会いたかった存在
「お父さんは、何処にいるんですか…!」
震える唇を無理矢理こじ開けて、やっと言えた言葉。
それはずっと聞きたかったことで、でも同時に凄く怖かったことでもあって。
もしお父さんに何かあったとか言われたらこれからどうしようとか、悪い考えばかり浮かんでた。
「博士…いや、君のお父さんは…」
しんと静まる沈黙の中、マツブサはゆっくりと顔をあげる。
しかしその顔は、どこか穏やかなような、それでいて不安そうな、寧ろどちらも混ざったような表情だった。
そんなマツブサがまた口を開こうとした時、シアナはこれから分かるだろう真実が怖くなり、思わずギュッと瞳を閉じる。
「我々の、潜水艦の中にいる。」
「…え…?」
そう言ったマツブサが振り返る先には、ルネシティの大きな湖に浮かぶバクーダを模したマグマ団の潜水艦があった。
天井のドアがゆっくりと開き、中から出てきたのは紛れも無いシアナの父。
「お父、さ…?」
「…シアナ…?シアナ、なのか…?!」
ろくに整えていなかったのだろう無精髭に、ボサボサの髪の毛。
ヨレヨレの白衣に曲がったネクタイ。
昔よりも少し痩せたのか健康的には見えないものの、自分を一目見ただけで名前を呼んでくれた父の優しい声は昔からちっとも変わっていない。
「お父、さん…っ!お父さんっ!!」
「シアナっ!」
シアナが走って飛びつけば、よろけはするものの、しっかりと抱きしめてくれる父。
少し焦げくさいのはマグマの研究が大好きな父の証拠。
ヨレヨレの白衣も、曲がったネクタイも。
小さな頃から自分がやってあげなければいけなかった不器用な父の証拠。
「あぁ…!シアナ!大きく…なったな…!」
「お父さん…っ!お父さぁんっ!」
大きくなった筈なのに、自分がマグマ団の元へ行ってから全く時が経っていないのではないかと思わせる程泣きじゃくる娘の存在をシアナの父は確かめるように何度も震える声で名前を呼んで、同じく震える腕で強く、強く抱き締める。
ごめんな、ごめん。
そう、涙を流しながら謝る父に、シアナは何度も首を横に振りながらも無事で良かったと、会いたかったと嗚咽混じりの声をあげる。
「良かった…本当に…っ!」
「素晴らしい…!なんて美しい光景なんだ!あぁ…グロリアスッ!」
お互い泣きながら抱き締め合う親子。
それを少し離れた位置で見つめるダイゴとミクリはまるで自分のことのように歓喜している。
良かった、本当に。
これからはもう、寂しくないね。
やっと、会えたね。
心の中でシアナへとその気持ちを贈ったダイゴは優しい眼差しを未だ目の前で泣き崩れている親子に向ける。
「みなさーーーーんっ!!」
そんな中、勢いよくオオスバメに乗ってきたユウキが声を張り上げてルネシティの中心へと舞い降りる。
そのままオオスバメをボールに戻し、急いでダイゴ達の隣へ駆け寄ると身長差の為にきょとんとしているダイゴを見上げながら不貞腐れたような表情を向ける。
「ダイゴさん!速すぎですよ!俺を置いていかなくてもいいじゃないですかっ!」
「え?…あ。ご、ごめんユウキくん…!」
ユウキに文句を言われたダイゴはやっと理解したのか慌てて自分を見上げているユウキに謝罪をする。
シアナの父の無事を確認した瞬間、あまりの嬉しさに思わず何も言わずにユウキを置いてエアームドに乗ってここまで来てしまったのだ。
すっかり抜け落ちていたよと苦笑いをするダイゴに呆れながらも10年振りの再会で未だ涙が溢れている親子を見たユウキはその瞬間パァ…!と笑顔を咲かせてシアナに声を掛ける。
「良かった!シアナさん!ちゃんと親父さんに会えたんですね!」
「ん…っ!ありが、とう…!皆さんのお陰です…っ!私1人じゃ、きっとお父さんに会えなかった…!」
「私からも、本当にありがとう…!シアナを支えてくれて、会わせてくれて…なんと礼を言ったらいいのか…っ!」
