潜水艦からの声
「ユウキくん!無事かい?!」
「あ、ダイゴさん!」
悔しそうな顔をしたユウキと、地に膝を着いて唖然としているマツブサを海の真ん中で見つけたダイゴは急いでエアームドの背中から降りる。
そのまま未だ唖然としているマツブサを通り過ぎざまに一睨みしたダイゴがユウキに状況提供を求めると、ユウキはぎゅっと拳を握りしめて止められなかったのだと答えた。
「すいません…っ!」
「…いや、君が謝る事じゃない。…まぁ、原因がある人物が謝った所でこれはもうどうにかなる物でも無さそうだけどね。」
「っ……」
俯いているマツブサを横目に、悔しそうにしているユウキの肩に手を置いたダイゴが冷たく言い放てば、マツブサは唇を噛み締めるものの、何も言い返しては来なかった。
やっと、やっと自分がどれだけ無茶な事をしようとして、そして取り返しの付かないことをしてしまったのかに気づいたのだろう。
「……僕はこの地方のチャンピオンとして、今ここに居るだけじゃない。」
「……。」
「…貴方は僕の大切な人に、許せない程の傷を負わせたんだ。」
「…それは…」
「陸を広げる?人類の為?綺麗事を並べておいて。やっている事はあまりに非道で外道だっ!彼女が…彼女が貴方のそのエゴにどれだけの傷を負わされたか!どれだけの寂しさを感じたか!」
「っ…すまなかった…」
初めは拳を握りしめて怒りを抑えながら話していたダイゴも、話している内に感情の方が勝ってしまったのだろう。
いつもの冷静な態度に似合わずに声を荒げるダイゴに驚いたユウキはそんな彼を黙って見ていることしか出来なかった。
「すまなかったなんて簡単な言葉で片付けられるなんて思わ…」
「……君…は……?!」
「………え…?」
すまなかった。
そう、ただ一言だけ呟いたマツブサにとうとう拳を握り締めるだけでは治まらなくなったダイゴが乱暴に彼の腕を掴んで引き上げようとした時。
海からガコン、という音と共に開けられたマグマ団の潜水艦の入り口から発せられた声を聞いた3人はその方向へと顔を向けた。
その頃、ジョーイさんに話をつけてから男の子をベッドに寝かせたシアナは、グレイシアに手伝ってもらって首、脇、額、膝裏などを氷で冷やしていた。
次は水分補給をしなくてはとジョーイさんから水を貰って男の子を寝かせている部屋へ戻ろうとした時、慌ててこちらに走ってくる男性に話しかけられる。
「あの!私の息子が倒れていたと聞いて!」
「あの子のお父様ですか?!今ベッドで横になっていますから、すぐに顔を見せてあげて下さい!」
「え、シアナさん?!…あ。は、はい!ありがとうございます!」
「あ、あとこの水、飲ませてあげて下さい!」
「あぁ…何から何まで!本当にありがとうございます!」
シアナにお礼を言った父親は息子を助けてくれたのがコンテストで有名なシアナだと気づいて驚いたものの、直ぐに急いで男の子が寝ている部屋へと走って行った。
その様子を見送ったシアナはこれであの子はもう大丈夫だろう、と静かに息を吐いて安心したように微笑むと小さな声で口を開く。
「お父さん、か。」
「グレイ…」
「ん、大丈夫!ごめんねグレイシア、外は暑いからボールに戻って休んでて?」
そんな自分を心配そうに見上げるグレイシアを見て、いけないいけないと首を横に振ったシアナは安心させるようにグレイシアの頭をそっと撫でるとお礼を言ってボールへと戻す。
そうだ、寂しがる暇があるなら、出来ることをやらなくては。
もう自分は何があっても大丈夫、だって…1人では無いのだから。
大切なポケモンや大切な人達が側にいてくれるから、どんな事があっても自分は頑張れる。
「シアナちゃん!街の人達は残らず無事に家や建物に避難したようだからもう安心してくれ!」
「ミクリさん!そうですか…良かった!」
「あぁ!アスナからも連絡があって、もうすぐこちらに向かうそうだよ。」
「ならフエンタウンも大丈夫そうですね!」
「あぁ。後は…この異常気象を何とかしなければな…」
ポケモンセンターのエントランスで合流した2人が、取り敢えず後はダイゴとユウキからの連絡を待とうと話して目覚めの祠まで来た後、タイミング良くダイゴがエアームドに乗って帰ってきた。
「あ!ダイゴさん、良かった!こっちはもう大丈…」
「シアナちゃん…っ!」
エアームドに降りた途端、ダイゴはシアナの言葉を最後まで聞かずに勢い良くその体を抱き締める。
そんなダイゴの行動に最初は驚いたシアナだったが、その何故か安心したような雰囲気を感じ、ただ黙ってダイゴに体を預けると頬を染めながら思わず目を伏せた。
それを見たミクリも何かを感じ微笑むが、聞こえてくる足音の先を見た瞬間、一気に眉間に皺を寄せる。
「君は…シアナさんかね?」
「え…?」
背後から聞こえてきたその声にシアナはダイゴから離れて恐る恐る振り返る。
これは、この声は、今まで一度も自分が忘れたことのない声。
「マツ、ブサ…っ!?」
目を見開いてそう言い放ったシアナの目の前には自分から父を連れて行ってしまった張本人がいた。
ずっと探していたが、それがいざ目の前に現れたとなると恐怖なのか怒りなのか、訳の分からない気持ちがモヤモヤとシアナの全身に広がっていく。
「っ…私の…お父さんは…!」
「すまなかった…!」
「…え…?」
開かない口を無理矢理開けて、必死に出したシアナの言葉は、マツブサの行動と言葉によってかき消される。
今、目の前にいるこの男は自分に向かって土下座をしているのだから。
「な、何を…!」
「自分がしようとした事が、どれだけ無謀で非道だったのか、今更思い知らされた…!」
「……。」
「言い訳になるが私は、全くと言っていい程、周りが見えていなかった!君にもどれだけ辛い思いをさせたか…!」
シアナは目の前で自分に土下座をし、謝罪をするマツブサを見ながら、何も言えずに隣にいるダイゴの服の袖をぎゅっと握る。
…違う。
自分はこの人から言い訳を聞きたい訳でも、謝罪を聞きたい訳でもない。
聞きたいことは、ただ一つ。
「お父さん…私のお父さんは、何処にいるんですか…!?」
お願いだから、無事でいて。
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