縮まる距離





薄暗い浜辺から聞こえるのは、波の音とお互いの心臓の音。
ただ黙ってシアナを抱き締め続けているダイゴの表情は、腕の中にいる彼女からは見えない。




「その……正直に言うとダイゴさんのことで少し悩んでたんです……い、一緒に住んでるの、迷惑なんじゃないかなって……き、嫌われたらどうしようって…思って……」


「…………君は馬鹿だね。」


「え?…ば…馬鹿……?!」




今の言葉が聞き間違えでなければ、自分はあの優しいダイゴに馬鹿と言われたのだろう。
しかも、いつもの優しくて落ち着く声ではなく、少し低い声で言われたのだ。

その雰囲気に、やはり怒らせてしまったのかと怖くなったシアナは思わずギュッと目を瞑る。




「一緒に住もうって言ったのは僕だよ。それに、僕が君を嫌うことは一生ない。」


「っ…?一生って…私、ダイゴさんにそんな風に言ってもらえる程出来た人間じゃないですよ…?」


「…君は本当に、ミクリとアスナが言った通りの子だね。」



シアナの言葉に、ダイゴはぎゅっと抱き締める力を更に込めてそう言い放つ。
一体ミクリとアスナは彼に何を言ったのだろうか。

ミクリは分からないが、親友のアスナも言っていたということでシアナは嫌な予感しかしなかった。




「君は僕に対して何の心配もしなくていい。」


「?それって…」


「僕はシアナちゃんを守りたくて、今一緒にいるんだよ。君には…笑っていて欲しいから。」



自分を抱き締める力が緩くなって、ダイゴの優しい声が戻ってくる。
その様子にもう怒ってはいないのかとシアナが顔を見上げれば、そこには泣きそうなダイゴの顔。

そんな彼に驚いて、シアナは思わず目を見開く。
何故、そんなに辛そうな顔をしているの…?





「それに、僕も不安だったんだ。もしかしたら、無理矢理連れてきてしまったんじゃないかって」


「無理矢理……って……」




そう言ったダイゴの顔は本当に辛そうで、それでいて凄く不安そうだ。


違う。そんなことはない。
ダイゴと暮らしてからのシアナは前よりも自分を好きになることが出来て、少しずつだが前を向いて歩くことが出来ている。
無理矢理だなんて思ったことは一度もない。




「ごめんなさい…そんな顔させるつもりはなかったのに…!」


「シアナちゃん…?」


「…わ、私もダイゴさんには笑っていて欲しいんです。…ダイゴさんの笑顔を見ると、私も嬉しくなるから…っそれに私はダイゴさんと暮らしてから、前よりも自分が好きになれたんです!だから…だからそんなこと、言わないで下さい…っ!」



伝えなければと、その一心でシアナはただ口を動かした。
恥ずかしさのあまり、熱で真っ赤になった顔を下に向いてしまっているせいでダイゴの表情は分からない。

一体どんな顔をしているのだろう。
呆れているのだろうか、それとも重いと思われてしまったのかもしれない。





「……全くもう…」





やはり呆れたような声だ。
それでも、その言葉には彼の優しさが混じっている。

シアナがそう思った瞬間、自分の額に感じる柔らかさと聞こえたリップ音にまたシアナの思考は停止する。
今、彼は自分に何をしたのだろうか。





「…?…え?」


「…ごめん、つい…」


「………っ!???」




ダイゴの言葉と表情で、シアナが自分が何をされたか理解した途端、さっきとは比べ物にならない程顔が熱くなる。
というよりも苦しい、まるで息が出来ない。
だってそうだろう。想いを寄せている相手が自分の額にキスをしたのだから。






「あ、あの、え?!」


「…その……うん。何が言いたいかって言うと、僕はいつでも君の味方だってことだよ。」


「…ダイゴ…さん…」


「だから一緒に君のお父さんを探そう。…それで全て終わったら、君に言いたいことがある。大丈夫、悪いことじゃないよ。」




悪いことじゃないというのは一体どんなことだろう?
頭が混乱している為に上手く考えられないが、悪いことじゃないのなら、心配する必要はないのだろう。
でもそれよりも今は、先程の彼の言葉が何より嬉しい。
その言葉に少し、期待してしまうのは、ずるいことだろうか。






「まずは先にやらなきゃいけないことがあるからね。全部終わらせてスッキリしたら、僕の話を聞いてくれる?」


「は、はい…っ!」


「よし。もう大丈夫だね?僕に対して、今後一切変な心配なんかしないね?」


「し、しませんっ!」



ダイゴはシアナの顔を覗き込むと、まるで言い聞かせるように問いかける。
そんなダイゴにシアナは顔が近いことに慌てながら思わず返事をしてしまう。

その返事に安心したのか、いつもの優しい笑顔になったダイゴに釣られたシアナも自然と笑顔になる。

自分はやはりこの人が好きなのだ。
いや、これは好きではなくその上をいく。






「それで、ポケモン達は何だったんだい?」


「あ。それは、皆で私を励ましてくれたんです。それで嬉しくて思わず泣いちゃって…」


「そっか。君はポケモン達に愛されてるんだね。…あ、そうだ!」



ポケモンという単語に何かを思い出したらしいダイゴはスーツの内ポケットから綺麗に畳まれた紙をシアナに渡す。
渡されたシアナが首を傾げながらそれを読むと、どうやら新人限定のコンテストの広告のようだった。




