彼なりのありがとう



あっちに行ったり、こっちに行ったり。
左を見たり、右を見たり。
奥に行ったり、また戻ってきたり。

玄関の前でずっとそんな調子の珊瑚は真剣な顔でその妙な行動を繰り返していた。
主の横に立っていた長谷部がチクタクと時を刻む時計を確認すればもうかれこれ20分程はこの調子である事が分かり、流石にこれ以上はと長谷部はため息混じりで珊瑚へと声を掛ける。




「…主、そんなにそわそわしなくても大丈夫ですよ…」


「だって、だってさ…!」


「今回は第一部隊の二振りが着いているんですから。」


「それは、分かってるんだけど…!」




珊瑚がこんなにもそわそわしている理由。
それは大倶利伽羅…くーくんの初陣だったからだ。
そしてそれはこんのすけの報告により無事に終わり、もうすぐ帰ってくるという。

珊瑚の本丸で第一部隊を務めている固定隊員は陸奥守吉行、鶴丸国永、鯰尾藤四郎、燭台切光忠の四振り。
後の二振りは本人達の希望で着いていく者が変わるのだが、今回はその中でも陸奥守吉行と鶴丸国永が大倶利伽羅に着いている状態。
故にかなり信頼している二振りと共に出陣していったのだが、それにしたって事も事があった為に珊瑚は落ち着いていられないのだ。




「こんのすけからも特に怪我はありませんと報告を受けたでしょう?」


「そりゃそうだけど…!顔見るまで落ち着かないかも…」


「…まぁ…お気持ちは分かりますからもうこれ以上は俺からも言いませ……あ、帰って来ましたね。」


「えっ?!何処?!」



長谷部と会話をしている間にも落ち着かない様子であっちやこっちと歩き回っていた珊瑚は、長谷部の一言でバッ!と後ろを振り返ると「何処?!」と思い切り目を凝らす。
そんな珊瑚に、「ほら、あちらです。」と指を指してくれた長谷部のその指を辿って珊瑚が更に目を凝らしてみれば、そこには元気そうにぶんぶんと手を振っている陸奥守と鶴丸の姿があった。

それに気づいて珊瑚が嬉しそうに両手を振り返せば、陸奥守と鶴丸は後ろにいたらしい大倶利伽羅の手を掴んで無理矢理手を振らせ…………




振り払われたようだ。





「おー!珊瑚ー!!もんてきたぜよー!!」


「おかえりーっ!!良かった!無事だったー!!」


「おう!この通り何の問題もないぞ!伽羅坊も人の形での感覚を掴んだようだしな!」


「そっか!そっか…そっか…!良かった…何も無くて本当に良かった…!」


「あんたは心配し過ぎだ。…俺は先に戻る。」


「あ、うん!くーくんお疲れ様!ゆっくり休んでね!…むっちゃんと鶴さんは後でどっちか私の方に報告書を持ってきてくれる?」


「了解した。俺がやろう。」




安堵の表情で出迎えてくれた珊瑚へと無事に帰ってきた刀剣達が各々言葉を交わす中。
その中でも大倶利伽羅は一番にその場から去って自室へと戻って行く。

何処も痛めている様子はなく、スタスタと歩いていく大倶利伽羅のそんな後ろ姿を確認した珊瑚はホッと息を吐いて残りの二振りに報告書の提出をお願いすると、それはどうやら鶴丸が後で持って来てくれるらしく、珊瑚もまた鶴丸にお礼を行って自室へとスタスタと歩いて戻って行った。




