頼もしいナイト



「成程ねー…そんなことがあったんだ?」


「うん!もうビックリしたよ!何となく散歩してたら浜辺で人が倒れてるんだから!」



ここはフエンタウン。
シアナは今、大好きな親友のアスナと温泉に浸かっているところだ。
アスナとは昔の幼馴染でもあり、こうしてお互いの時間が出来ると2人で温泉に入って色々なことを話しているのだ。
そして勿論、今回の話題は先日シアナが知り合ったダイゴという男性との出会い話だった。



「ふーん…?…てか、ダイゴって名前にエアームドって…」




それ、どう考えてもチャンピオンだとしか…
空を見上げ、呆れた様子でそう呟くアスナだが、どうやらその小さな呟きはシアナには良く聞こえなかったらしい。





「え?なんか言った?」


「んー…いいや。何でもない。」



あー…もういいや、とアスナが何でもないと誤魔化せばシアナは変なのー。と言いながらタオルで呑気にクラゲを作っている。

このホウエン地方のチャンピオンは鋼タイプ使いとしてかなり有名で、おまけにかなりの美男子なのだ。
一般人なら普通は気づくと思うのだが…しかし、シアナのことだ。
コンテスト馬鹿、と言える程にコンテストにしか興味がない為にそういった関係は無知なのだろう。


……無知過ぎる気もするが。





「で?そのダイゴって人にお茶に誘われたんだっけ?」


「そうなの!そこのケーキが美味しいらしくてね!楽しみなんだ!」



本当に楽しみそうに満面の笑顔でこちらを振り返るシアナの笑顔に思わずアスナも釣られて微笑んでしまう。
きっとダイゴさん、この笑顔にやられたんだなーと心の中で1人納得をするアスナはあの御曹司が赤面でもしたんだろうかと想像をして噴き出しそうになるのを必死に抑えた。

昔から、この子の笑顔は人の心を惹きつけるのだ。
と言っても心からの笑顔は親友である自分と彼女のポケモン達しか滅多に見ることがなく、いつも何処か寂しそうに感じるのだが、それはそうだろう。
彼女には悲しいある事情があるのだから。





「シアナ、1つだけ言っておく。これだけは絶対に守りなよ?」


「ん?何?」


「バシャーモだけは絶対に連れて行くこと!いいね?」


「…え?バシャーモは言われなくてもいつでも連れてるじゃない…何で改めてそんな事…?」


「何でも!いいから、分かった?」


「?良く分かんないけど…分かった!」


「はぁ、全くあんたって子は…」



そう。
シアナのバシャーモはそれはもう強い。
バトルに興味がない彼女のことだから、あのバシャーモが強いとは思っているのだろうが、それがポケモンバトルでどれ程のレベルなのかは理解していないのだろう。

まして、アスナはこのフエンタウンのジムリーダーを任されている炎タイプの使い手。
その為、炎タイプのポケモンにはかなり詳しいつもりでいる。

つまり間違いなく、あのバシャーモはかなりの実力を持っているのだ。
そして、そんなバシャーモは表情にも行動にも中々出さないがシアナを何よりも1番大切にしている。

そんなバシャーモなのだ、ダイゴがシアナに何かしようものなら勝手にボールから出てきてブレイズキックをかますだろう。
だからアスナはシアナにバシャーモは離すなと伝えたが、まぁまずそのダイゴと言う男性が自分の知っているダイゴならば、そう言った馬鹿な真似はしない筈だが。


…というか十中八九そのダイゴなのだろうが。





「で?シアナはそのダイゴさんって人のこと、どう思ってんの?」


「え?うーん…そうだな…優しい人だな、って思ったよ?」


「……えっと…他には?」


「ん?…良い人かな!」




…少し同情してしまいそうだ。なんて可哀想なのだろうか。
自分で聞いておきながら、親友の鈍感…というか男性に対する興味の無さにそちらも可哀想になってくる。
自分と一緒で美容やファッションには敏感な癖に、何故ここまで恋愛事に興味がないのか。

あぁそうか…この子の恋人はコンテストなのだった。
そう自分で自問自答したアスナは小さい頃にもう少しそう言った興味を持たせれば良かったかもしれないと多少後悔する。



「あー…うん。もういいや、なんか考え過ぎて逆上せそう。」


「え?大丈夫?いつもゆっくり浸かるのに珍しいね…?」



アスナの言葉に、珍しいと首を傾げてきょとんとしながら未だにブクブクとクラゲを作っている呑気なシアナにアスナはあんたのせいだと心の中で盛大に突っ込む。

まぁこの恋愛に無頓着なお陰で悪い男に捕まることも無かった訳だが…
この親友の整い過ぎた容姿もあってかやはり何処か少し勿体無いような気もする。



「…アスナ?何?私の顔に何かある?」


「…うん、残念なくらい何も無いよ、うん。」


「え?どういう意味それ?!」


「っ、あはは!何でもないよ!あー…もういいや!勿体無いからもう少し浸かろう!」



そう急に面白ろ可笑しく笑い出したアスナにどうしたのかと不審に思うシアナだったが、まぁ笑ってる分には気にする必要はないかと自己完結してアスナの隣でゆっくりと肩まで浸かる。



「…あ、そういえばこの間キバニアを連れた面白い挑戦者が来てさー…」


「へぇ…そうなの?どんな人?」


「それがね、今の時代そのまんまって感じの子でさ…天真爛漫っていうかお気楽って言うか…でも凄くいい腕をしてたよ!」



もしかしたらこのまま勝ち進んでリーグに挑戦するかもしれないねと楽しそうに話すアスナに、シアナもそんなに凄い子なら会ってみたいと笑顔になる。

お互い多忙なこともあってか会う時はこうやって話の種が尽きないのだ。
女性は長話が好き、だなんて良く言うが、2人からすればお互いこの2人だから長話になるだけ。



暫くそんな他愛もない話を繰り返して、流石に浸かり過ぎかと湯船から出た2人は潤いたっぷりの髪を整え、気持ち良く着替えて恒例のサイコソーダを飲む。

それを美味しそうに飲んでいるシアナにアスナはバシャーモと会わせてと頼むと未だ満足そうにサイコソーダを飲んでいるシアナに聞こえないように小声でバシャーモに声を掛けた。




「バシャーモ、分かってるね?頼んだよ!」


「シャッ!」


アスナの頼みに、当たり前だと言うかのように力強く頷いて返事をするバシャーモ。
あのダイゴことだ。変なことはしないと思うが、一応釘を指しておいたことで親友のアスナとしては安心して良さそうだ。
…少しダイゴには申し訳ないような気もするが。




「…さて。あの人はどうやってこの鈍感娘を口説くのかな…?」


「?アスナー?また独り言ー?」


「んー?あーそうそう、独り言ー。」



今日は独り言が多いねーとサイコソーダの爽やかな炭酸を味わっているシアナの隣に座り、どれだけ呑気なんだと呆れながらも同じく残りのサイコソーダを飲んだアスナもまた、その爽やかな炭酸を味わう。


あぁ。風呂上がりの炭酸は、やはり良く効く。


BACK
- ナノ -