濡れた肩




スローモーションのように見えたその光景は、大切な人に落ちる巨大な岩。
とてもゆっくりに見えるのに、何故か体は全く言うことを聞かずに全く動かなかった。




「シアナ…ちゃん…?」




体が震えているのか、まだ地面が揺れているのか。
頭が真っ白で、真っ直ぐ前を見ることすら満足に出来ない。

自分は何をしている。

何故、ピクリとも動かない?






(…あ、良かった…、気がついたんですね!)



初めて出会った時の綺麗な空色の瞳も



(かわいい!かわいいです!)



好きなものを見た時のキラキラした笑顔も



(結局…わた、し…1人じゃ、何も、出来な…っ)



体を震わせて泣きじゃくる姿も



(だって、嬉しそうな顔してますよ?)



楽しそうに笑ってからかってくる表情も





もう、見れない…?

嘘だ。
まだ君に伝えなきゃならない事があるのに。
全部終わったら伝えるって、約束したのに。





「シアナ…ちゃん…?シアナ…っシアナーーーっ!!!」


「っよせ!ダイゴ!まだ揺れがある!」


「離せっ!!シアナ…シアナが!!!」



岩の下にいるだろう想い人へと駆け出そうとしたダイゴは隣に居たミクリに咄嗟に両腕を捕まれた。

そんなミクリの静止に抵抗しようと藻掻くが、まだ続く激しい地震の中、いつまた岩が落ちてくるかも分からない状態でダイゴを行かせる訳にはいかないとミクリも必死にそれを止めようとする。





「離せ…って、言ってるだろっ!!」


「っ…しま…!ダイゴっ!!」



この揺れはいつまで続くのだとミクリが一瞬気を許した隙に、ダイゴは彼の両腕から抜け出した。

そのままミクリの言葉の静止をも無視して、ダイゴがシアナの元へと慌てて駆け出そうと足を踏み出したその時、突然眩しい光がルネシティ全体を覆う。




「この、光…っ?!」


「っ……?!ダイゴ…あれを見ろ!!」



あまりの眩しさに目を覆ったダイゴは、その後ろで微かに何かを確認したらしいミクリが指差す方向を見て思わずぽかん、と口を開ける。


そこには、いつの間にか落ちてきた巨大な岩を粉々に破壊したある1体のポケモンが光の中で静かに佇んでいたから。






「……君……は……?!」





両脇に、シアナとその父親を抱えているその存在は。

いや、そのポケモンは…







「バシャー…モ…?」


「メガシンカ…したのか…?」





驚いている全員を他所に、こちらへとゆっくり歩いてくる、メガシンカしたらしい姿のそのポケモン。

それは、シアナにとって唯一無二の存在。
どんな時も傍に居て、どんな時も味方でいてくれた。



シアナの大好きな、バシャーモ。





「………。」






しっかりとした足取りでこちらに向かってくるバシャーモの脇に抱えられたシアナの無事な姿を見てハッとしたダイゴはその後慌てて駆け寄り、バシャーモからそっと渡されたシアナを受け取ると優しく、強く抱き締めた。




「シアナ!シアナ…っ?」


「ん…?あれ…?」



自分の問い掛けに、ゆっくりと開かれた大好きな空色の瞳を見た瞬間、安心と共に今までの緊張感が解けたダイゴは何も言わず、ただひたすらにシアナを抱き締めている腕の力を込めた。




「シアナ!あぁ…!良かった…シアナ…っ!」


「…え?ダイゴさん…?あれ?…え?」


「……。」


「…え。バシャー…モ?なの?」




目覚めた瞬間、何故かダイゴに抱き締められている事に驚きつつも、隣で静かに立っている自分のパートナーを見たシアナはいつもと違うその姿にやっと気づいて思わず自分のパートナーなのかと質問してしまう。
その質問にただ黙って頷くだけのバシャーモは足に黒い模様が入り、頭も何処かパッチールのように上へと上がっている。





「はぁ、シアナちゃん…無事で良かった…!」


「ミクリさん、えっと…私、何が何だか分からなくて…!」



走り寄ってきたミクリに、あたふたしながらも何とか状況を聞き出そうとしているシアナを他所に、ダイゴは全く動く気配もシアナを離す気配もない。


バシャーモからシアナを受け取って抱き締めてからずっとその華奢な肩に顔を埋めているせいで表情は分からないが、ミクリは彼の気持ちを考えると無理もない事だとダイゴに声を掛けることはしなかった。






「それは私が説明するよ。…誰か、博士を安全な所へ運んでくれないか?」


「え?!お父さん!?」


「俺に任しときな。」



ミクリの言葉で、やっと自分の父が気絶していることに気づいたシアナが一気に顔を青くするが、軽々と父を担いでポケモンセンターへ運んでくれると言うアオギリが心配ないと促してくれたためお礼を言ってミクリの話を聞くことにした。


















「…という訳なんだが…はぁ、いつまで君はシアナちゃんにくっついているんだい?」


「っ…うるさいよ。」




ミクリが今までのことをシアナに説明してくれている間もずっと彼女から離れないダイゴはその問いに低い声で答えた。
どうやら相当精神的ダメージを受けたらしい。




「はぁ…仕方ない。…ところでシアナちゃん、君はいつの間にバシャーモをメガ進化させられるようになったんだい?」


「いえ、それが…全く身に覚えがないんですよね…うーん…でもその話は取り敢えず…」



彼を落ち着かせてからでも大丈夫ですかね?

そう、自分の肩に顔を埋めているダイゴを見て困ったように笑うシアナの言葉に、ミクリは笑いながら仕方ないと頷き、ポケモンセンターで待っているよといつの間にかメガ進化が解けたバシャーモを連れて行ってしまった。


もう小さく続いていた地震も落ち着き、バシャーモも周りに崖がない安全な所へと連れてきてくれたため危険はなさそうだ。






「…ふう。ダイゴさーん?もう、誰もいなくなりましたよー?」




シアナがダイゴの背中を優しく何度か叩くと、ダイゴは申し訳なさそうにゆっくりと顔を上げる。





「…はぁ…ごめん。シアナちゃん…」




シアナの肩が濡れているのは、2人だけの秘密。





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