10年越しの想い




話とはなんだろうか。
思い当たることがあるとすれば、自分がシアナと共に暮らしていた事。それに抱き締めもしたし額にキスまでしてしまった。しかも交際もしていないのにだ。

しかしシアナのお父さんはマグマ団の元にいた…ということは少なくても同棲していることを知っていても可笑しくはない。


「…なんて説明すれば…」


父親とポケモンセンターから戻ってきて、食事を済ませたシアナに呼ばれてからずっとそんな事を考えていたダイゴだが、気づけばいつの間にか目の前には彼女の父親がいる部屋の前まで来てしまっていた。



いや、考えても仕方がない。
自分の気持ちをそのまま伝えよう。うん、そうしよう。




「…入らないのかい?」


「今入りま……えっ!?」




すると、ふと後ろから声がしたかと思ってダイゴが振り返れば、そこには不思議そうな顔をしたシアナの父親が立っていた。
このきょとんとした顔は父親似なのかもしれないな…なんて考えがダイゴの頭の中を過ぎったが今はそんな事を考えている場合ではない。



「トイレから帰ってきたら君が部屋の前から動かないものだから。」


「え、あ、すみません!!」



すみません!と勢い良く頭を下げて謝罪するダイゴに、シアナの父は緊張なんてしなくていいんだよ?はははは!と豪快に笑いながら扉を開けてダイゴの背中を押してしまった。
そんな彼がまさか自分の娘が付き合ってもない男と同棲していたなんてことすら知らないとはこの時のダイゴは思いもしなかっただろう。





















「成程…一緒に暮らしていたのか」


「は、はい…」

(全く何も知らなかったのか!!!)


「そして交際もしていないと?」


「すみません…!」


しんと静まり返っている部屋の中でシアナの父と向かい合って座っているダイゴはもうこの際今まででのことをどう謝罪すればいいのか考えていた。

毎日手土産を持って土下座しに行こうか?何が好きなのかシアナに聞かなくてはと頭の中で考えを巡らせていると、そんな雰囲気をぶち壊すかのようなあっけらかんとした笑い声が部屋に響き渡った。



「?…あ、あの?」


「す、すまない!なんだか懐かしくてな…ふっ!あははは!」



突然のことで呆気に取られているダイゴを見て申し訳なくなったのか、シアナの父は必死で笑いを止めるといそいそと涙を拭いて理由を話し出す。










「え、奥様に告白が上手く出来なかった?」


「そうなんだ。と言うよりはアプローチしたのに通じなかったことが何度も何度もあったんだよ。」


いやーあれには参ったなぁ…懐かしい。とシアナの父は目を閉じて思い出に浸っている。



「ダイゴくん、君も似たようなものなんじゃないのかい?」


「た、確かにアプローチは何度かしたと思いますが…その…分かりやすい様に告白するなら、今回のことをきちんと解決してからにしようと。」



勝手ながら思っていました。と少し顔を赤く染めて答えるダイゴに、またツボにハマったのか大笑いをするシアナの父。
ダイゴも2回目で慣れてしまったのか今度は何だろうかと緊張は薄れてきていた。



「す、すまない!こちらも妻の家庭環境が良くなくてね?駆け落ちのような形で結婚したものだから…」



親子そっくりだなと微笑んでいる彼はまさにシアナの父親なのだろう。愛しているのがよく伝わってくる程、優しい笑顔だ。



「まぁお前が笑うなって話なのだが…ね。」


「…え?」


「…君には、大変な迷惑を掛けてしまったようで…本当に申し訳なかった…。」



本当に、本当に迷惑を掛けてしまったと頭を深く下げる姿にダイゴは慌てて顔を上げさせる。
それはそうだ。この人が謝る必要は何一つだって無いのだから。



「…君と話をして感じたことを正直に言うよ。」


「は、はい。」


「シアナを、幸せにしてやってくれないか。」



慌てて頭を上げさせたダイゴに、シアナの父は真剣な顔でそう言うと今度は床に膝をつき、頭が擦れてしまうのではと思うほどに深く深く頭を下げる。

こんな、自分にとって大切な存在の父親の行動と言葉に驚いたダイゴはそれに釣られるように自らも床に膝を付けた。



「いや、そんな!どうか頭を上げて下さい博士!それにまだ僕は…!」



それにまだ自分はシアナと付き合っていない、そう言いかけるダイゴに、シアナの父はそれを遮るようにダイゴの両手を握る。
まるで、藁にも縋るような、捨てられた子供のような表情を向ける姿にダイゴは目を丸くすると何も言えずにそのまま口を閉じてしまう。



