不意打ち





「肩、濡れてしまったね…はぁ…本当にごめん。」


「あ、いえ!え、えぇっと…」



チーーーン…とまるで仏壇の鈴を鳴らしたかのように項垂れて沈んでいるダイゴにそんな落ち込まなくても…と言いかけるシアナだったが、そのような言葉を掛けられるような雰囲気でもなかった。
それは目の前のダイゴがまるでこの世の終わりだとでも言うような表情をしているから。

ダイゴからすれば、好きな人の前で涙を見せてしまったのだ。自分が心底情けなくて仕方がないのだろう。




「本当、ごめんね…色々な意味で、さ。」


「…え?色々な意味って…?」


「うーん…肩を濡らしたのもそうだけど、守りたいとか、僕がついてるとか言っておきながら、肝心な時に助けてあげられなくてさ…」


「!……っ、ふふ…っ!あはは!もう、ダイゴさんったら!」


「…へ?」



落ち込むダイゴに、何て言葉を掛けたらいいのだろうとあたふたとしていたシアナは突然言われた言葉に思わず聞き返すとその内容に思わず笑みを零す。

そんなシアナの反応が予想外だったのだろう。
呆気に取られたダイゴはぽかんと口を開けてしまう。



「もう…なんだ、そんなこと気にしてたんですね?ふふ。」


「そんなことって…!当たり前だろう?自分から言っておいてそれが守れないなんて…」


「…ふぅ、…ダイゴさん?」


「…ん?」



可笑しそうに笑っていたシアナだが、ふと呼吸を整えると少し頬を染めながらもきちんと目の前で不思議そうにしているダイゴに向き合い直す。



「そんなこと気にする必要は無いし、まずその言葉、ダイゴさんはきちんと守れてますよ。」


「え?どういうこと…?」


「……私は、ダイゴさんが傍に居てくれたからこうして笑えてるし、前よりも気持ちが楽になりました。押し殺してた、寂しいって気持ちが無くなったんですよ。」


「シアナちゃん…」


「それもこれも、こんな面倒臭い私の隣に言葉通り傍にいてくれて、大丈夫だよって安心させて守ってくれた…貴方のお陰です。」




だから、ありがとうございます。
そう、目を細めて微笑むシアナに、ダイゴは言葉を見失う。

こんな…こんなに綺麗に笑う女性を見たことがなかったから。

聞かなくても分かる、心の底から思ってくれているんだろう言葉と表情にダイゴは思わず困ったように微笑んでしまう。




この人を好きになって、本当に良かった。






「…こちらこそありがとう、シアナちゃん…」


「ふふ。それは私の台詞ですよ。」


「あはは!なら、お互い様だね?」


「そうですね!……うーん…でも…」


「?どうかした?」




シアナにとって、ダイゴはとても大切な人だ。
だから自分のことでこんなに心配して涙まで見せてくれる彼に、やはりどうしてそこまで自分を気にかけてくれるのか気になってしまった。

もし、それが自分の期待している理由でなかったら?

そうなら…とてもじゃないが自分は立ち直れる気がしない。



「えっと……」


「どうしたの?…え、まさかどこか痛めた?!」


「あ、いえ!体は何とも…えっと、そうじゃなくてですね…」


「無事ならいいよ。…大丈夫だから、言ってごらん?」



何かを言いたそうに渋るシアナに、大丈夫大丈夫とその頭を撫でてくれる優しいダイゴの顔を見て安心したシアナは意を決して先程から浮かんでいた疑問を直接彼に聞くことに決めた。

自分の服の裾をぎゅっと握り、聞くなら今だ、と自分に言い聞かせてゆっくりと口を開く。




「その…なんでそこまでダイゴさんは、こんな私のこと…気にかけてくれるんですか?」


「………えっと…それは…」



あぁ。やはり困らせてしまった
自分の疑問を投げつけられた目の前の彼が目を泳がせている姿を見たシアナはやはり聞かなければ良かったと後悔してしまう。

恋愛なんて今までしてこなかった自分が悪いのだが、そんな経験がなくても普通に考えてこの反応は脈無し、というやつではないのだろうか。
もしかして妹みたいに思われてるのかもしれない。
自分と彼は2つ程歳も離れているのだから。

