甘いと上手い
「ねぇ長谷部、こんのすけ。聞きたいことがあるんだけど」
「「何でしょう?」」
「私って頑張ってたのかな?」
「「え?」」
机へと向かい、ざかざかと音を立てながら政府へ送る為の書類を作成していた珊瑚が突然そんな事を聞けば、その周りで補助をしていた長谷部とこんのすけは揃って返事をし、揃って聞き返してしまう。
あまりにも突然の事にどうしたのだろうかと顔を見合せてしまった長谷部とこんのすけが黙っていれば、それに気づいたのだろう珊瑚は筆の動きを止め、返答を待つようにそちらへと振り向いた。
「頑張ってた…とはどういう事です?何故過去形?」
「私ね、今まで自分が頑張ってたと思ってなかったんだよ。何でも損しない程度に済ませてたから。」
「でも主様は確か、審神者になる前までは歌を学んでいたとお聞きしましたが…?」
「うん。それは自分でも頑張ってたかもしれないなーと思ってたんだけど、やっぱりその他の事はどうしてもね…思い出が薄いというかなんというか。」
「なるほど…それでそんな事を…しかし、主がこの本丸に来る前の事を俺は知りませんので…それこそ肩車されて喜んでおられたことくらいですから。」
「あはは!それもそうだよね、ごめんごめん!」
珊瑚からの質問に正直に感想を言う長谷部は言葉にはしなかったものの、この流れは一度休憩にした方が良さそうだと判断したのだろう、部屋の隅にある棚から茶葉を取り出すと、珊瑚が実家から持ってきたお湯を沸かすカラクリを使いこなしてお茶を用意し始めた。
その横で油揚げはありますかと聞いてきたこんのすけだが、そんなものはないと長谷部に即答されて項垂れている。
「ん。お茶ありがと!」
「いえ。いやでも…こんな事を言うと調子に乗られると思って言いませんでしたが、主は不真面目に見えて努力はなさっているかと思いますよ。」
「それは褒めてるのか貶してるのか。」
「褒めているんですよ。強いて言うなら蜜柑の食べ過ぎと昼寝のし過ぎと…」
「あーお小言はいいですー!もう!この前にそんな事を言われてから「私ってもしかして頑張り屋なのかな」って期待してちょっと嬉しかったのに!」
「?誰に言われたんですか?」
「ん?くーくん。」
「「………………………………………え?」」
ふとした会話の中でスイッチが入ってしまったのか、珊瑚の日頃の行いについてペラペラと話し出した長谷部に嫌な予感がした珊瑚は未だにしょぼくれていたこんのすけを咄嗟に抱きしめながら「お小言はいい!」と首をぶんぶんと横に振って遮った。
そんな珊瑚に少し笑ってしまいながらも、その時に口に出たこの前、という単語が気になった長谷部が誰から言われたのかと率直に聞けば、その答えがあまりにも予想外過ぎて珊瑚に抱かれているこんのすけと共にかなりの間を使って間の抜けた声を出してしまったのだ。
いや、だってそうだろう。
てっきり陸奥守辺りだと思っていたのに、それがまさかの大倶利伽羅だとは想像もつかない。
「え?何?何か変なこと言った?私。」
「あの、主…くーくんとは、大倶利伽羅の事ですよね?」
「そうだよ?」
「…あいつがそんな事を言ったんですか?」
「?うん。「あんたは自分の努力を認めていないだけじゃないのか」って言ってくれた。」
「夢でも見ていたんじゃ…」
「失礼な!寝る前だよ!」
長谷部が質問をしていく度に段々と頬をぷくーっと膨らませていく珊瑚が最後に答えたのは寝る前の話だと言うこと。
確かに寝る前では夢なんて見る筈もない。
それならやはりそれは本当の話なのだろう。