「偶には新人のコンテストを見るのもシアナちゃんにとって刺激になるじゃないかと思ってね。それで…良かったらその…僕も一緒に、と思って…」


「確かに新鮮かもしれませんね!…あ、でも良いんですか?ダイゴさん、コンテストに興味は…」



シアナがそう聞くと、ダイゴは微笑みながらチラシの一番下を指差す。
そこにはマスターランクの人を1人募集中とのこと。
どうやらこれはトーナメント式の大会で、勝ち残った選手がマスタークラスの選手に挑戦出来るという物のようだ。



「もしかして、これに私が参加して欲しいってことですか?」


「うん。君のコンテストバトルが見れたら嬉しいなって思ってね。…駄目かい?」


「い、いえ!私でいいなら!…やらせてもらえるか、後で連絡してみます!」



ダイゴに誘われたのも嬉しかったが、シアナからすれば何よりコンテストにあまり興味のないダイゴが一緒に見に行こうと言ってくれたことが嬉しかったのだ。
早速後で運営に連絡をしてみようとシアナは嬉しそうに微笑む。




「よし。デートのお誘いも成功したことだし、家に帰ろうか?」


「で、デート?!」


「ふふ。赤くなっちゃって」


「え、も、もしかしてダイゴさんからかってます?!」


「さぁね?」



初めて見た少し意地悪なダイゴに呆気に取られてしまったシアナだが、いつの間にか自然に彼から手を繋がれたことに更に驚きつつも引っ張られるように歩き出す。

一緒に浜辺を歩いて、しかも手を繋いで。
そんな光景に一気に距離が縮まった気がして。
シアナは嬉しくてニヤけそうになるの口元を必死に堪える。




「あ、そうだシアナちゃん、さっきこの街のジムリーダーの子達から連絡があって、ユウキくんにバッジを渡したそうだよ。」



ダイゴが言うには、そのユウキとは以前シアナが海で見たサメハダーに乗った男の子のことらしい。
バッジもこの街のジムで7つ目だそうで、残すはミクリのレインバッジのみだそう。

彼はコンテストもバトルも、どちらもかなりの腕前だ。
バトルが苦手なシアナからすれば物凄く器用な人だとも思う。
そんな彼の事だ、簡単には勝てない筈。
しかしダイゴはユウキは絶対に自分のところまで来ると確信しているようだった。




「ダイゴさん、もしかして楽しみなんですか?」


「え?」


「だって、嬉しそうな顔してますよ?」




先程のお返しとばかりにシアナが少し悪戯っぽく笑ってみると、その後軽く額にデコピンをされる。
ダイゴさんって以外と子供っぽいとこもあるんだなと思ったシアナが彼を見上げるが、どういうことだか自分と反対方向の海を見つめたままこちらを一向に見ようとしない。

今のは不意打ちだろうと顔を真っ赤に染めているダイゴのことを、ただ首を傾げるシアナが気づくことはない。





「…なんだ?」


「え、地震…っ?」



何でこちらを向かないのかと未だ考えていたシアナだが、急に激しく大地が揺れ始めたことで咄嗟にダイゴの腕に掴まってしまう。
しかし彼はそれよりも早くシアナの両肩を支えてくれていたようで、そのお陰で何とかバランスをとることが出来た。

その後、鼓膜が破れるかと思うくらいの物凄い爆音と共に遠くの方で光の橋柱が上がったのを確認した2人はまさか、と目を見開く。




「まさか…こんな早く…っ!?」


「あの光ってもしかして…海底洞窟…?!」




マグマ団が追っているグラードンについて調べたこともあった為、あの光が何かはシアナでも理解が出来たようだ。

伝承によると、あの光はグラードンが目覚める時のものだ。
つまり、とうとうマツブサが海底洞窟に辿り着いてしまった可能性がかなり高い。

なら、自分の父は?
今何処で何をしているのか。無事でいてくれているのだろうか。




「っ…シアナちゃん、取り敢えず落ち着こう!僕はユウキくんに話を聞きに行く!」




だから君はいつでも出掛けられるように準備しておいてくれ!とダイゴは言い残してまだ近くに居るだろうユウキを探しにトクサネジムに向かって走って行った。



「っ!急がなくちゃ…っ!」



自分の父は大変なことに巻き込まれてる。
早くマグマ団を、マツブサを止めなければ。

バトルが上手く出来ない自分に一体何が出来るかは正直分からないが、それでも今は出来ることをしなければならない。




「待っててお父さん、必ず助けるからね…っ!」




消えていく海の上の光の柱を見て、空色の瞳に力強い決心を灯したシアナは急いで家へと走って行った。






BACK
- ナノ -