目も心も奪われて




「ははは、だから言っただろう?彼女なら大丈夫だと。」


「っ、こほん…まぁ正直驚いたのは否定しないかな。」


「あのシアナちゃんだからね、君の出生と趣味を知っても変わらずに接してくれることは確信していたさ。」


「はいはい。随分彼女を理解しているようだね、君は。」


「ははは!そう睨んでくれるな。整った顔が台無しだぞ?」



ガヤガヤと騒がしい観客席の上にあるVIP席。
綺麗に拭かれた一面の窓ガラスから見えるのはまるでおとぎ話に出てくるような装飾を施されたステージだ。

今、そのVIPルームの席に座っているダイゴは同じく隣で座っているミクリに先日会ったシアナとの事を報告しているところだった。


その前に、ミクリは兎も角何故こんな所にダイゴが居るのかと言えば、それはミクリがダイゴの分までチケットを用意してくれたから。
そのチケットというのはコンテストマスターであるシアナが主催するコンテストなのだが、下では「シアナちゃーーーん!!」と熱心に叫び声を上げているファンクラブらしき集団の声が聞こえる。





「…というか、シアナちゃんって本当に凄い子だったんだね…正直想像以上だよ…」


「彼女はコンテスト界でかなりの人気だよ。少なくとも、あぁやって熱心なファンクラブが居るくらいにはね。」



勿論、実力も折り紙付きだと更に説明を続けるミクリにダイゴは少し不機嫌になりながらもその説明をきちんと頭の中にしまっていく。
取り敢えず理解したのは、シアナはコンテストマスターの中でもかなりの実力者だと言うこと。
それも自分主催のコンテストを開ける程の知名度を持っていて、熱狂的なファンも多いらしい。



「それにね?実は年に一度マスタークラスしか参加出来ない昇格試験のような物があるんだが、それに合格したのは今のところ私とシアナちゃんの2人だけなんだよ。」


「へぇ?そんな物があったのか、凄いな…なら、こういったシアナちゃんのコンテストは良く開催されるのかい?」


「いや、これが結構珍しいんだ。彼女が開催するコンテストは何時もおとぎ話を元にしているファンタジーな物でね!まるで絵本から飛び出したような素晴らしいステージなんだよ!つまりは完成度が高いレアなコンテストということさ!」


「成程ね…それで僕を連れてきてくれたわけか。」


「ご名答。どうやら御曹司さんはシアナちゃんに相当惚れ込んでいるようだからね?」


「…茶化すなよ。」



ミクリの言葉に、煩いと視線で訴えるダイゴだが、その顔はほんのりと赤く染まっており本人的には睨んでいるつもりのようだが全然睨めていない。

マッドハッターの仮想をした司会者が開幕の合図をした途端、ワーーッ!!という沢山の歓声と共に天井のゴンドラから現れたシアナの登場により、瞬時にステージへと目を向けたダイゴを見たミクリはこれはやはり相当だな。と思わず苦笑いをする。




「今回は不思議の国のアリスがモデルらしい。」


「……何だろうね、あの可愛いアリスは。」


「君が想いを寄せているシアナちゃんだね。」



そんな会話をVIP席でされているとは知る由もないシアナはと言えば、可愛らしい白いうさ耳を付けたエルフーンが持っている時計を見て開始の合図をしている。

これから始まるコンテストバトルに会場の観客達が更に盛り上がりを見せる中、大きなモニターで参加者の紹介が始まる。
今回のコンテスト参加者はシアナに憧れている者が多い為に中には同じくおとぎ話を元にした衣装を纏っている参加者もいるようだ。

















「凄いな…技の完成度が高い…」


「コンテストではかなり重視される要素だからね。如何にポケモン達を輝かせるかが勝敗を分けるのだから。」


「あぁ。今まで興味が無かったけど…ここまで魅力的なバトルだとは思ってなかったよ。」



腕を組みながら、感心するようにステージに目を向ける自分の友人にミクリは嬉しそうに微笑む。

今まで適当に生きてきたと言っても何の間違いもないだろうダイゴが石以外に興味を示したのだ。
これは嬉しいに決まっている。
それもこれもその切っ掛けを作ってくれたのは目の前で最後まで勝ち抜いた選手と対戦しようとしているシアナなのだ。



「さて、お待ちかねのシアナちゃんの出番だよ。」


「………。」




ほら、今もそんな君を見て彼は頬を染めて言葉を失っている。

ありがとう。もし、例えこの友人の気持ちが成就しなかったとしても素直にそう思えるのだ。
しかしそれは有り得ないと心の何処かで思えるのは何故だろうか。
確信がある訳ではないが、それでも2人ならきっと上手くいくという自信があると言ったら、隣で彼女に目を奪われている御曹司はどんな反応をするのだろう。






「行きますよ!ゴルダック!アクアジェット!」


「コットンガード!」



どうやら挑戦者はゴルダック、そしてシアナはエルフーンで勝負をするようだ。
開始と同時にアクアジェットで向かってくる相手に、シアナは瞬時にコットンガードを指示する。
普段のふわふわとした雰囲気と違い、凛とした態度でバトルをする彼女にダイゴは驚いているようだ。
斯く言うミクリも最初はコンテスト中と普段の彼女の違いには驚いたものだとつい懐かしくなる。