しかしそれにしたってどうしてもあの大倶利伽羅がそんな事を言うとは想像がつかない。
しかも大倶利伽羅は、二振り目だとしても珊瑚と問題を起こしてしまった刀剣男士。
そんな彼が珊瑚と上手く会話が出来て、尚且つそんな労いの言葉を掛けるようになっていたのか。
と、いつの間にかお茶を啜って一息ついている珊瑚を無視してそんなことを考えてていた長谷部は自分でも気付かぬうちにぷるぷると握った拳を震わせていた。どうやら悔しいらしい。
「あれ?長谷部、もしかして嫉妬してる?」
「し、してません!」
「あはは!ごめんごめん!でも、過去がどうあれ、私がこうして私らしく審神者の仕事を回せてるのはあの時駆けつけて来てくれた長谷部のお陰なんだよ?いつもありがと!こんのすけもいつもありがとうね!」
「いえいえ。私も、主様は蜜柑の食べ過ぎや昼寝が目立ちますが、それでも努力をなされていると思いますよ!」
「あはは!それならもっと蜜柑食べても良いかなー?」
「っ…はぁ、そういう所ですよ主……全く、本当に貴女は褒めるとすぐこれだ。この際ですから申し上げますけど、確かに貴女は仕事をこなして下さいますし、我々の精神面も気にして下さいます。陸奥守の土佐弁のことに関しても書物までお読みになっているし、歴史上の人物についての知識も前に比べて増えています。しかし俺が褒めないのはそれが薄れてしまう程に朝昼晩と絶えず蜜柑を頬張っているし俺や陸奥守が起こしに来ないとそれこそいつまでも昼寝を…」
「あーもう!だから!お小言はいいってばー!!!」
褒めてくれているのか、やはり怒られているのか。
結局、いつものように始まってしまった長谷部のお小言に逃れる事が出来なかった珊瑚の悲痛な叫び声が本丸の最上階から聞こえた陸奥守は触らぬ神ならぬ触らぬ長谷部に祟なし。とでも言うかのようにそそくさと訓練場へと小走りで逃げていった。
すまん珊瑚。と心の中で謝りながら。
「………っ、!」
「あ!伽羅がくしゃみした!噂か?!」
「っ…俺がされると思うか。いいから仕事しろ。」
一方その頃。
知らぬところで燭台切が「自分の作った野菜で料理がしたい」と珊瑚に悲願していたせいで、いつの間にか畑当番をすることがすっかり定着してしまった伊達に縁のある刀剣男士達は蜜柑を初めとした野菜達の世話をしていた。
鼻歌を歌いながらご機嫌な者、馬当番よりはマシだと言う者、上手い具合にサボろうとする者、文句は言いつつも仕事はきっちりこなすタイプの者…と様々だが、その中で珍しくクシャミをした大倶利伽羅は太鼓鐘に顔を覗き込まれて茶化されているようだ。
「えー……てか、案外されてると思うけどな?」
「そんな訳ないだろう。大体、噂されたからと言って別に馴れ合うつもりもない。」
「まぁ伽羅坊の噂をするとすれば…そうさなぁ、陸奥守や次郎太刀辺りじゃないか?後は…」
「主、かな?」
太鼓鐘を咎めつつ、それでも蜜柑の水やりをしている手を止めなかった大倶利伽羅の近くで、各々が大倶利伽羅の噂をするような人物を考えていた中。
ふとその答えが燭台切の口から出た瞬間の大倶利伽羅を見逃さなかった太鼓鐘は「お?」とその大きな金色の瞳を輝かせて声を上げた。
「お!伽羅が今ピクッとした!」
「していない」
「した!絶対したぞ!肩がピクッて跳ねたぜ!」
「跳ねてない」
太鼓鐘が言う言葉に対して意地でも認めない大倶利伽羅の攻防戦を見守りながら、正直心の中で面白いと思っていた鶴丸と燭台切は何も言わない。
しかしその心の内がバレてしまったのだろう、大倶利伽羅からジトー…っとした視線を向けられた二振りは少し慌てて太鼓鐘の注意を引こうとする。
