約束




「エルフーン起きて!出掛けるよ!」


「エルー…?」



シアナはダイゴの家に帰るとすぐ寝ていたエルフーンを起こした。
気持ちよく寝ていたらしいが、今は一大事なのだ。幼いエルフーンには申し訳ないが仕方がない。

それにもしかしたらマグマ団と戦闘になるかも知れない…バトルが苦手なシアナにとってそれはとても怖いことだった。
あの時の傷ついたエルフーンを思い出すと今でも胸が苦しくなる。



「あのねエルフーン、もしかしたらまた痛い思いをしてしまうかも知れないの。なるべくはバシャーモとハッサムにお願いするけど、そうも言ってられない時があるかもしれない。…それでも、私と一緒に来てくれる?」


「…エルッ!」


「…そっか。ありがとう、エルフーン。」



シアナの質問に、すぐ笑顔で答えたエルフーンは自分なら大丈夫だと胸元の綿毛をポン!と得意気に叩く。
この子が産まれた時からずっと一緒にいたが、知らない内に強くて良い子に育ったと我ながら思ったシアナはそんなエルフーンをまるで我が子を見つめる母親のような表情をする。

だがもし戦闘になった場合、やはりバトルは素質のあるバシャーモかハッサムになるべくお願いしようとも思っている。
まだ幼いエルフーンに怖い思いはなるべくさせたくは無い。

そんなことを考えながらシアナが身支度をしていると慌てた様子でドアが開き、リビングまでダイゴとユウキが入ってきた。



「シアナちゃん、準備は出来た?」


「はい、大丈夫です。」


「良かった。…あ、紹介するね、この男の子がユウキくんだよ。」


「うわ…!本当にシアナさんだ…!!」


「ん?」


「…あ、すいません!ユウキです!よろしくお願いします!」



そうしてダイゴに紹介されたユウキは思わず何やら考えていたらしい事を呟くものの、その後直ぐにシアナに向かって眩しい笑顔で挨拶をする。

まだ幼いが、とても力強い瞳をしている彼はこの旅できっと色々な事を学んで来たのだろう。
ダイゴが気にかける理由が少し分かった気がしたシアナはそんなユウキに笑いかける。



「はじめまして、シアナです。…ごめんね、こんなことに巻き込んで…」


「お話しはダイゴさんから伺ってます、別にシアナさんのせいじゃないですよ!」



悪いのはマグマ団達ですから!と強めの口調で言うユウキをダイゴがまぁまぁと宥めて椅子に座らせる。
どうやら彼はシアナの話を聞いてマグマ団に対してかなり怒りを感じているようだ。

初対面だと言うのに、そんな自分の話を聞いてここまで怒ってくれるだなんて。
この子は強くて優しく、まさに自分がなりたい人間像だな、とシアナは思った。



「さてユウキくん、早速本題だけど…君はまだ幼い、出来れば巻き込みたくは無かったけど、僕達にはどうしても君の協力が必要なんだ」


「俺で良ければ何でも協力しますよ!」


「…そっか。…悪いね…君には安全に楽しく旅をして、色んなものを見て成長して欲しかったんだけど、どうやらそうも言ってられないみたいなんだ。」



そしてダイゴはシアナとユウキに先程の光の柱の説明を始めた。
あの光は長い間眠っていた古代のポケモン、グラードンが目覚める時のものらしい。

ダイゴの予想だと恐らくマグマ団はこのホウエンの広い海のどこかにある海底洞窟を見つけ、送り火山で奪った紅色の玉でグラードンを目覚めさせる準備にかかったのだろうとのことだった。



「なら、その海底洞窟は光の柱が現れた場所にある、ってことですか?」


「恐らくね…そこで、君にこれを託す。」


「…これは、ダイビングの秘伝マシン?え、いいんですか?こんな貴重な物…」


「君にはそれで海底洞窟に行ってもらいたいんだ。もし間に合えば止めることも出来るだろうし、それを考えれば安い物だよ。…僕達もやる事が終わったらすぐ追いかける。頼んだよ、ユウキくん」



ダイゴと話を聞いていたシアナが頭を下げると、ユウキは任せてください!と勢いよく家を飛び出して行った。
外で「サメハダー!ダイビング覚えるぞ!」とやる気満々のユウキの声が聞こえてきて、シアナは再度何故ダイゴが彼を気にかけているのかを再確認した。

本当に彼は色々な意味で強い子なんだと。




「ダイゴさん、私達は…?」


「僕達はミクリの所に行こう。ルネには目覚めの祠がある。グラードンは目覚めたらまず力を溜めにそこに向かう筈だからね。」



ダイゴの話によると、その目覚めの祠の扉を開けられるのはルネの民と呼ばれるものだけだそうだ。
なのでまずはルネの民であるミクリに話を通さないといけないらしい。



「分かりました。それでミクリさんの所に行くんですね」


「…ねぇシアナちゃん、これはお願いなんだけど…」


「はい…?」


「出来るなら僕は、君に来て欲しくはない。」



急にダイゴからそんなことを言われるとは思って無かったシアナは驚いて、すぐにダイゴの顔を見たが、その表情を見れば彼の考えてることがすぐに分かった。



「…ありがとうございます、ダイゴさん。私のこと、心配してくれてるんですよね?」


「シアナちゃん…」



もしかしたら戦闘になるかもしれない、それに考えたくはないがシアナの父親にもしものことがあった場合、残酷な真実を知るくらいならとダイゴは考えたのだろう。
来て欲しくないと言った時のダイゴは不安で押し潰されそうな顔をしていた為にシアナはその事にすぐに気づいた。

一体この人はどこまで優しい人なんだろう。




「でも、それでも私は行きたいです。いえ、駄目と言われても行きますから」


「…辛いことがあるかも知れないよ?」


「ふふ。私にはこの子達が居てくれるので大丈夫ですよ。だからダイゴさん、一緒に連れて行ってください。」



お願いします。
そうはっきりと言ったシアナをダイゴは思わず力強く抱き締めた。
そうだ、この子はこういう時、とても頑固なことを忘れていた。自分が言っても聞かないなんて、最初から分かっていたことだ。



「へ?あの、ダイゴさん…?」


「約束して。ポケモン達もそうだけど、辛い時は僕に頼って。」


「…いいんですか?」


「僕が頼って欲しいんだ。…分かったかい?」



ダイゴのその言葉に静かにコクンと頷くシアナの頭をそれなら良いと優しく撫でたダイゴは家の外に出ると自分のボールからエアームドを呼び出す。



「さ、シアナちゃん。」


「…はい!」



シアナは先にエアームドの背に乗ったダイゴから差し出された手を取り、同じくエアームドの背中に乗ると、ぎゅっと控えめに目の前に居るダイゴの服の裾を掴む。

大丈夫、もし、もし現実から逃げたくなるような真実が待っていたとしても。

自分は1人ではない、ポケモン達も、アスナも、友人のミクリも、そして…




「エアームド、ルネまで頼んだよ!」


「お願いね、エアームド。」


「エアッ!」



裾を握った自分の手を、安心させるように上からそっと包んでくれる想い人が居てくれる。



ダイゴの指示と共に、エアームドは素早くその鋼のような羽根を広げるとルネシティに向かって夜空を飛び立った。





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