「…ふう。これで少しは胸のつっかえが取れたか?陸奥守よ。」


「お陰さんでな。恩に着るぜよ鶴丸。」


「ははは!いいってことさ。あの時の伽羅坊が迷惑かけちまったからな。」


「…まぁ、陸奥守のその棘が少しでも取れたなら良かった。主も、お前のことを心配していたみたいだぞ。」


「!…がっはっは!それはげに悪いことをしてしもうたな。全く優しい奴ちや…珊瑚は。」





陸奥守と鶴丸。そして長谷部の三振りが玄関先で話していた内容をこっそりとその耳に入れて「良かったね、むっちゃん」と微笑みながら。







「さてとー。鶴さんからの報告書も判を押したし、ちょっと散歩したらお昼寝でもし…………ん?」


「すっすみませんすみません!!だ、大丈夫ですか?!」


「いや、これくらい気にする事はない。ただのかすり傷だ。」


「で、でも…!」




無事に鶴丸からの報告も受け、少し本丸の中を見て回ろうと廊下を歩いていた珊瑚は通りかかった中庭で何やら騒がしい事になっていると気づいてそちらに目を向ける。
そこには一匹の小虎を抱き締めている五虎退と、大倶利伽羅の姿があった。

何やら五虎退が大倶利伽羅に対して慌てた様子で何度も謝っているようだが、大倶利伽羅は特に怒っている様子もなく、どちらかと言うと寧ろ五虎退の勢いに少し引き気味な気がしないでもない。




「五虎退くんにくーくん?何してるの?何かあった?」


「あ!主様!!」


「…チッ」




…これは声を掛けた方が良さそうだと思って助け舟を出したつもり、だったのだが。
今何故自分はその大倶利伽羅に舌打ちをされたのだろう?
この仕打ちはなんだ。少し酷くはないか。

そう思って内心グサリと矢が刺さった気分になった珊瑚だったが、そこは何とか笑顔を崩さずに二振りの間へと割り込んだ。




「あの、この子がこの木に登って降りられなくなってしまったようで…!そこを大倶利伽羅さんがう、受け止めてくれたようなんです…」


「なるほど。そういう事か。…でも何でそれで五虎退くんはそんなにくーくんに謝ってるの?」


「あんたは気にしなく、」


「受け止めた時にこの子の爪が大倶利伽羅さんの腕を掠ってしまって…!!す、すみませんすみません!本当にごめんなさいっ!」


「っ……はぁ、」




慌てているのだろう、止めようとした大倶利伽羅の話を遮って話す五虎退の話を聞いた珊瑚はなるほど、それでか…と隣でため息をついている大倶利伽羅を見る。
その顔を見る限り、どうやら大倶利伽羅は珊瑚に余計な心配をかけたくなかったのかもしれない。
いや、もしかしたら面倒事になりそうで嫌だっただけかもしれないが。

そんな大倶利伽羅に苦笑いしつつ、その腕を見てみれば確かに引っ掻き傷のようなものがあって少し血が滲んでいるようだった。




「五虎退くん、くーくんは本当に大したことないみたいだからそんなに気にしなくても大丈夫だよ。それに、後は私が手入れするから心配ご無用!」


「…おい」


「…そ、そう、ですか…?すみませんっ!お、お願いします!」


「おい」


「うんうん。ふふ。君も、もう危ないことはしちゃ駄目だよ?」


「ガアウ!」


「………はぁ、」




不安そうにしている五虎退と小虎に言葉を掛けながら頭を優しく撫でて微笑んだ珊瑚はそのまま不服そうにしている大倶利伽羅の手を取ると手入れ部屋へと歩いていく。
歩いている最中に何度か大倶利伽羅に声を掛けられたが、「はいはい話はあとねー」と一蹴するだけなので流石に大倶利伽羅も諦めて黙って手入れ部屋へと着いていく。




「はい着きました。さて。くーくん、そこに座って」


「…おい」


「ん?何?」


「何故あんたがわざわざ手入れをする必要がある。ここには手入れ用の妖精がいる筈だろう」


「それがね、お酒の飲みすぎで酔っ払って階段から落ちた次郎ちゃんと包丁で指を切ったみっちゃんで空いていないのです!てことで私が手入れをするわけ。…あ、大丈夫!こういう緊急時の為に手入れの基本的な方法は一通り習ってるからね!それに幸い本当に小さな傷だし!」


