目覚めれば空





「ん…?ここは…?」


見慣れない天井。
シワひとつないベッド。
窓から見えるキレイな夕陽と聞こえる波の音。

一体ここはどこなのだろうか。
確か自分はエアームドの背中から落ちて海に投げ出されたはず。
上半身をベッドから起こしてよく見てみれば身につけている服も違う。



「グレイ?」


「え?」


どうなっているのだと、ふと声のした方向を見ると、
そこには見慣れないポケモン。
確かこのポケモンはグレイシアだ。
でも何故ホウエンに?
そんなことを考えながら目が合うとグレイシアはジャンプをして前足で器用にドアを開け、その奥へと行ってしまった。




「……助けてもらったって…ことでいいのかな、これは。」





知らない部屋、知らない景色。
大方、海に投げ出されて気絶していた自分を誰かが助けてくれたのだろう。
きっと先程のグレイシアはその誰かのポケモンで、主人を呼びに向かったのだと推測したダイゴは控えめにされたノックに返事をする。




「あのー…?」


「あ、はい。」



ノックと共に恐る恐るドア越しからかかる透明感のある声に、女性だったのかと驚きつつも返事を返せば、ギィ…と音を立てながら開くドアから微かに見えた綺麗な手に思わず息を呑む。

まずはお礼を言わなくてはと背筋を伸ばして心の準備をしたダイゴは、次の瞬間時が止まったかのように動けなくなる。




「…あ、良かった…、気がついたんですね!」


「っ……!」



嘘だ。こんなの聞いていない。
いや、聞くも何も聞いたのは先程の透明感のある澄んだ女性の声だったのだが、まさか…

まさかこんな、ただ姿を視界に映しただけで自分の思考が停止するだなんて。




「……あの…?」




自分の目の前で心配そうに首を傾げる女性が口を動かしているのは理解しているのだが、それでも尚ダイゴは頭が上手く働かずに呆然とその顔を見つめるだけで精一杯だった。



吸い込まれそうな…いや、もう吸い込まれてしまった澄んだ空色の瞳に、柔らかい印象を受ける金色の髪。
まるで奇跡だとでも言いたくなるような整ったパーツ。オフショルダーのニットのお陰で露出されている首と肩がこれでもかとその美貌を何倍にも引き出しているよう。



今まで、会社のパーティーや父からの無理矢理なお見合いで沢山の女性を見てきたが正直ここまで整った顔立ちの女性に会ったのは初めてだった。
もしかしたら本当に整った顔立ちの女性に会ったこともあった…かもしれないが、ここまで素直に見惚れてしまう人は少なくても自分の記憶には1人もいない。




「あの、え、もしかして…!ま、まだ気分が優れませんか?!」


「………え?…あ、あぁ!申し訳ないっ!」



そんな感想なのか考えなのか、自分でも何をやっているんだと頭の中で懸命に巡らせていたせいで全く言葉を発せないダイゴの目に、夕日で照らされた彼女の左耳にある雫型のピアスがキラリと光ったのを切っ掛けに、やっとダイゴは現実に戻ってくる。

馬鹿だ、何をやっているんだ自分は。
まずはお礼を言わなくてはと思っていた筈の自分は何処へ行っていた。



「もう大丈夫だよ。危ないところをどうもありがとう。なんとお礼を言ったらいいか…!」


「ふふ。気にしないでください!困った時はお互い様ですから。」



無事に目が覚めて安心しました。
そう笑顔で答えてくれる彼女の表情に胸の締め付けを
覚えたダイゴは何とかその痛みに耐えて笑顔を返すので精一杯だった。



「…あ!そうだ。ちょうど暖かいスープが出来たのでリビングまで来れますか?」


「え!いや…!流石に助けて貰った上に食事までは…!」


「何言ってるんですか!砂浜で倒れてたんですよ!理由は分かりませんが、服もびしょびしょで………あっ!!ち、違います!着替えは私のバシャーモが!!あ、服は父のなんですけど、大丈夫ですか!?」



いきなり怒ったかと思ったら、今度はあわあわ慌てだす彼女。
その姿があまりに可愛らしく感じたダイゴは思わず声を出して笑ってしまう。



「く…っ!ははは!大丈夫だよ。…ありがとう。それなら折角だし、頂こうかな?」



ダイゴがそう言うと、女性は何故笑われたのか不思議そうにしながらもゆっくりでいいですからと笑顔でキッチンへと戻って行く。

それを確認し、ベッドから立ち上がったダイゴがドアを開けてリビングに行くと、そこには美味しそうにポケモンフーズを食べている自分のエアームドの姿があった。



「エアームド!大丈夫だったかい?」


「エア!!」



良かった。どうやらエアームドは無事みたいだ。
自分の問いに元気よく返事をしながら未だ美味しそうにポケモンフーズを食しているエアームドに安心したダイゴは一度微笑むと、申し訳なさそうにキッチンから出てきた女性に頭を下げる。



「エアームドまで…申し訳ない。」


「気にしないでください!その子、横で倒れてる貴方を守ろうと頑張ってたんですよ?」



とても良い子ですね、と笑顔でスープを運んできてくれた女性に改めてお礼を言うダイゴは思わず苦笑いをしてしまう。どうやら、自分のエアームドにも随分と心配を掛けてしまったようだ。



「はい。暖かいうちにどうぞ。お口に合えばいいんですけど…」


「いや、とても美味しそうだよ。いただきます。」



コトンとテーブルに置かれたスープの前に座り、有難いと手を合わせてからスプーンで掬ってゆっくりと飲み込む。
どうやら彼女は自分の胃が驚かないように野菜のスープにしてくれたようだ。
野菜も小さめにカットされ、優しさを感じるコンソメの風味が口の中に広がってくる。

海に投げ出されたことで冷えてしまった体に染み渡る温かさにダイゴは思わず目を閉じてしまった。
何よりこのスープがとても美味しいのだ。



「…うわ。これ、凄く美味しい。」


「本当ですか!よかった!」


「本当だよ。ありがとう!…えっと…そういえば、君の名前…」


「私ですか?シアナと申します。」


「…シアナちゃんか…素敵な名前だね。…僕はダイゴ。改めて、本当にありがとう!」



彼女の名前はシアナと言うらしい。
自己紹介と共に改めてお礼を述べた自分に、こちらこそと花が咲くような笑顔で返してくれるその表情に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。



今までのことを考えてみれば、どうやら自分は目の前で微笑んでくれているシアナという女性に一目惚れをしてしまった、ということなのだろう。



無意識に名字を言わなかったのは、きっといつもの令嬢達のような反応をされたくないから。
でも、もしかすると彼女は…そんな期待も少しあった。

これが、僕とシアナちゃんとの出会い。

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