「あの子は、今まで辛い思いを沢山して来てしまったんだ!寂しい思いをさせた!私は父親なのにあの子の10年間を何も知らない!傍に居てやるべきだったのに…!」


「ですから、それは博士のせいでは…!」


「君を見るあの子の表情は母親そっくりなんだ…!」



私はあの子の幸せ一番に願う。願うからこそ君に頼むんだと、顔をぐしゃぐしゃにして頼む姿にダイゴは確かにこの人はシアナの父親だと心の底から思った。
そして話して間もない自分をここまで信頼してくれることもダイゴにとってはこれ以上ない喜びでもあった。



「っ…約束します。必ず、幸せにしてみせます…っ!」


「!…ありがとう…!ありがとうダイゴ君!」


「いえ…僕の方こそ…ありがとうございます…っ!」



まだ交際した訳ではないのに何を言っているんだと言われればそこまでだが、その心配は無用だと想い人の父親に言われれば少し自信がつくのは当然のこと。

そんなことをダイゴが思っていれば、安心したように立ち上がったシアナの父は取り敢えず一安心だと胸を撫で下ろしているダイゴに拍子抜けするような言葉を言い放つ。



「…ところでダイゴ君…その…」


「?はい?」


「…その、「博士」という呼び方…出来ればやめて欲しくてな…」


「え?いや、でも博士は博士…ですよ、ね?」


「いやー…どうも博士って響きに慣れてなくてな!と言うよりも私はただのしがない研究者だからね!」


「……それなら、何とお呼びすれば…?」



慣れていない、そう照れたように笑って擽ったそうに頭を掻いているシアナの父に、ダイゴはそれなら何と呼べばいいのかと問う。
するとシアナの父親はまるで待ってました!と言いたげに目をキラキラとさせるとふふん!と両手を腰に置いて一言口にする。



「お父さん!」


「………………。」


「?…お父さんだ!」


「…………えっ?!いや、え、僕が、ですか?!」


「?他に誰がいる?」


「あ、いや、僕しかいませんけど!でも、え、い、いいんです…か…?」


「お父さんがいいんだ!そう呼んでくれ!」


「……えっと、お、お父…さん?」


「!何だいダイゴ君!」


「よ、呼んだだけです…!」



お父さんと呼ばれたことが余程嬉しかったらしいシアナの父はガッ!とダイゴの両肩を掴むと何だ?と返事をする。
その凄まじい勢いに思わず呼んだだけだと素直な言葉を口にしながら困ったように笑うダイゴは無邪気な人だなと今までのシアナの父親に描いていたイメージを変えずにはいられなかった。
やはり離れていてもこういった一面は親子そっくりだ。



「…あ。そういえば…ダイゴ君、シアナが今何処にいるか知ってるかい?」


「いえ、僕はシアナに呼ばれてここに来たので…」


「…そうか…なら、もしかしたら今頃マツブサと話をしているかもしれないな…」


「…っ…マツブサ…」


「少し様子を見にいってみるか…流石にあいつも改心したようだし、変な事はしないと思うんだが…って、ダイゴ君?」



シアナがマツブサと話をしているかもしれないとシアナの父かぼそりと零すとその言葉に少し心配になったのかダイゴは軽く一礼をすると急いで扉へと手を伸ばして階段を駆け下りて行ってしまう。

その音が段々と小さくなり、聞こえなくなったと同時にシアナの父は優しく目を伏せると誰もいなくなった部屋にぽりつと言葉を零した。




「……ははは。どうやら、本当に君の言う通りだったようだよ…これは私の負けかな…?」





窓の外を見て、少し青みがかっている夜空を眺めてそう呟いた言葉は、一体誰に向けての言葉なのか。

それを知るものは、誰もいないのかもしれない。




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