澄んだ空の贈り物
とても澄んだ空の下、シアナは好きな人から言われたその言葉で思考が完全に停止した。
この言葉を聞けることをどんなに夢見ていたのだろう。
いや寧ろこれって夢?と一瞬頭から過ぎった考えは目の前にいる彼の表情で否定される。
頭が真っ白で、正直理解が追いつかない。
もう一度、聞いてもいいだろうか…?
「………。」
「………。」
…反応がない。
鈍感なシアナに理解してもらう為にダイゴはとてもストレートに伝えたつもりだった。
だがしかし、これはまるで反応がない。
これはもしかして伝わっていないのだろうか?
逆にストレート過ぎたのかと不安になったダイゴがずっと黙っているシアナの様子を伺う為にその顔を覗き込むと、どうやら何か言いかけているのが分かった。
「…か、い…!」
「…ん?」
「もう、いっ…かい…っ!」
頭の中がぐちゃぐちゃで、上手く頭が働かないシアナは兎に角これは夢じゃないと確信したかった。
泣きそうになるのを必死に堪えて、ただ、真っ直ぐにダイゴを見る。
「…君が好きだよ、シアナ」
「っ…!」
夢じゃ、ない。
ダイゴが再度伝えてくれたその言葉で、やっとこれは現実なんだと実感したシアナはその思考と同時に強く腕を引かれ、ダイゴの腕に包まれる。
その行動が更に夢のようなこの現実を教えてくれるようで、シアナは嬉しさで締め付けられる胸の痛みを必死に耐えた。
「も、っと…!言って…っ!」
何度も何度も確認したくて、決して夢ではないこの現実をもっと実感したくて。
シアナは強く抱き締めてくれているダイゴの胸元を震える手でぎゅっと握りながらそう伝える。
「…シアナが好きだよ…ずっと、好きだった」
「っ、ダイ…」
「何度でも言うよ。君が好きだ…」
何処の誰かも分からない人間を本気で心配してくれる優しさも
コンテストの話や可愛いものを見たりした時のキラキラした瞳も
優柔不断なのに決めたらなかなか曲げない頑固なところも
見るとこちらまで笑顔になってしまう可愛らしい笑顔も
照れてしまって赤い顔を必死に隠す仕草も
澄んだ空の様な瞳から流れる涙も
「全部全部、大好きなんだよ。」
考えて言った訳ではなく、心の底から思っていることが勝手に出てきてしまう程に愛しくてたまらない。
そんなダイゴの言葉を聞き、シアナも口を開く。
「私も…好き…っ!」
顔を見上げ、縋るように答えるシアナの言葉にダイゴは目を見開く。
こんな、こんな幸せなことがあっていいのか。
もしかしたらと、淡い期待を抱いたことが何度もあった。
でもその度に、この期待が自分の勘違いだったらと自信を無くしたことが何度もあった。
それなのに、それなのに今、自分の腕の中に彼女は、自分と同じ言葉を言ってくれた。
「シアナ…本、当…に?」
「好き…大好きなの…っ!」
「………。」
「私は…っ!ダイゴが、好き…!」
ダイゴが好きだと、好きなんだと。
何度も伝えるシアナを見たダイゴは衝動に駆られ、震える腕で更に強く抱き締めて同じく震えているシアナの体を包み込む。
彼女が、何処にもいかないように。
やっと届いたこの想いを、一つ残らず、零さないようにとその腕で包み込んで。
「シアナ…あぁ…!シアナ…っ!」
ずっと傍にいて欲しいと、隣にいて欲しいと。
必死に頼むように言うダイゴにシアナも必死に頷いて答える。
その後、嬉しそうに、そして何より幸せそうに溜息を吐くダイゴの顔を見たくなったシアナがゆっくりと視線を上に向ければ、そんな優しくて大好きな彼の手が自分の頬に触れる。
目を閉じれば、それは額でも頬でもない、
やっと唇に感じた大好きな人の感触。
「っ…ダイ…ゴ…」
初めは、助ける事に夢中でまともに顔も見ずに応急処置をした。
彼が目を覚ましてやっとその整った顔に気づいて密かに驚いたことを覚えている。
美味しそうにスープを飲んで、褒めてくれて。
落ち込んでいる自分に、自分が好きな色の綺麗な花束を持って現れた彼の優しさに心が暖かくなった。
父の話をした時、大丈夫だと、自分がついていると何度も背中を摩って安心させてくれたことも。
