赦し




シアナは1人、テラスから見える湖でミロカロスが優雅に泳いでいる姿を微笑みながら眺め、自分のポケモンながらこの子は本当に綺麗な子だなぁと改めて実感する。

どうしてそんな冷静に考えを巡らせているのかと言えば実はそうではなく、今日の出来事が全てシアナにとっては人生を変えるようなことが沢山あり過ぎて、ただ単に何からどう考えて良いのか全く分からなかったりするから。




「今日まで…いろいろあったなー…」




これからどうしようか。
きっと父は自分の予想が当たっていれば、もうやろうとしていることがある筈。

それなら自分はこれから何をしよう。
そうシアナが考え初めていると、後ろから段々とこちらに近づいてくる足音に気がついてゆっくりと後ろを振り返る。



「シアナさん、少し良いかね?」


「マツブサさん…」



振り返った先。
そこには長い間自分を苦しめていた存在が立っていた。

だが、そんな彼を見ても不思議と怒りが湧いてこないのは自分の父が無事だったこと。土下座までして謝罪をして来たことが理由なのだろうか。

いや、きっとそれだけでは無い。

そんな事を頭の隅で考えながら自分って単純なのかなと自分で自分を心配になりつつもシアナはマツブサの言葉に耳を傾けた。



「その…本当に…」


「もう謝罪はいいですよ。気にしてないとは言いきれませんが…」


「うむ…そうか…。」



謝罪を遮ってまでした返答を、自分でも少し性格が悪いと思ってしまった。
謝罪はいらないが気にはしています。だなんて、返しようがない言葉を吐いてしまった。



「…ごめんなさい。今後の事を考えて、つい八つ当たりしちゃいました。」


「…今後、君はどうするのかね?」


「んー…どうしましょう?思い切ってカロスに行くのも有りですかね。」



そう笑いながら冗談を言ったつもりだが、彼の目には冗談に映らなかったのだろうか。
眼鏡越しに見える瞳がとても心配そうに揺れているのを確認したシアナは失礼ながらもこんな表情も出来るのか、と呆気に取られてしまう。

ずっと、自分の記憶の中にいた彼の表情は怒りと孤独を合わせ持ったような表情だったから。



「…えっと…冗談ですよ?」


「冗談に聞こえなかったぞ。」


「え?そんな顔してました?」


「とてもな。…何故1人になる必要がある?」


冗談だと笑って自分の言葉を否定するシアナにマツブサは問うが、その答えは困ったように苦笑いを返されるだけ。

何か思う所があるのだろう、そう判断したマツブサがその後続いた沈黙にどうしたものかと内心困っていると、今度はシアナの方から声が掛かる。



「…先に言っておきます。私って単純なんですよ。」


「……何を言っている?」


「ふふ。確かにマツブサさんには嫌な思いをさせられました。今まで寂しくなかったなんて言いません。」


「…それは本当に…」


「でも」


「……?」


「今まで大切だった人ともっと深く繋がることが出来ました。そして、大切だと思える人にも出会えました。この事実も、感情も、マツブサさんが私にくれたものです。だから、ありがとうございます。」




こちらを見ず、目の前の湖で優雅に泳いでは高く飛び跳ねて月明かりを浴びているミロカロスを見ながら言うシアナの言葉にマツブサは大きく目を見開くとそのまま思わず口を開くが何と言えばいいのか分からずにそっと口を結んでしまう。



夢中になっていた。
簡単に言ってしまえばそれだけの言葉で済んでしまう。
しかしそんな簡単な言葉で片付けられてしまう自分の愚かな思考によって何年もの間苦しめてしまった人物がいた。

小さくて、泣き顔しか覚えていなかった。
正直あの時はそんな事どうでもいいとすら思っていた程に最低な人間だった。


思うがままにグラードンを復活させて、そのあまりにも強大過ぎる力に気づいた時にはもう遅かった。
邪魔だとしか思っていなかったチャンピオンに首元を締め上げられ、大声で否定されて、忘れていた筈の当時小さかったこの娘を思い出して。

やっと自分がどれだけのことをしたのか思い知らされた。


それなのに、それなのに目の前にいるこの娘は自分にお礼を言ったのだ。
あんなに、あんなに酷い事をして、無慈悲な事をした自分に。



「…っ…私は、君にそんな言葉を貰える程の人間ではない!」


「…今は、ですよね?」


「……は…?」


「それならマツブサさん、一つ、私からお願いがあるんですけど…」



























「どういう事だね!博士!!」


「マツブサさん?私が何かしました?」


何かしたかではない!とあの後急いでダイゴを追って部屋から戻ってきたシアナの父に胸ぐらを掴み食って掛かるマツブサを取り敢えず落ち着いて下さいと冷静な表情でダイゴが間に入りそれを止める。



