空色恋物語
あの事件から数日。
ダイゴのコレクションしている石を飾ってあるだけの殺風景な部屋が、今ではシアナの部屋にあった家具や新しく買った家具でとても華やかになり、ダイゴは心身共にとても快適な生活を送っている。
だが…そんな生活を送り、荷解きも終わって一段落した頃。
それならばとシアナを連れてデボンコーポレーションに顔を出しに行った時の事も思い出してしまったダイゴは少し頬を染め、眉間に皺を寄せてしまう。
それがどんな物か、というと…
「シアナさん!本当にシアナさんだね!?」
「はい!は、はじめまして!いつもダイゴさんにはお世話に…」
「あぁあぁ!本当にシアナさんだ!夢のようだ!これからも息子をどうぞよろしくお願いします!私のことはお父さんと呼んでくれても構わないよ!」
「えぇ!?あ…えっと…!」
「…あのなぁ親父、もうその辺に…」
「そうだっ!サイン!サインをくれないかシアナさん!!」
「え?あ、はい!私ので良ければ…!」
と本気で感動の涙を流してサインを求めていた。
現在それは豪華な額縁に入れて社長室のとても目立つ所に飾ってある。
他にも色々あったのだが、そろそろシアナの出番なので思い出に浸るのを止めてステージに集中しよう。
「さて!それでは今回の大会の目玉イベントを始めましょう!」
「いっけー!ハルカー!」
そう、今ダイゴは以前シアナと約束していたコンテストの会場にいる。
今回の大会は珍しいものらしく、まずは初心者達がトーナメント式で勝敗を決め、優勝した者がコンテストマスターであるシアナへの挑戦権が与えられるというものだった。
ちなみにダイゴの隣にはお互い近所に住んでいるというハルカの応援に気合いたっぷりのユウキが座っている。
「ダイゴさん!ハルカだって負けないですからね!」
「さぁ?それはどうかな?」
「へへ!俺がダイゴさんに勝ったんだから、ハルカだってシアナさんには負けないですよ!」
そう、あの後すぐにユウキはミクリに勝って見事最後のジムバッチをゲット。
その後、軽々と四天王を倒してダイゴに挑んできたのだ。
決して油断した訳ではないのだが、あともう一歩という所で、負けてしまった。
あの、ホウエン中を騒がせたグラードンに。
「あれは反則に近いでしょ…まぁ負けは認めるけどね。」
「俺だってグラードン無しで勝ちたかったんですよ?…でもダイゴさん大人気なく強いんですもん!」
そりゃあグラードン出しちゃいますよ!
と少し不満そうなユウキは先に登場したハルカの姿を見ると、慌てたようにまた必死に応援をしだした。
そんなユウキを見て、これは将来尻に敷かれるタイプだな…と思わずくすりと笑ってしまったダイゴは誰に言うでもなく、静かに口を動かす。
「…シアナにカッコ悪いとこは見せたくなかったんだけどね…」
「ん?ダイゴさん、何か言いました?」
「いや、何でもないよ。」
ユウキの問いに、何でもないと返したダイゴは苦笑いをするとまたステージへと視線を戻す。
ゲンシカイキしたグラードンに敗れたダイゴは、普通に考えればもうチャンピオンでは無い。
しかし、ユウキはこれからも自由気ままに旅をしたいとのことで、相変わらずその座はダイゴが受け持っている。
そして今ステージに立っているユウキが言っていたハルカという子は前に流星の滝で一緒にいた女の子らしい。
旅立ってすぐにコンテストの魅力にハマり、ずっとシアナを目標にここまで頑張ってきたらしい彼女はやる気満々のようだ。
「それでは登場してもらいましょう!皆様ご存知!!マスタークラスのシアナだーっ!」
ステージ上の階段にスポットライトが当たると、青いドレスに身を包んだシアナが大盛り上がりの会場の人達に手を振りながら降りてきた。
ちなみにあのドレスは頼んでもいないのに親父が会社のデザイナーに頼んで発注したもので、シアナのお気に入りのドレスでもある。