不安になった私に馬鹿だと少し怒ったことも。
彼の行動全部が自分の糧になっていた。
そんな彼を、好きになるのは当然のこと。
初めて彼と一緒に出掛けた先で見つけた桃のモンブランは、今思えば恋を連想するような色をしていたっけ。
「…ん…シアナ…っ」
一目惚れだった。
海に落ちて、目が覚めて見えた澄んだ空色の瞳に、全てを持っていかれたから。
何処までも眩しくて、暖かく包んでくれるような笑顔に、今まで何回見惚れたのだろう。
強がって無理して笑って、そして初めて見た泣き顔を正直、とても綺麗だと思った。
自分に伝えてくれる素直な感情が嬉しくて、ここまで本気で誰かを守ろうと思ったのは、初めてだった。
変な所が頑固で、でも天然で放っておけなくて。
こちらが頑張ってもまるで通じない鈍感さに、何度落ち込んだことか。
それでも、ここまで気持ちが膨れ上がったのはきっとそれが彼女だから。
こんな自分に、偏見することも、媚ることもせず。
その地位も出生も関係なしに、ただツワブキ・ダイゴという1人の人間として接してくれた、彼女だから。
「…っ…は、」
初めて出会ったこの場所で、何度も何度も角度を変えては口付けを続ける2人は、お互いそれぞれの回想をしながら幸せの渦へと呑み込まれていく。
やっと、やっと届いたこの気持ちはもう、誰にも渡さない。
「…ん。」
ダイゴは最後にシアナの額へキスを1つ落とすと、熱くなった顔を隠さずに胸ポケットから小さな箱を取り出した。
「え?それは…?」
「プレゼント。受け取ってくれる?」
自分の手にそっと乗せられた箱を首を傾げながらも丁寧に開けたシアナはそれを見た瞬間、空色の瞳をキラキラと輝かせる。
その瞳には、綺麗にクッションに包まれている2つセットのお揃いのネックレスがキラキラと輝いて映っていた。
「…この…石って…!」
「ふふ。その通り。」
「そっか…やっぱりこれ、バシャーモと交換したって言ってた石なんだ…綺麗…!」
宝石のような、それでいて澄んだ空の様な色をしているこの石は、シアナが思った通り、やはり以前ダイゴが流星の滝でバシャーモと交換で手に入れたものらしい。
「そうでしょう?あまりにもシアナの綺麗な瞳と似ているから、会社に頼んでネックレスにしてもらったんだ。」
「え!わ、私の目、こんな綺麗じゃないよ?!」
それに凄い高そう…!と恐る恐るネックレスを触るシアナの手から優しくネックレスを取り、ダイゴは違和感のない自然な流れで両手をシアナの首に回してネックレスのチェーンをはめる。
「わ…!」
「うん。やっぱり同じ色だ…可愛いよシアナ」
値段は気にしないの、そんな格好良い顔で、そんな微笑みで言われたら何も言えない…!と少し悔しくなったシアナも真似をしてダイゴの首に両手を回してネックレスを着ける。
「おっと…!」
「うん、ダイゴも似合ってる。カッコイイ!」
してやったり。と少し頬を染めて笑うシアナを前にしてダイゴはあまりの可愛さに片手で口元を隠す。
元はこちらの一目惚れから始まり、接していく度にどんどん気持ちが膨れ上がって、ただでさえ可愛くて仕方が無いのにそれが恋人にまで発展したのだから嬉しいのは当然だ。
「ダイゴ、本当にありがとう。大切にする…!」
「どういたしまして。ふぅ、…あぁ…緊張した…。」
「ふふ。私も…凄い緊張した…。」
「あはは!お互い様だね?……さて!そろそろ日が暮れるし、帰ろうか?」
ダイゴが立てる?と差し伸べた手を取り立ち上がると、ふとそう言えば言い忘れていたとシアナがもしかしたら今日1番の爆弾発言かもしれない発言をする。
「あのね、帰ろうって言葉で思い出したんだけど…私、あの家売ることにしたの。」
「そうなんだ………って、は!?」
驚いて固まっているダイゴを他所に、
もう日が落ちる手前で薄暗くなりつつある空に良く響く恋人の声を聞いたシアナは、この人って声も格好良いんだよね、なんて呑気なことを考えていた。
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