「君!原因の私が言えることではないが、また娘を1人にする気かねっ!?」


「!?……何故それを…」



マツブサの怒鳴るような問いに誰にもまだ言っていなかったのに、と呟く声がシアナの父から聞こえ、ダイゴも驚き返答を要求した。



「お父さん?どういう事ですか?まさか、シアナの元に帰らない気じゃ…?!」


「…あぁ、私は帰らないよ。」



シアナの父はもう言うしかないと諦めたのか静かに目を伏せると怒り狂っているマツブサの腕を握って自分の襟元から手を離させると驚き目を丸くしているダイゴにも分かるようにと説明を始める。



「私の意思ではないにしろ、私の研究のせいで沢山の人に迷惑をかけてしまった。」


「それは…!」


「マツブサさん、貴方なら止めると思いましたよ。勿論、私も自分が最低な父親だとも思う。だが、それでも私は貴方の元で研究を続けて、今度は沢山の人達の為に何かをしたい。…罪滅ぼしと言えば伝わるか?」




罪滅ぼし。
そう言われてしまえば、その切っ掛けを作ってしまったマツブサは何も言えなくなってしまう。
そのまま拳を強く握って下を向いて黙ってしまったマツブサを横目で確認したダイゴは目を細めて同じくその姿を見ているシアナの父に更に言葉を投げる。



「…お父さん、でもそれではシアナはまた…!」


「だから、君に頼むんだ。」


「っ、それとこれとは話が…!」


「…10年間離れていても、やはり親子なのだな。」



それとこれとは話が違うとシアナの父に食って掛かろうとしたダイゴを止めたのは、意外にもマツブサの何かを諦めたような静かな言葉だった。

その言葉に疑問を持った他の2人は言い合いになりそうだった雰囲気を一旦止め、そんなマツブサに視線を移す。



「…先程、シアナさんに頼まれたのだ。」







(お父さんを、よろしくお願いします。)







「…シアナ…どうして…?!っ、お父さん、シアナにはこの事…?」


「…言っていないよ…そうか。あの子は私がやろうとしている事、分かっていたのか……ダイゴ君、」





頼むよ。






その言葉と同時に、何も言わずにまだシアナが居るだろうテラスへと走って行ったダイゴを見送った2人は同時にお互いを見合って目が合うと静かに笑い合う。



「お前があの男に頼んだ理由が少しだけ理解出来た。」


「ダイゴ君は私に似ているからな!」


「…それはどの口が言っているのだ。」


「この口だ。」


「つまらん。」



最初から腹を割って話していればあんな事にはならなかったかも知れない。
そうお互いが思ったが、その過去はどう足掻いても変えられない。
だが、これからはそうすれば良いのだと何も言わず、その考えはお互いの心の内に秘めたのだった。







「っ…シアナ!」


「…ダイゴ…さん?あ。」



あ。いけない、また呼び方間違えちゃった。
と笑う彼女にダイゴは笑い返すことはせず、全部2人から聞いたとただ黙ってシアナを優しく抱き締めて必死に走ってきたせいで暴れている呼吸と心臓を落ち着かせる。




「あの…ダイゴさ…ダイゴ?」


「シアナ、泣きたい時は泣いても…」



本当は泣きたくて仕方ないだろうシアナの顔をダイゴは腕を緩めて不安そうに覗き込む。
しかしそこにあったのは予想とは反した、きょとんとしたシアナの顔。

まるで、え?何の事ですか?と言いたそうな、いや確実に思っているだろう表情に最初は強がっているのかもしれないと暫くそのきょとんとした空色の瞳を見つめるダイゴだったが、いくら見ても不安な色を見せない済んだ空の色にこれは可笑しいとダイゴは再確認するかのように質問をする。



「…本当に寂しくはないのかい?やっとお父さんに会えたんだろう?」


「え?だってマツブサさんが、「会いたい時に会いに来なさい。いつでも歓迎する」って…言ってまし…じゃない、言ってたから…?」


「……は?」


「え?あの、ダイゴ?お父さん達から話を聞いたって…一体どう聞いたの?」



そう言いながら首を傾げる彼女を見て、ダイゴは暫く放心状態になり、その後一度目を閉じると呆れなのか安心なのか寧ろどちらも混じった溜息をついてその場に膝から崩れ落ちる。




「っ……あの…2人…っ!!」


「えっ!ダイゴ?どうしたの?!大丈夫?!」




その頃、本当に彼に任せても大丈夫かどうか試してみようと実は最初から話し合って計画を練っていたマツブサとシアナの父から話を聞いたアスナはお腹を抱えて大爆笑していたとか何とか。


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