、そこはやはり刀剣男士。
元から組んでいるメンバーなこともあり、お互い何も言わずとも各々の状況を把握しながら時間遡行軍を斬り倒していく。

太鼓鐘も珊瑚の計らいで組まれたこの編成のお陰か、全くもって初陣とは思わせない動きをしており、とても絶好調なようだった。
それは他のメンバーも同じなようで、向かってくる敵という敵全てを斬り、最後の一体を大倶利伽羅が斬り終えて勝敗は決まった。

これでこの時代の歴史は守られた、と安堵したメンバーだったが、ただ1人、刀に着いた敵の血を振り払ってその刃を鞘に戻した大倶利伽羅はまるで何かを考えているようにその場から動かない。




「…伽羅ー?どうした?」


「…!……いや、別に何も無い。終わったのならもうここに用はないだろう、さっさと戻るぞ」


「まぁ、それもそうだな。俺も返り血ですっかり鶴らしくなっちまったしな。帰って洗濯だ。」


「そうだね。主も待ってるだろうし……あれ?でも主、そういえば今日は顔を見てないね。今回の指令も長谷部くんから受け取ったし…」


「忙しいのかな?」


「そういやぁ今日っていうよりも寧ろ、最近あんまり見てなかったな…」




主が待っているから、早く報告をしに本丸に戻ろうという流れの中で、そういえばその主、珊瑚の顔を最近見ていないことを思い出したメンバー達は首を傾げる。
元々自室にいるよりは外にいるタイプの彼女だし、余程のことが無い限り自室にずっと籠るなど考えられない。

今思えば、出陣の命を長谷部から受け取った時に聞いておけば良かったなと鶴丸が呟けば、丁度良いタイミングで屋根の上からこんのすけが何かを咥えながら鶴丸の元へと降りてきた。




「おっ…と!こんのすけか!どうした、わざわざこんな所まで…」


「これは何だ?」


「…貞ちゃん、ちょっと貸してくれる?…えっと………え?!」


「?…どうした?」




鶴丸の腕の中へと無事にダイブに成功したこんのすけが咥えていた筒を受け取った太鼓鐘は隣にいた燭台切にそれを渡す。
いつもは本丸にて珊瑚のフォローをしているこんのすけが何故こんな所までやって来たのかと思っていた面々だったが、その疑問は筒から出した珊瑚からの手紙を燭台切が読み上げた事で晴れることになる。





「先に謝ります。貞ちゃんの初陣なのにごめんなさい。申し訳ないけどそのまま次の出陣先に向かって下さい………って、これ…つまりは連戦ってことだね。」


「ふーん…?俺は傷一つないし全然大丈夫だけど、まずこういう事って良くあるのか?」


「いや。俺は主の元に来てからそこそこ経つが、こんな事は初めてだな…何かあったのか?」




予想外だった珊瑚からの指令に対し、太鼓鐘が良くあることなのかと問えば、このメンバーの中で一番早く顕現した鶴丸は初めてのことだと答える。
珊瑚の本丸には決して多いとは言えないが、それでも部隊はある程度の数を整えられる程の刀剣男士がいる。
つまり、そんな状態でもこうして一つの部隊に連戦の指令が下るということは他の部隊にも同じような指令が行っている可能性が高い。

そんな考察をした中でどういう事かと鶴丸が自身の腕の中から着地したこんのすけに聞けば、彼は気まずそうにゆっくりと口を開いた。




「ここ最近、長くに渡って審神者業をされていた方々が病気等の事情で次々と引退なされていまして…それもあって新人の審神者様が回ってきた激務に耐えきれずに引退されたりもあって…今現在安定している審神者様の元にかなりの量の案件が回って来ているんです。」


「…なるほどな…それで主の所にも仕事が山のように回って来た訳か。泣き言を言ってなきゃいいが…」


「泣き言…と言いますか…何と言いますか……」





どうやら今の審神者業の現状が、ベテランの審神者達の引退と仕事に追われて引退した新人審神者分の仕事が全て珊瑚達のような比較的経験が長く安定感のある者達に回っているとのことだった。どうりで最近顔を見なかったわけだ。

きっと今頃は部隊の編成やら政府からの依頼やら報告書やらで泣き言を言っているに違いないと珊瑚への心配を口にした鶴丸とその面々だったが、それはこんのすけの何とも言えない口篭り方で心配が疑問へと変わってしまう。

そんなこんのすけの様子に今まで黙って聞いていた大倶利伽羅が「どうかしたのか」と聞けば、こんのすけは何故か申し訳なさそうに大倶利伽羅の顔を見ると言い辛そうに口を開いた。




「…っ…その…主様なんですけど…」


「うん?何かあったの?」


「………熱を…出されまして…今は長谷部さんと陸奥守さんがお傍に着いて代わりに部隊の組み替え等を手分けして下さってます……」


「っ………」


「でもその、主様……「寝てるわけにはいかない」と仰って、陸奥守さん達も手を焼いている状態でして…長谷部さんは兎に角仕事を片付けることに集中して下さってますが…」





大倶利伽羅からの質問に素直に答えてしまったこんのすけの表情を見れば、それは明らかに口止めをされていたように見えた伊達組のメンバーは言葉を失ってしまう。
泣き言等と茶化すような言い方をしてしまったが、どうやら状況は思っていたよりも悪かったらしい。

あの主のことだ。きっと自分達刀剣男士が戦ってくれているのに自分だけ休んでいる事が耐えきれないのだろう。
それにしたって熱を出す程に追い詰められていたとは…食事の時などで顔を見た時は笑顔を見せていたにしたって。
それにしたってどうしてこんなことになる前に気づいてやれなかったのか。