「うわぁ…シアナさん相変わらず美人だなぁ!つか、すっげえ歓声…!」
「そりゃあ僕のシアナだからね。」
「いいなーダイゴさん、あーんな綺麗な彼女がいて!」
「褒めたって何も出ないよ。お、始まるみたいだ。」
ダイゴとユウキが話している間に、シアナはステージに到着して、何やらハルカと言葉を交わしているよう。
するとそれを見兼ねた司会者がハルカにマイクを手渡した。
「シアナさん!私、貴女を目標にここまで来ました!私の全力!受けてくださいっ!」
「勿論!そういうことなら喜んでお相手します!」
どうやらシアナはステージに立つと少し強気になるようで、とても生き生きとしている。
それにマスタークラスであるプライドもあるのだろう、負けるつもりはないようだ。
いつもはふわふわとして、穏やかで、花に包まれたような雰囲気を纏っているシアナの凛とした姿を見たダイゴはほんのりと頬を染めて優しい眼差しを向けている。
それをニヤニヤと楽しそうに眺めているユウキに気づかない程に。
「いきますよっ!カモン!エネコロロ!」
「エネコロロか…なら私は、エルフーン!出番だよ!」
「エルー!…エル?………!エルルー!!!!」
ハルカが呼び出したのはエネコロロ。
それを確認ひたシアナはそれならばとダイゴにも良く懐いているエルフーンを呼び出した。
ポーンとボールから出て空中で華麗に一回転したエルフーンは着地と同時にダイゴを探し当て、笑顔でその小さな両手をぱたぱたと振っている。
「あはは!よく僕を見つけたね。」
「め、めっちゃ懐つかれてますね…シアナさんのエルフーンに。」
笑顔でダイゴダイゴー!と嬉しそうに手を振るエルフーンに、こちらもふにゃりとした笑顔で手を振っているダイゴを見たユウキは、まるで親子だ…と苦笑いしているシアナに少し同情をしてしまう。
そんな中、それを知らない司会者がバトル開始の合図をしたことにより、会場は一層盛り上がった。
「先手必勝!エネコロロ!シャドーボール!」
「エネッ!」
「ふふ、残念。エルフーン、暴風!」
「エーール!」
先手必勝と意気込んだハルカが支持したシャドーボール。
暗く、紫色に光るその球体はエルフーンに向かって真っ直ぐに進んでいく。
しかしそれはエルフーンの暴風によって軌道を変え、放ったエネコロロに直撃してしまった。
「えぇー!そんなのあり!?」
そんなシアナのカウンターを受けたハルカが焦っている間、エルフーンは呑気に爆風の中を鼻歌を歌いながらふわふわと漂っている。
いつも通りなエルフーンを見て、今日のエルフーンはご機嫌だなーとダイゴがステージを眺めていれば、気を取り直したハルカの声が会場に響いた。
「っそれなら、直接いくまで!エネコロロ、おうふくビンタ!」
「直接物理は効果ないよ?コットンガード!」
支持されたエネコロロはエルフーンの着地と共に駆け出し、細くて長い手を器用に使って技を放つ。
しかしそれはすぐに反応したシアナが支持したコットンガードによってエルフーンは綿毛の塊になり、全てのおうふくビンタを受け止めている。
「エネッ!」
…ぼふん。
「エネッ!エネッ!」
ぼふん、ぼふん。
「エ、エネッ!」
ぼよよーーーん…
あ、これきっと僕とのバトルで思いついたやつだな。
ステージの状況を見て、ダイゴがそんな事を考えていると、上空に何やら幾つもの白いものがふわふわと浮いていることに気づく。
「ん?あ、そうか!あれはエルフーンの綿毛だ!雪が降ってるみたいで綺麗ですね…!」
「…あれ?ユウキ君、ハルカちゃんの応援しなくていいのかい?」
「え?…あ!いけねっ!…ハルカー!頑張れよーー!!」
雪のような光景に思わず見惚れ、綺麗だと目を輝かせるユウキに、茶化すように声をかけたダイゴは、その後声を張り上げてハルカの応援を再開するユウキを見て思わず肩を震わせる。
うん、やっぱり将来絶対に尻に敷かれるだろう。