そんな悪い考えが頭の中に沢山浮かんで、この後どうしよう、と目を閉じて悩み出すシアナに、ダイゴは慌てて言葉を返す。




「いや!その…別に困ってる訳じゃなくてね?」


「……目が泳いでますよ?」


「う…っ!」



どうしたものか。
今ここで気持ちを伝えたいのは山々だが、まだ全て終わったわけではない。
ユウキも帰って来ていないし、彼女のお父さんとマツブサとの話も終わっていない。
というか、まず告白したところでどんな反応をされるかも分からない。

ダイゴはそう考えていたのだ。
勿論、そんな事を考えているとは知らないシアナは身長差もあってか上目遣いで不安そうにこちらを見つめている。
あぁやめてくれ、それは反則だから。そんなの可愛すぎるから。



「っ…あ、明日!」


「へ?…明日?」


「うん。…明日、2人でゆっくり話そう?」


何とか誤魔化そうと突然パッ!と浮かんだ言葉を焦りながらも伝えたダイゴだったが、それを聞いたシアナはなんで明日?と言わんばかりの表情をしている。

それはそうだろう。
今気になって聞いている彼女からしたら何故明日なのか疑問に思うのだろう。

しかしダイゴからすればその答えは告白も同じこと。
全て終わってから伝えたい事があると自分から言い出した側としては、今この場で答えたくはないのだ。



「えっと…ほら!シアナちゃんもお父さんとマツブサと話をしなければならない事があるだろう?それにユウキ君もまだ帰ってきてないしさ!」



だから落ち着いてからゆっくり2人で話をしよう?とダイゴが言うと、それは納得したのかシアナは分かりましたと答えてくれたが、まだ少し不満げな表情をしている。

こんなに気になるって事は少しは自惚れてもいいのだろうか?

ダイゴが密かに淡い期待を膨らませるた時、ふとシアナはまた疑問を一つ彼に投げかける。




「あの…ダイゴさん、」


「ん?何?」


「……なんで、またシアナ"ちゃん"なんですか?」








……そっちか。







「いや、あれは焦っていたと言うかなんと言うか…!咄嗟にそう呼んじゃって!ご、ごめんね?呼び捨てなんて…」


「い、嫌です…っ!」



そういえばそうだ!と焦ったダイゴが慌てながらも謝罪すると、目の前の彼女から出た返事はまさかの拒絶だった。

正直かなりショックだ。
しかし突然呼び捨てで呼んでしまった自分が悪いわけだし、何よりそんな理由で彼女に嫌われたくはない。
出来れば呼び捨てで呼びたいという願望もあるが、彼女が嫌がるなら別に今のままで何の問題もないのだから。



「ごめん!本当にごめんシアナちゃ」


「違います!…さ、さっきのままが、いいなって…!ことを言いたくて…その…っ!」


「……え?それって、呼び捨ての方がってこと?」


「っ…はい…っ!」



ダイゴが確認の為に恐る恐る再度聞いてみると顔を赤らめてこちらを見れないのか、シアナは小さく何度もコクンコクンと頷いている。

なんて可愛いんだろうか。
というか嬉しくてこちらがどうにかなりそうだと心の中で叫ぶダイゴだが、ここで照れてしまったら格好がつかない!と何とか荒ぶる心臓を抑え込むと一つ息を吐いてから真っ直ぐ彼女に向き直した。




「……シアナ」


「っ、は、はい!…う…!」




シアナはいきなり名前を呼ばれたことに驚きつつもなんとか返事をして顔を上げる。
するとそこには顔を赤く染めながらも優しく微笑んでいるダイゴがいて、しかも目が合ってしまった。


自分から少し強気に我が儘を言ってしまったシアナだが、いざ目の前で呼ばれるとこうも恥ずかしいとは想像していなかった。




「これでいい?シアナ?」


「は、はい!よ、よろしくお願いします…?」


「ぷっ!よ、よろしくお願いします…っ!」


「も、もう!笑わないで下さい!ちょっと勇気振り絞ったんですから!」



思わずよろしくお願いしますと言ってしまったシアナの行動がツボに入ってしまったのか、笑いながらその展開に乗ったダイゴはまたそれにツボが再度入ってしまい、必死に堪えているつもりだが、肩が震えてしまっている。