そんなことを思い出していれば、アクアジェットをコットンガードで防いだエルフーンはぼふん、と弾かれて天高くまで飛んでいく。
ふわりと落ちてくるエルフーンを逃がさないとゴルダックは主人の指示で水の波動を放つ。
上から落ちている最中にこんな攻撃をされれば、エルフーンに直撃するのは目に見えているだろう。
しかもあれは特殊技だ、先程のコットンガードでは防ぐ事が出来ない。



「っ…あれじゃ、逃げ場がないじゃないか!」


「…大丈夫さ。彼女を良く見てご覧?」


「え…?」



ガタン!と思わず上体を起こして心配をするダイゴだが、その隣で悠々と座ったままのミクリは得意気な態度でシアナを見てみろと言う。
随分と余裕だな、と不審に思いながらもその通りに彼女を見れば、ダイゴは目を見開いて驚く。

何故、こんな危機的状況で彼女は口元に弧を描いているのだろうか。




「エルフーン!下にエナジーボール!」


「エー………ルッ!」


「えっ?!」




シアナの凛とした声が会場の中に響き渡る。
その後起きた光景に相手選手と観客達は言葉を失ってしまった。

何故か?
それは水の波動が上から放たれたエナジーボールでキラキラと翠色に輝いて大きな波紋を作りだしたからだ。
それはまるで絵本に出てくるような神秘的な泉のようで、その美しさに思わず目を奪われてしまったゴルダックは呆気なく呑み込まれてしまう。




「…綺麗だ…」


「あぁ!そうだろう?!やはり彼女のコンテストバトルは美しいっ!」




キラキラと飛び散る水飛沫とエナジーボールの粒子を浴びているエルフーンとシアナはとても絵になっている。
草タイプが混じった水をモロに受けてしまったゴルダックがフラフラと立ち上がるものの、その隙を逃さないと力強く声を上げたシアナの言葉により、ゴルダックは戦意喪失することになる。




「エルフーン!ムーンフォース!」


「エルーッ!」


「っ?!ゴルダック!!」





フェアリータイプのムーンフォース。
その淡く桃色に光る月が辺りを照らすと、ステージの床で静かに揺れていた水の波動の残りが更に輝きを増して光り輝く。


桁違いだ。
美しさも、技の完成度も。
そして技に頼らず、寧ろ相手の技を利用して更に輝きを増すカウンターのようなバトル戦法も。
全てが段違いで、人の目をこんなにも引き付ける。


あまりの綺麗さに溜め息が出そうだと、その光景にミクリが酔っていれば隣のダイゴは信じられないというような表情で唖然とそれを見つめているだけだ。



「ゴルダック!しっかりしてよゴルダック!」


「………。」


「っ…そんなぁ…!」


「おっとー!ゴルダック!あまりの美しさに戦意喪失した模様!よって…勝者!シアナー!」


「ふふ。やったねエルフーン!綺麗だったよ!」


「エルー!」



勝者はシアナだと司会者の興奮した声がマイク越しで響く中、勝ったことに喜んだエルフーンがスキップをしながらシアナの胸に飛び込む。
スリスリと幸せそうに頬擦りをしてくるエルフーンによしよしと頭を撫でながら喜ぶシアナの笑顔は観客を、ファンクラブのメンバーを、そしてダイゴを虜にするには充分過ぎる程の破壊力だ。
あれは反則だろう。元々かなりの整った容姿をしているのにも関わらず、可愛らしいアリスの格好であんな笑顔を見せるなんて。



「本日はありがとうございました!またの御来場、お待ちしております!トーナメントを勝ち抜いた選手には後日特別賞のシアナさんがデザインされたリボンが贈られますのでお楽しみに!」



その後続いた閉幕の言葉が放たれてからもダイゴはステージを見つめたまま動けなかった。




「…ダイゴ?どうかしたか?」


「………。」


「……………ふ、」




声を掛けても呆気に取られて全く反応を示さないダイゴに思わず笑みを零してしまったミクリはそっと彼に近づくと、その整った顔と共に赤く染まっている耳元でパンッ!と手を叩く。



「うわっ?!な、何だよ!」


「君がシアナちゃんに惚れ直したのは良く分かったが、もうとっくにコンテストは終わっているよ?」


「え、え?…あ、あぁ…!」




顔が真っ赤だと面白そうに笑うミクリに、ダイゴは見るなと片手で顔を覆い隠す。
これはやはり、相当惚れ込んでいるらしい。
連れてきて正解だったなと心の中で自分で自分を褒め称えたミクリはステージでセットの片付けを初めていたシアナに手を振る。
それに気づいたシアナが驚きながらも笑顔で手を振り返してくれたが、隣にいる御曹司は狼狽えているようだ、どうしよう…面白くて仕方がない。




「ちょ、な、何してっ!」


「…何って…内緒で来たからね。サプライズで実は見ていたと手を振っているんだが?」


「っ…君、面白がってるだろ?」


「そう言いながらもきちんと手は振り返しているじゃないか。なぁダイゴくん。」




その言葉にまた顔を真っ赤に染め、煩いよ!と似合わない大声を上げたダイゴはそそくさとVIPルームから出て行ってしまう。
多分、いや確実に手伝いに行ったのだろうなとその行動につい笑ってしまったミクリもまた、彼の後を追ってVIPルームを出て行った。


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