すると、ハルカはそんなユウキの声で我を取り戻したのか、焦ってパートナーであるエネコロロに視線を向ける。
しかし何をしても結局シアナのカウンター戦法によって返り討ちに合うため、指示を悩んでいるようだった。
指示を出す筈のトレーナーがこうなってしまえば、あとはもう、勝敗は見えてしまっている。
「…決まったね。」
「エルフーン!宿り木の種!」
「あ!エネコロロッ!」
パートナーが悩んでいて不安になってしまったエネコロロはその隙を逃さないとシアナが指示した宿り木の種を避けきれずに蔦に絡まってしまう。
とても大きく成長したその種はエネコロロのエネルギーを吸い取って蔓を伸ばし、天井までグングンと成長していく。
「フィニッシュだよ、エルフーン!エナジーボール!」
「エーーールッ!」
フィニッシュ。
そう言ってパチン!と指を鳴らしたシアナに答えるように、エルフーンが放ったエナジーボールは伸びた蔦に直撃し、粉々になった緑の球体が粒子となってキラキラと会場中に降り注ぐ。
それは、まるで絵本の世界。
幻想的なその光景は会場の全ての観客を魅了している。
その光景に誰もがその瞳に緑色の輝きを映しだして言葉を失っていれば、それを掻き消すように、マイクを手に取った司会者の声が響いた。
「フィニーーーッシュ!勝者!シアナーー!」
その瞬間。
ワーーーッ!!と観客の拍手が鳴り響くと、シアナはハルカの元へ歩み寄り、下を向いて悔しそうに両拳を握っている彼女の手を優しく握る。
「楽しかった!ありがとう、ハルカちゃん!またいつでも挑戦しておいで?」
「っ…はい…!ありがとうございました!」
悔しい、何も出来なかった。
ここまで来たのに…そう拳を震わせていたハルカの両手を優しく包んだシアナの言葉を聞いたハルカは弾かれるように顔を上げる。
その途端に見えたシアナの本当に楽しかったのだと伝わる暖かな笑みに釣られるように笑ってしまったハルカに、会場の誰もが良く健闘したと拍手を送るのだった。
「以上で、本日のイベントは終了します!それでは、次回の開催まで…」
「ちょっと待った!」
「…え、ダイゴ…?」
「え?ダイゴさん?ちょ、何してんですか…っ!?」
「…ミクリ。」
「仰せのままに。」
大盛り上がりの会場に響き渡る筈だった司会者の声を遮り、ちょっと待ったといきなり立ち上がったダイゴはメタグロスをボールから出し、驚いてあわあわしているユウキを置いてサイコキネシスで会場のステージまで上がると審査員として来ていたミクリからマイクを受け取る。
そんないきなりのダイゴの登場に、驚きを隠せない観客は帰ろうとしていた足を止め、なんだなんだと席に戻り始めている。
「突然のことで申し訳ありませんが、お時間のある方はこのまま僕の話を聞いて下さい。」
「えっと…ダイゴ…?」
「シアナちゃん、大丈夫。話を聞いててごらん?」
ダイゴの突然の行動に、何が何だか分からないと言った様子のシアナを見兼ねたミクリは大丈夫だからとその背中をそっと摩る。
そんなミクリを見て、少しは安心したのだろうシアナは黙って真っ直ぐ観客を見つめるダイゴに視線を移した。
すると、ダイゴは一度目を伏せ、深呼吸をするとゆっくりとその瞳を開き、シアナの元へと歩き、隣に立って優しく、愛おしいかのようにその肩を抱く。
「ダイゴ?」
「僕は彼女、シアナと真剣にお付き合いをさせて頂いてます。」
「………へ?」
ホウエン地方のチャンピオンであり、有名なデボンコーポレーションの御曹司でもあるツワブキダイゴ。
そんな彼からのいきなりの発言にザワザワと騒ぐ観客に混じり、取材で来ていたテレビの放送局の人達も急げ急げ!と電源を切っていたカメラを再度起動し始めている。
「僕らを見かけた人が何人もいて、まだ少しですが既に噂になっていると聞いたので、今ここで宣言させてもらいました。」
「うひゃぁ…ダイゴさんカッコイイことするなー」