拳を握り締め、不甲斐ないと目を伏せてしまった鶴丸達に沈黙が流れ続ける中。
その沈黙を破った大倶利伽羅の声が驚く程に全員の耳に良く響いた。




「…おい」


「?伽羅…?どうしたんだ?」


「……頼みが、ある」















「珊瑚!なんでそがに言うことを聞かんのじゃ!おまんが思うちゅーより高熱なんやぞ?!ええき大人しゅう寝ちょってくれ!」


「やだ!皆が頑張ってくれてるのに、無理させてんのに、主の私が寝てるわけにいかないでしょ!…っ早く片付けて…片付け…なきゃ…じゃないと皆が疲労して、怪我させちゃう…っ、」


「おまんなぁ!確かにその気持ちは良う分かる!やけんどそれで無理して倒れたらわしらが辛いぜよ!それにな!既におまんは一度倒れちゅーんやきな?!廊下で倒れちゅーおまんを見た時のわしの気持ちも分かれや!こんのべこのかぁっ!!」


「だっ、て…それは、ごめん!でも、でもまた…また誰か傷ついて帰ってきたら?!皆を信用してないわけじゃない、でも、このまま…ゆっくり休みながら仕事してたって、皆を…疲れさせるだけじゃん…っ、やだよそんなの…!皆は危ない目にあってる中で、ただ熱を出しただけの私が何もしないなんて…」


「そう思うてくれるのは嬉しい!まっこと嬉しい!けんど、おまんはもう充分やっちゅー!熱を出しただけってな、それは知恵熱ぜよ!!無理しすぎて熱を出しちゅーんちや!自分でも分かっちゅーやろう?!自分の限界ばあ把握しちょけ!」




いつの間にか、すっかり寂しくなっていた珊瑚の本丸では最上階の自室にてベッドから起き上がろうとしている珊瑚と、それを痛くない程度に押さえつけている陸奥守の言い合いが辺りに響きあっていた。
長谷部は政府に報告書を届ける為に席を外している為、今は頼りに出来ない。

この本丸に自分達以外の音が一切しないことからも分かるように、他の刀剣達も全員任務先へと出陣している状態だ。
それはまるで、まだこの本丸に来て間もないあの頃を再現しているかのようだった。
ただあの時と明らかに違うのは、初めから気の合う者同士だとは思いながらも、まだ何処か気を使っていた陸奥守と珊瑚が激しく言い合いをしているということ。

激しくと言ってもそれは勢いのある陸奥守だけで、高熱を出している珊瑚は言っている言葉に対してその様子はあまりにも弱々しく、肩で息をする程に呼吸も上手く出来ていない。




「心配掛けて本当にごめん…っ、でも本当に大丈夫だってば…っ!」


「だぁぁああーーーっ!!どいたら素直に言うことを聞くがよおまんはっ!!」





強く言っても駄目。
褒めても駄目。
お願いしても駄目。
つまり何を言っても駄目なこの状態に、陸奥守は一度珊瑚の体から両手を離すと、どうしたら言うことを聞くんだと自身の頭を豪快に掻き毟った。

はっきり言うともうここまで来るとお手上げ状態というやつだ。
しかしそれでも陸奥守が珊瑚を心から怒れないのは、彼女にとって刀剣男士が傷つくこと…正確に言えば「折れて」帰って来た時のあの記憶が蘇ってしまっているのが痛い程分かっているからだ。
だから珊瑚からすれば、無理にでも仕事を早く片付けて少しでも早く元の仕事量に戻したいのだろう。



分かる。気持ちは良く分かるし、それが分かっているから陸奥守も長谷部も必死で作業を手伝っている。
でもこのままではいつまた珊瑚が倒れてるか分からないし、倒れた時に運悪く頭でも強打しようものならそれこそ大惨事だ。





「陸奥守」


「なんじゃこがな時………に………………お、おぉ…?」


「代われ」


「?…?…??…あ、え?…いや、代われ言われてもな、というかおまん、なんでここに…」





一体どうするべきか。
あぁもう誰か助けてくれ。
そんな事を思って思わず珊瑚の頭を撫でながら深く深くため息をついてしまった陸奥守の耳に突如聞こえた自分を呼ぶ声に、まるでその相手に苛立ちをぶつけてしまうように適当な返事をして振り返った陸奥守はその瞬間豆鉄砲でも食らったかのような顔をしてしまう。

しかし、その陸奥守を呼んだ人物はそんな事などどうでもいいのだろう。
堂々とした様子で珊瑚に近づき、陸奥守がしどろもどろに言葉にしていることを無視して手を伸ばす。
そしてあろう事か、誰が来たのかも把握出来ていない珊瑚の細くて白い首に…






ドスッ、と音を立てて手刀を食らわせたのだった。






「何をしてくれちゅーんじゃおまんは!?!?!」


「仕事はどこだ」


「聞けや!!!いや、その机の上に積み上がっちゅー紙の山やけんど…っ!」


「そうか。さっさと片付けるぞ」





一体、陸奥守が誰に対して会話をしているのか。
一体、誰が机の上に積み上がった書類の山に手を伸ばしたのか。
一体、この忙しい中で誰が駆けつけてきてくれたのか。

今この状況でそれを知るのは、意識を失ったことでやっと大人しくベッドに横になって眠り始めた珊瑚に困ったように笑いながら安堵のため息をついた陸奥守しか知らない。



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