「さーて!仕事だ仕事!」
「そうそう!ほらほら貞ちゃん。そっちの蜜柑の水やりがまだだよ。」
「へーい。…でも何で蜜柑なんか育ててるんだ?野菜は分かるけどさ。」
「そりゃぁあれだ。ここの主が大の蜜柑好きだからな。朝昼晩と、兎に角いつでも食べてるぞ。」
「へぇ!そうなのか!…あ!だから伽羅はそんな熱心に蜜柑の世話をしてたんだな!役割決めてないのに真っ先に蜜柑の水やりし始めたし!」
「「あ」」
太鼓鐘の注意を引く為に使った蜜柑の話題が面白いくらいにスムーズな流れで珊瑚の話に切り替わり、あろう事か話がまた振り出しに戻り…いや、寧ろ悪化してしまった事に思わず揃って「あ」と口に出してしまった鶴丸と燭台切は恐る恐る大倶利伽羅の表情を確認する。
……………なんて無表情なんだろう。
「なぁなぁ伽羅!ここの主のこと教えてくれよ!俺ももっと仲良くなりたい!」
「そういうのはそこの連中に聞け」
「それでもいいけど、やっぱり伽羅のが詳しいんだろ?」
「そんな訳ないだろう」
「だって伽羅、主の事になると楽しそうだぜ?この前だって仲良く会話してたし。俺達以外でもあんなに自然に話すんだなって驚いたんだからな!」
「っ…」
これは止めた方がいいのか。
それとも見守っていた方がいいのか。
自分達がつい釣られて話してしまったせいもあるが、すっかり話題が主と大倶利伽羅のことになってしまったこの流れを今更変えるのはもう不可能だろう。
だってあんなにも太鼓鐘が楽しそうにしているのだから。
そして、悪びれもなく本当に素直にそう思っていたのだろう太鼓鐘の最後の一言で、大倶利伽羅は怒りを通り越して無となっていた表情を崩し、ほんの少しだが珍しく目を見開いて言葉を失っている。
「っ…別に俺はそんなつもりはないが」
「でも何も無かったらあんなに自然に会話してないだろ?こうやって主の為に蜜柑だって世話してないだろうし。俺さ!伽羅がそうやって穏やかでいられてる主のこと、素直にすげぇ気になってるんだ!なぁなぁ伽羅!だから教えてくれよ!」
「…はぁ、…あいつとは少しばかり腹を割って話した。それから会話をするようになっただけだ。別に馴れ合っているつもりはない。」
「へぇ…!伽羅と腹を割って話したって…中々凄いな…後は後は?蜜柑が好きな以外にどんな人なんだ?」
「…仕事はきっちりやる方だ。蜜柑の食べ過ぎと昼寝のし過ぎでそうは見えないが。…初期刀が陸奥守だから土佐弁についての書物と…政宗公の書物も読んでいた。審神者になる前は歌を学んでいたらしい。…後は騒がしい。」
「へぇー…!!なんか嬉しいな…!!俺楽しくなってきた!なぁなぁ他は?!」
「…っ、もういいだろう。いい加減仕事しろ」
「聞きながらちゃんとやるからさ!頼むよ伽羅!」
良くも悪くも純粋な太鼓鐘。
そして何より太鼓鐘には昔から何処か甘いところがある大倶利伽羅は初めは嫌々ながらも気づけば彼なりに主の事を話し始めているのを見ていた鶴丸と燭台切は今日はもう何度目か分からないお互いの顔を見合せるとこっそりと笑う。
聞きながらやると言ってはいたが、やはり話に集中したいのか時々手が止まる太鼓鐘を注意しながら、最終的に「美味い蜜柑がなればあいつが喜ぶ」と大倶利伽羅に言われ、それならと一気にやる気を見せて三振り分は働かされていた太鼓鐘を見た二振りが思うことは。
昔から甘いが、昔から使い方が上手いのも相変わらずだなと思ったのはここだけの話しだ。
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