「………………。」




わざわざどうして珊瑚直々に手入れをする必要があるのかと問うた大倶利伽羅への答えは、何とも頭を抱えたくなるような理由だった大倶利伽羅は呆れて言葉を失う。
燭台切のことはまだ分かるが、次郎太刀に至ってはただの阿呆だろう、と。

そしてその呆れている大倶利伽羅の隙を狙い、道具を手にした珊瑚が素早く刀に手入れをしていくのを見た大倶利伽羅は黙ってそれを見守ることにしたようだ。




「………」


「………」




続く沈黙。
その中で聞こえるのは慎重に刀を手入れする珊瑚が立てる微かな音のみだ。
優しくぽんぽん、と打ち粉を掛け、拭い紙で丁寧にゆっくり拭っていく。
その姿に思わず感心した大倶利伽羅がチラリと横目で確認すれば、いつもの様子とは違うその真剣な眼差しに思わず目を奪われてしまった。

暫くその状態が続けば、元々ただのかすり傷だったのもあっていつの間にか手入れが終わっていたらしい。
「終わったー!」と腕を上に上げてぐぐっと伸びをする珊瑚を見計らって、大倶利伽羅は何か思うところがあったのだろう、伸び終わって一息ついた珊瑚に声をかけた。





「…あんたも、あんな顔をするんだな」


「あんな顔?え、どんな顔してた?美人だった?」


「言う気が失せた」


「あはは!冗談冗談!…うーんでも久しぶりに集中してた気はするなぁ…ほら、私って不真面目だから。」


「…そうなのか」


「不真面目っていうか、なんだろうな…頑張り方が良く分からない。自分が何を頑張ればいいのか分からないし、そんなつもりじゃなかったのに「頑張ったね」って言われたりするから自分でも理解してないんだよね。」


「……?」




真剣な珊瑚が珍しく見えたのだろう大倶利伽羅がそう言えば、冗談を言いながらも自分の事を少し話した珊瑚に、大倶利伽羅は正直良く分からないと言った顔をする。
確かに言っている事がめちゃくちゃで訳が分からないだろうなと軽く笑った珊瑚は懐かしむように目を閉じると少しばかり自分のことを話し始めた。

自分が審神者になる前の話。
特別得意なことも不得意なこともなく、何でも適当にそれらしくやっていた話。
そんな時に初めて褒められたのが歌だったという話。
音大の声楽科という歌専門の学校に行っていた話。
そしてそれを卒業する前にこの本丸の先代の主であった祖母が亡くなって、前からしていた約束を果たす為に審神者になった話。

そんな話を淡々としていく中で、特に何も言わないが確かに聞いてくれているのだろう大倶利伽羅が自分に興味を持ってくれている事を感じ取れた珊瑚はつい嬉しくなって微笑んでしまった。




「っふふ。」


「…何故笑う?」


「ごめんごめん。くーくんが話を聞いてくれたのが嬉しくて。えへへ、つまらなかったでしょ?ごめんね。」


「…別に、つまらなくはない。」


「……え、本当に?ふふ。ありがと!あ、そっか…きっとくーくんは聞き上手なんだね!」


「……あんたは」


「ん?」




手入れという切っ掛けがあったにしろ、今こうして自分の話を聞いて、表情は変わらないものの素直につまらなくはなかったと言ってくれた大倶利伽羅の反応と言葉が嬉しくて、少し頬を染めた珊瑚が照れ隠しで聞き上手なんだと言えば、大倶利伽羅は少しだけ間を置いて珊瑚に声をかけた。