ザワザワと騒ぐ観客達の空気をものともせず、真剣な表情を一切変えずに凛とした声で言い放つダイゴを見て、やっぱり凄いやと感心したユウキがふと周りを見てみると、ショックだったらしい涙目の女性や顔を真っ青にして言葉を失っている男性陣がチラホラと見受けられた。
それはそうだ、今ステージで爆弾発言をしているあのチャンピオンはその肩書きだけでなく、容姿も完璧に近い程に整っているのだから。
そして、それは同じくその隣で唖然と言葉を失っているシアナにも言えることである。
成程…出る杭は打たれる…いや、出そうな杭は打っとくのか。
泣き出す女性達、そして落ち込んでいる男性陣を見てそんな事を呟いたユウキは俺も撮っとこ…と呑気にポケナビの録画モードを起動し始めた。
「えっと、だそうです…が、シアナさん?」
「へ!?…あ、えっとですね…!」
「あ、良ければマイクを…」
ダイゴの突然の爆弾発言に、呆気に取られていた司会者は落ち着かない会場の空気にまずいと思ったのか、何とか自力で我に帰り、シアナに事実確認を求めてマイクを手渡す。
「えっと…確かにダイゴ…とは、真剣にお付き合いをさせて頂いてて、今はその…ど、同棲しています…っ!」
「これは僕の父も知っている話ですので、何かあれば会社の方へ連絡を頂ければと思います。」
顔を赤くしてマイクを握りしめ、一生懸命に話すシアナの肯定の言葉にザワついた会場は静まることを知らない。
それを見兼ねたダイゴがまた話を再開し、流れる様に話は以上ですとその場を締めると、シアナを控え室へと連れていったダイゴはすぐに申し訳なさそうに頭を下げた。
「…ふぅ。ごめん、驚いたでしょ?」
「うん、驚きはしたけど…いきなりどうしたの?」
「あー…実はね?この大会ってさ、僕の親父が取り仕切ってるんだ。だから世間に公言するには都合が良くて…テレビ局の人達もいたしね。」
「え?そうだったの…?もー、びっくりした…」
「ははは!ごめんごめん。」
話を聞いたシアナが脱力してソファに座り込むと、ダイゴはシアナの前に立ち、屈んで頭をよしよしと撫で始める。
するとそれが心地良いのか、少し目を細めて頬を染めながら照れたように見つめてくるシアナに素直に「可愛いなぁ」と微笑んだダイゴはそんな愛らしい自分の彼女に更に説明をし始めた。
「まぁそれは建前で、本当は別の理由があったんだ。」
「へ?えっと…どんな?」
「…シアナの好きなステージで、大勢の前でこの人は僕の大切な人ですって公言したかった。」
そう、優しい声で。
嫌だった?と首を傾げながら聞くダイゴにシアナは言葉を失いながらも必死にそんな事はないと首を横に振る。
確かに先程のダイゴの行動に驚きはしたが、本当の理由を聞いてからは嬉しいのか恥ずかしいのか分からない胸の締め付けに耐えられそうにないだけだったから。
そんなシアナの答えに安心したのか、ダイゴはふぅ…と一息着くとシアナが座っているソファに腰を下ろして隣にいる大好きな存在の髪を優しく解き始める。
「良かった。ずっと俯いてたから、もしかしたら嫌だったのかと思った…」
「…っ…ダイゴ、」
「…ん?」
「ありがとう…いつも私のこと、大切にしてくれて…」
「ふふ、当たり前でしょ?」
こんなに好きなんだからと髪を解いていた腕を伸ばし、そっと優しく抱き締めてくれたダイゴへと幸せそうに寄り添ったシアナはゆっくりとその空色の瞳を閉じて自分が今いるこの幸せな空間に溶けていく。
「…大好きだよ…シアナ。」
「…うん、私も…大好きだよ、ダイゴ。」
窓から見えるホウエンの空は、とても青い。
そんな空を窓から眺め、今自分の腕の中にいてくれるシアナの瞳と似ているなと微笑んだダイゴは、幸せそうに瞳を閉じている恋人にそっとキスをした。
これは、青く、眩しく、綺麗に澄んだ空色の恋の物語。
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