あの時のこと




「そうか…ならそれらしい人は居なかったんだね?…分かった。あまり無茶はしないように。うん、ありがとう。助かったよ」



電話を切った途端はぁ、と深い溜め息を吐くダイゴ。
先程連絡していた相手はユウキという少年だ。

前に流星の滝で彼を見かけてから何か関係があるのだろうと推測したダイゴは彼を探し回り、こうして連絡を取るようになった。

そしてその推測通り、どうやら彼は旅の途中で何度かマグマ団に会っているようだった。
先程の電話もマグマ団のアジトを見つけた報告だったのだが、そこにシアナの父親は居なかったらしい。




「シアナちゃんのお父さん、一体どこにいるんだ…っ!」



ソファに崩れるように座り、ダイゴは悔しさで痛む額を片手で覆う。
こんなにも自分が嫌になったことは数少ない。
自分は彼女に何かしてあげられているのだろうか。
今までずっと、1人で寂しい思いをしてきただろうに。




「ただいま戻りまし…ダイゴさん?大丈夫ですか!?」


「…え、あ!シアナちゃん!おかえり!大丈夫、何でもないよ。」




自分を責めて苦しそうにしていた所に買い物が終わって帰ってきたシアナの声に驚いたものの、なんとか平然を装う。

その彼女の手にはジュンサーさんから渡されただろうマグマ団の資料があるのに気づいて、ダイゴは静かに息を吐く。

そうだ。辛いのは自分ではなく彼女なのだ。




「あ、そういえばさっき、海でサメハダーに乗った男の子を見たんですよ!」


「さ、サメハダー…ね。」


彼女が楽しそうに話すその人物はきっとユウキの事だろう。
もうこんなところまで来ていたのか。
彼は近いうち自分に挑戦しに来るだろうし、石の洞窟で初めて会った時のあの力強い瞳は今も忘れない。

しかしサメハダーとはなんとも…あのポケモンには少しばかり嫌な思い出がある。
まぁそのお陰で彼女に出会えたのだが。




「…あ。そういえば…シアナちゃん」


「何ですか?」


「いや、僕って砂浜に倒れていたんだよね?結構高い位置から落ちたはずだから、記憶が無いんだけど…」



どうやって助けてくれたの?そうダイゴが聞くと、シアナは面白いくらいに顔を真っ赤に染めてトサキントのように口をパクパクとし始めた。

一体何だろうか、この反応は。




「いや…その…ほら!あの…あれですよあれ!」


「?シアナちゃん?ど、どうしたの?え、僕そんなに困らせるような倒れ方でもしてたの?」


「いやいや!普通ですよ!普通!」


「そ、そう…?」



可笑しい、何故彼女はこんなにも顔を真っ赤に染めて狼狽えているのだろうか。
もしかして服が破れていた?いや、破れてなかった。なら何故そんなに恥ずかしがる必要があるのか。
というよりもまず、普通ってどんな倒れ方なのだろうか。倒れ方に普通も何もないだろう。

そんな考えを頭の中で巡らせていたダイゴは、ふとある1つの仮説に辿り着く。
いや、まさか…しかしどう考えてもと思いながらも取り敢えずとその質問を目の前のシアナに投げ付けた。




「あの…シアナちゃん、一つ聞きたいことが…」


「な、なんでしょうか?」


「普通、溺れて息をしてない人を助ける場合って…」


「…はい。」


「その…人工呼吸、とか…する…よね?」



その途端シアナはバーン!ガラガラと買い物カゴを物凄い音を立てて落とす。

いやいや、待て待て待て待て。
その反応は何だ。もしかして本当にそうなのか。





「…え、ええぇっ!?まさか、本当に…っ?!」


「あぁーっ!!あんなところに珍しい石がっ!」


「えっ!何処っ?!」



シアナの言葉につい条件反射でダイゴが目を離した隙にシアナはいつの間にかダイゴの横にいたグレイシアを抱き抱えて駆け足で海へと散歩に出掛けてしまった。




「…ハッ!しまった!嘘か!」




そんな少し…いや、かなり間抜けなダイゴがそれが嘘だと気づいた頃にはシアナはもう遠くの砂浜までグレイシアと走っていた所だった

なんて素早いのだろうか。
いつもはおっとりしている印象があったのだが。




「…人工呼吸…って…人工呼吸…だよな…?」



彼女のあの反応からして、人工呼吸をしてから自分を家まで運んだのは間違いなさそうだ。つまり…



「なんで気を失ってたんだ僕は…っ!…いや違う!そうじゃない!いや、そうなんだけどっ!!」



何て勿体無い事をしたんだ。
というよりも、まず自分は何て経験をしたんだと顔を真っ赤に染めて頭を抱えたダイゴが唸っていると、ベッドで昼寝をしていたらしいエルフーンがそんなダイゴの顔に張り付く。




「うぶっ?!」


「エル!エル!」


「っ…エルフーン…?どうし…っ?!コラ!」




ダイゴは突然の事に驚きつつもエルフーンを顔から剥がす。
するとそこにはチューっと口を尖らせてキスする真似をしているエルフーンの顔がどアップで視界に入ってくる。
どうやらこれは完全にからかわれているようだ。





「エル!」


「?なんだい、この紙…コンテスト大会?」



そんなエルフーンがいつの間にか持っていたらしいチラシを渡されたダイゴはそこに記載されている文字を読み上げる。
それは新人専用コンテスト大会参加者募集!と書かれている。



「誘ってみたらってこと…?」


「エルっ!」



成程。確かに彼女はコンテスト大好きだし、前にももっと世界中に広めたいと話していたのを聞いたことがある。
偶には新人達のパフォーマンスを見るのも新鮮かも知れない。



「良いアイディアをありがとうエルフーン!折角だから誘ってみるよ。」


「エル!」



するとエルフーンは満面の笑みでダイゴに向かって両手を差し出した。
その手はちょいちょいと可愛らしく動いている。
エルフーンのその行動に、何をして欲しいのかすぐに察したダイゴは呆れながらも返事を返した。




「あー…はいはい、お菓子ね。それが目当てか。」


「エルーっ!」



そう言うと、ダイゴは食器棚の中からシアナが家から持ってきたバニプッチ型のガラスケースを取り出し、中に入っているマカロンのような物をエルフーンに手渡した。

するとその場でペロっと食べてしまったエルフーンはとても満足気にカーペットの上でゴロンと寝転がる。
何だろうか、この腹立つような、でもやはり可愛らしいようなポケモンは。

これは確かに娘のように可愛がってしまうのも無理は無いのかもしれないと、ふと目の前で寝転がっているエルフーンの主人を思い出したダイゴはふぅ、と溜め息を付く。





「…シアナちゃんって…僕のこと、一体どう思っているのかな…」




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