「努力していたんだと思う。」


「…え?」


「ただ、その努力を自分で認めていないだけなんじゃないか。」


「………くーくん……」


「っ……それだけだ。俺は先に戻る。」


「…あ、待ってくーくん!えっと、ありがとう!またくーくんと話を出来て嬉しかった!良かったら今度はくーくんの話を聞きた……………ふあ、」


「?どうし……………」




歌以外に頑張るべきものが見つからなくて、分からなくて。
正直審神者を始めたのだって憧れていた祖母との唯一の約束だったからというのに。
そんな自分を彼なりに褒めてくれた事が嬉しくもあり何より驚いた珊瑚のぽかん…とした表情が見ていられなかったのか、すくっと立ち上がって顔を背けながら襖に手を伸ばした大倶利伽羅に珊瑚は慌てて言葉を掛ける。

掛けたのだが、その途中で言葉を詰まらせてしまった事に不思議に思った大倶利伽羅が振り向けば、そこには。





大欠伸をしている珊瑚がいた。





「………あんたな………」


「ふわぁあ…んん……えへへ、ごめん…今日はまだお昼寝してないんだよねぇ」


「知らん。勝手に寝ていろ。俺はもう行くからな。」


「んー。おやすみー…」




大欠伸をして眠そうに目を擦っている珊瑚に呆れて勝手に寝ていろと再度襖を空けようとした大倶利伽羅の耳に入った、おやすみという言葉とズズ…という硬い畳の上に直で横になる音。
その音に目を細めながら振り向けば、大倶利伽羅が予想した通りに珊瑚は手をひらひらと振りながら畳に横になっていた。

この主はどうやらこの畳の上で寝るらしい。
絶対に背中を痛めるであろうそんな行動に、大倶利伽羅は深くため息を着くと襖に添えていた手を離し、何故か珊瑚の隣へと戻ってきた。





「んー?どうしたのくーくん?」


「………」


「くーくん?」




戻ってきた大倶利伽羅を不思議そうに見上げ、声を掛けた珊瑚の隣に黙って腰を降ろした大倶利伽羅は半ばイラついた様に胡座をかくと、きょとんとしている珊瑚の顔を見る。
一体どうしたのだろうか、もっと話が聞きたいのだろうか。
そう思って、何か面白い話とかあったっけ、と眠い意識の中で何とか楽しい話題を探そうとした珊瑚だったが、その思考は次の瞬間にぱっ!と電球が切れたかのように消えてしまう。

だってそうだろう。
隣で胡座をかいた大倶利伽羅が自身の膝をぽんぽんと叩いたのだから。




「…手入れの礼だ。」


「…………へ?」


「っ、要らないなら止め…」


「あー!待って待って!!寝る寝る!!」




突然の行動に理解が追いつかず、ふと見てしまった大倶利伽羅の顔が微かに赤みを帯びているのに気づいた珊瑚が変な声をあげてしまえば、大倶利伽羅はその空気に耐えきれなかったのだろう、すぐさま立ち上がろうとしたのを見て珊瑚は慌ててその膝の上に頭を乗せた。




「…わ。硬いね。流石刀剣男士…鍛えてるんだねぇ…えへへ。」


「……っ早く寝ろ」


「目が覚めちゃったから暫くこのまま起きてようかなー」


「…っ、」


「あー!嘘嘘!寝る寝る!寝るってば!もう!くーくんの照れ屋…ってあーもうだからごめんってば!寝ます寝ます!おやすみなさいっ!」




大倶利伽羅の膝に頭を乗せ、その硬さに鍛えてるんだなと実感した珊瑚が褒めれば、大倶利伽羅はふい、っと顔を逸らしてしまう。
そんな大倶利伽羅の行動が可愛くて、何よりも歩み寄ってくれるのが嬉しくて。
ついからかってしまったのが悪かったのか、膝に珊瑚の乗せたまま立ち上がろうとする大倶利伽羅と珊瑚の攻防が二度程続いたが、負けて慌てて目を閉じた珊瑚の行動でその勝負は決着がついた。

どちらも何も言わない空間の中、さわさわと風で揺れる木々の音を子守唄変わりにした珊瑚は夢の中に旅立つ。
旅立つ間際に言った、





「ありがと、くーくん」




この一言に、一瞬だけ穏やかな表情をした大倶利伽羅を残して。



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