自分から言っておいて、顔から火が出そうな思いのシアナはまたそれが恥ずかしくて俯いてしまう。
あーもう自分の馬鹿!と今すぐにでも何処か空いている穴に入って隠れてしまいたいが、目の前で顔を逸らし、口元を片手で隠しながら笑っているダイゴについ見惚れてしまう。

彼はこんな風に笑うこともあるのだ、と。




「ふふ。…じゃぁ、僕も1つ、君にお願いがあるんだけど…」


「お、お願いですか?」


一通り落ち着いたのか、こちらに向き直してお願いがあると言うダイゴに、シアナは何だろうと首を傾げる。

この地方のチャンピオンの彼なら、きっと先程のバシャーモのことを教えて欲しいとか、そんな所だろうか?…と言っても本当に全く身に覚えがないのだけれど。



「その敬語、僕にはやめて欲しいなって。」


「へ?敬語…ですか?」


「そう、その敬語。」



自分の想像と全く違うお願いをダイゴからされたシアナは思わず聞き返してしまうが、その返答はやはり先程と同じもの。

確かにダイゴには敬語を使っているが、シアナの場合殆どの人には敬語で話している。
敬語を外しているのは幼い頃から一緒にいる親友のアスナくらいなのだから。




「だって仲良しのアスナには敬語は使ってないでしょう?」


「うーん…そうですけど、でもいいんですか?」




シアナがもう一度聞くと、少し不満そうに敬語は嫌だとまで言われてしまった。
ダイゴも元々シアナが殆どの人に敬語で話しているのは知っているが、自然に話せるのなら自分にもそうして欲しいと言う。



「ダイゴさんがいいなら、そうしま……じゃなくて、えっと…そうする!」


「よし。なら後は慣れてきたらでいいけど、僕のことも呼び捨てで呼んでくれると嬉しいな?」


「ひゃ!?」



そう言われたと思った次の瞬間、額に柔らかい物が当たったと同時に聞こえたリップ音で額にキスされたことに驚いたシアナがダイゴを見ると、あの夕日の時の様にからかっている表情と目が合った。




「可愛すぎるシアナが悪い。」


「も、もう…!恥ずかしい…っ!!」



そんな余裕そうなダイゴの表情と行動に、ちょっと仕返ししたいな、なんてシアナが思っていると助け舟を出したかのようにお父さんが目を覚ましたとポケモンセンターの窓から顔を出したミクリの声がかかった。

ダイゴも一緒に行くかと思ったが、彼は少し落ち着いてから行くとの事。
それならばとシアナはスッと腰を上げた。



「ゆっくりお父さんと話をしておいで?」


「うん!そうするね。」







ちゅっ。








「……へ?」





頬に何か当たったとダイゴが気づいた時にはもう目の前には誰もいなく、遠くから「さっきのお返しー!」との声が聞こえた。
それに気づいた途端、ダイゴはみるみる赤くなっていく顔と、ニヤけてしまう口元を隠そうと片手で覆う。
これではいつシアナの父親にきちんと挨拶が出来るか分かったものではない。

やられた…!と目を瞑り、湖の上に浮かぶ大木の幹に背を預けたダイゴは誰も見ていないのをいい事に、取り敢えず落ち着こうとバクバクと激しく暴れる心臓と格闘をし始めた。













「…ダーイーゴーさーーーん?」


「うわっ!?え、ユウキ君?!」



目を伏せて、落ち着つけ落ち着けと暴れる心臓と意中の彼女の綺麗な微笑みに襲われながらも格闘していてからどれくらいの時間が経ったのだろう。

不意に隣から声がかかったと思い振り返れば、そこには火山の灰などで服がボロボロの少年が立っていた。
怪我はしていないようで安心したが、彼が言うには何度声を掛けても反応がなかったらしい。



「ご、ごめん…!でも無事で何よりだよ。おかえりユウキくん。」


「ういっす!無事ゲットしてきました!」


「そう。ゲットおめで………え?」







(いやー伝説は伝説でもポケモンだし行けるかなと思ったら行けました!)


(…えーーーー……)




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