君に花束を

…そこの君、お父さんはいるかね?


おじさん達、誰…ですか?


マツブサ様!居ました!


うむ。連れて行きなさい。


待って!お父さんを何処に連れて行くの?!


大人しくして下さい。
この娘がどうなってもいいなら話は別ですが。


お父さん!ねぇ何処に行くの?置いてかないで!





っ…シアナ…お父さんは急なお仕事でこの人達と一緒に行かなくちゃいけないんだ。…いい子で待っているんだよ。必ずまた会えるからね…



嫌だよ!待って…!ねぇ待ってよ!私を1人にしないで!


お父さん!お父さんっ!!!








「お父さ…っ!はぁっ…は…っ!」




また…あの夢。
忘れもしないあの光景は、もう何年前になるのだろうか?父が居なくなってから、随分と月日が流れたのは確かだ。
かなり昔の記憶なのに、シアナは今でもこうしてあの時の夢を見る事がある。
お陰で、体が汗でベタベタとして気持ちが悪い。




「はぁ…シャワー浴びようかな」


「エル…」


だるい体を無理矢理起き上がらせれば、自分でボールから出てきたエルフーンが心配そうに足元にすり寄ってきた。
もしかして自分は魘されていたのだろうか?
普段はこちらから起こさないといつまでものんびり寝ている筈のエルフーンが自ら起きてこちらを見上げている。



「ふふ。大丈夫!ありがとうね」


「…エル!」



自分の手持ちの中で1番幼いエルフーンに心配をかけてしまった。
その事が申し訳なくて精一杯の笑顔で抱き上げて大丈夫だと頭を撫でてやれば、安心したように笑顔になったエルフーンを見てこちらも笑顔になる。

元気になったエルフーンをベッドに降ろして、すぐに戻るからとシアナはタオルと着替えを用意してシャワーを浴びに浴室へと入って行った。








「…今日は何をしようかな…」


今日はコンテストも出る気はない。それなら気晴らしにミナモデパートに買い物でも行こうか。
それともまたアスナに会いに行こうか。
しかし彼女はジムリーダーだ。もしかしたらまた挑戦者が来ていて忙しいのかもしれない。


そんなことを考えながらシャワールームから出て着替えているとエルフーンがポケナビを抱えてテクテクとシアナの元に歩いてきた。
その可愛らしい行動に、思わず微笑んでお礼を言えば屈託の無い笑顔ではい、と渡してくるエルフーンが可愛くて仕方がない。




「ん?電話?誰から……あ。」


エルフーンから受け取ったポケナビの画面を見ると、そこには以前知り合ったダイゴの名前が表示されていた。

あの時約束していたカフェの話だろうか?
そう思いながら通話ボタンを押せば、電話越しでは初めて聞く彼の声がシアナの耳に届いた。




「あ、シアナちゃん?」


「ダイゴさんですよね?電話ありがとうございます。」




電話が繋がったものの、すぐにダイゴからの応答がなくなる。
電波が悪いのだろうか。
そう思ったシアナが画面を確認してみるが、どうやらきちんと繋がっているようだ。



「ん?…あれ?ダイゴさーん?」


「……何かあった?」


「…え?」




確認の為にもう一度声を掛けた次の瞬間聞こえたそのその声にシアナは思わずドキっと心臓を跳ねさせる。

同時に、心配そうな声でそう聞いてくるダイゴに申し訳なくなってしまう。
声のトーンが低かったのだろうか?
そんなつもりは無かったし、何より電話越しで初めて喋ったのにも関わらず、こうやって心配されるということはそれ程までに自分が弱っているとでもいうのだろうか。




「あ…えっと、ごめんなさい。寝起きが悪かっただけですから、気にしないでくださいね!」


「……。」


気にしないで欲しいと謝罪を含めて伝えてみるが、またダイゴからの応答がない。
気を悪くしてしまったかと不安になったシアナもう一度名前を呼ぶと、未だ真剣な声で今日の予定はあるかと聞かれる。

今日は何も予定はない。
シャワーを浴びている時も何をしようか考えていたところだったくらいなのだから。




「えっと…今日は何の予定も無いですけど…」


「そっか。なら急で申し訳ないんだけど、今日会えないかな?」


「え?今日ですか?」


「あー…やっぱり無理だよね。ごめ…」


「あ、いえ!大丈夫ですよ?」



その返事に、電話の向こう側ではえ、本当かい?!とダイゴの嬉しそうな安心したような声がシアナの耳元に届く。

それならと早速時間を決めて、この家までダイゴがシアナを迎えに来るという流れで決まるとお願いしますとお礼を言って電話を切ったシアナは身支度をしながらそんなに彼はカフェに行きたかったのだろうかと考える。
恐らくそういう訳ではないと思われるが。
