「いや、僕には君のその笑顔が一番のお礼だよ、シアナちゃん。博士も、無事で良かった…。」
「ダイゴさん…!」
お互い微笑みながらやり取りをする2人を見た父は一瞬きょとんとしたものの、すぐに何かを察したのか優しく微笑む。
その父の様子が、まるで何かを再確認したような表情だったのに気づいたのは、どうやらダイゴの隣に居るミクリだけのようだ。
(今まで、テレビでしかこの子を見れなかったが……やはりそうか…彼は、あの時の…)
そう父が娘の成長を感じながら何かを考えていると、今まで黙って見守っていたユウキが突然自分の頬をパンッ!と勢い良く叩く。
「さて!俺にはまだやる事があるんで!ほら、そこの俯いてるおじさーん!」
そうユウキが声をかける方向には罰の悪そうな雰囲気で俯いていたマツブサが立っていた。
何も言葉が見つからないと後悔と懺悔を頭の中で繰り返していたマツブサは突然の事に驚きつつも何とか反応を返す。
「な…なんだね?」
「マグマスーツ…でしたっけ?あれ貸して下さい!」
「!ユウキくん…やっぱり、君…」
ユウキのお願いに、やはりとダイゴが不安そうにユウキに声を掛けるが、ユウキはそんなダイゴに対して真剣な顔で大きく頷いただけだった。
任せてください。そう言いたいのだろうことはその表情で伝わってくる。
「き、君!まだ子供だろう?!まだまだこれから沢山のことが君を待っている!こんな危険なことに首を突っ込むのは…!」
「そ、そうだ!それにこの事件を引き起こしたのは元はと言えば私だ!ならば…!」
シアナの父とマツブサも、これからユウキが何をしようとしているのかが分かったのだろう。
慌てて自分達にの責任だからと必死に止めようと声を張り上げるが、その静止は意外にもダイゴによって止められてしまった。
「いや…ユウキくん、任せたよ。」
「え、ダイゴさん!?」
ダイゴの言葉にシアナも驚き止めようと彼を見たが、それは止められなかった。
それは彼が、とても真剣な顔をしていたから。
「ユウキくん、君は不思議な子だよ。君に任せれば、きっと上手くいく。そんな気がするんだ。」
「へへ。ほらー、チャンピオンのダイゴさんがこう言ってるんですから俺に任せて下さいよ!絶対なんとかしてやりますから!」
「ははは、情けないね…トレーナーになったばかりの君に、こんな危険なことを任せるだなんて。…でも、君の成長を見てきた僕だからこそ、これは君にしか出来ないことだと思うんだ。」
情けないと思ってもいい、最低だと言っていくれても構わない。
でも僕は、これは君にしか解決出来ないと思う。
そう、ユウキのまだ成長期の肩をポンと叩いて言うダイゴに周りにいた全員はついに押し黙った。
そんな沈黙の中、意を決したらしいシアナの父は潜水艦から何か大きなケースを持って来たかと思うと、それをユウキの前で頑丈なロックを解除して見せる。
「…君、ユウキくんと言ったね?」
「うわ、すげぇ……ん?あ、はいっ!」
「これが、私が10年以上かけて作り上げたマグマスーツだ。これならマグマの中でも耐えられる筈だ。ただ、これでもあまり長くは持たないかもしれない」
たった1人の大切な娘とまた会えたのもこの少年の協力あってこそ。
なのにこんな危ないことを任せるのは正直情けないが、シアナの父は自分の娘が選んだダイゴの言葉を信じてみようと決心したようだった。
頼んだよ…と、父はユウキにシアナへの愛情を犠牲にして必死に作り上げたマグマスーツを手渡す。
「任せれました!んじゃ、行ってきますっ!」
少年は、満面の笑顔でグラードンがいるだろう洞窟へと勢い良く走っていく。
その光景を誰もが心配そうに見守る中、重苦しく開いた洞窟への扉はユウキを招き入れるとゆっくりと閉まっていった。
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