「ダイゴさんそろそろかなー?」


ケーキが楽しみだと身支度を整えたシアナがソファに座って雑誌を読んでいるとテーブルの上にあったバシャーモのモンスターボールがカタカタと震えたことに気づいたシアナは先日親友のアスナに言われた事をふと思い出す。



「…あ、そっか。アスナに言われたこと忘れてた。」




(絶対にバシャーモは連れて行くんだよ!)




「うーん…やっぱり何であんな事を言ったのか良く分からないけど、言われた通りにしよ。バシャーモ、何時も通り一緒に行こう?」



そういってシアナがモンスターボールをレッグベルトに装着すると一度だけそのボールが震える。
つまりは了解と言いたいのだろう。
相変わらず優しいのに無愛想だなと思わず微笑んだシアナはバシャーモのボールをひと撫でする。

すると、玄関からベルの音が響いて来客の知らせをシアナの居るリビングへと伝えた。




「あ、はーい!」


その音に、シアナは急いでドアを開けるとそこには何故か可愛らしい水色の花束を持ったダイゴが立っていた。



「こんにちは、シアナちゃん。今日は突然の誘いを受けてくれてありがとう。」


「こんにちは、ダイゴさん。こちらこそお誘いありがとうございます!」



ダイゴのお礼の言葉に、こちらこそと笑顔でお礼を言うシアナに同じく嬉しそうに微笑んだダイゴは持っている花束をシアナへと渡す。



「可愛い…!こんな可愛い花束…本当にいいんですか?」


「はは、君のために用意したものだからね。気に入ってくれたかな?」



ダイゴの問いに、とっても!と更に笑顔になるシアナを見て、ダイゴはこっそりと安心する。
実はシアナとの電話の後ミクリに連絡を取り、彼女の好きそうな花を教えて貰ったのだ。
花、と言うよりは好きな色を教えて貰ったに近いのだが、どうやら彼女は気に入ってくれたようだ。

勿論、そんなミクリにはこの事をシアナに内緒にするように頼むのも忘れない。




「ありがとうございます!早速、花瓶に飾らせてもらいますね!」


「喜んでもらえたようで良かった。」



シアナはもう一度ダイゴにお礼を言うと座って待って下さいと伝えた後、テーブルの上にテキパキと花瓶を用意してそこに貰った花を入れる。
そんなシアナの手が空いたのをソファに座ったまま確認したダイゴは深呼吸を1つすると、途端に真剣な表情で目の前のシアナに話始めた。




「…あのね、シアナちゃん」


「?…はい?」


「僕はまだシアナちゃんと知り合ったばかりだし、何よりまだお互いのことをよく知らないと思う。でもそれはこれから知っていけたらなと僕は思ってるんだ。」


「ダイゴさん…」


「だから…何かあったら頼ってほしい。話を聞かせて欲しい。すぐにとは言わないけど、僕はシアナちゃんの力になりたいから。」



そのダイゴの真剣な言葉を聞いたシアナは最初は呆気に取られてきょとんとしていたが、その後理解したのだろう、少し涙目になりながらも笑顔でお礼を言う。

純粋に、本当に純粋にダイゴのその言葉が嬉しかったのだ。
特に今日は父の夢も見ていたし、ダイゴを心配させてはいけないと強がっていた部分もあったから。
そんな時にこんな優しい言葉を掛けられれば、思わず涙腺も緩んでしまうというもの。




「…ありがとうございます。ダイゴさん。……そしたら、本当に辛くなったら…私の話を聞いてもらえますか?」


「勿論だよ。でもそれは君が僕に話したくなった時でいいからね?僕のことは、何時でも気にせず呼んでいいから。」


「ふふ。…はい。ありがとうございます。」




今日の午前は最悪だった。
でも午後はこの自分の目の前で優しい笑みを向けてくれている彼のお陰で、素敵な時間になりそうだ。

カフェのケーキも勿論楽しみに、シアナはエアームドに乗ったダイゴから差し伸べられた手を笑顔で取った。

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