偶然か必然か



「さぁ、エアームド、家に帰ろう。」


「エアッ!」


彼はツワブキダイゴ
有名な会社の御曹司でこのホウエン地方のチャンピオンだ。
先程まで長いこと石を掘りに洞窟に引き篭もっていた為に、きっと家には埃が溜まっているのではないかとつい嫌な事を考える。

それ程までに自分は洞窟に入り浸っていたのだ。
これは我ながら流石に酷いと思う。
今は取り敢えずといつも通りエアームドの背中に乗り、ムロタウンからトクサネシティへと向かっている最中だった。



「…ん?」



ふとダイゴがそんな考えを巡らせながら何気なくポケナビを確認すると、どうやら何件かメールが届いていたようだ。

ルネシティのジムリーダー、ミクリから1件
ホウエンリーグの四天王、カゲツから1件
…そして、父からのメールが7件

上記2人は良いとして、父のしつこいその内容はそろそろ孫の顔が見たい、お見合いはどうか?等の要件ばかりである。
実はダイゴ、仕事…というよりは完全に趣味の石集めのせいで多忙なこともあり、女っ気が全くと言って良い程ないのだ。

まぁ女っ気がないのは他にも理由があるのだが。





「はぁ…また見合いの話か…懲りないな親父も。」


確かに、流石に申し訳ないとは思うが…どうも自分に近づいてくる女性たちは皆揃ってどうやら世間一般から見て整っているらしい自分の容姿やその地位を気にするのだ。

それを嫌と言うほど体験してきた身としては、正直そんなに急がなくてもいいのではと思ってしまう。
寧ろ暫くは考えたく等ない。



「……?あれは……」



面倒だな…と眉間に皺を寄せてそんな事を考えていたダイゴだったが、何やら下から唸り声が聞こえてきたことに気づく。
下…と言ってもここは海の上の筈だ。
そうなると海に生息するポケモンだろうか?

ダイゴが下を確認すると、丁度自分とエアームドの下に2体のサメハダーが縄張り争いのような物をしている最中だった。
その様子に何だかとても嫌な予感がしたダイゴはエアームドに声を掛ける。




「エアームド、少し急いでく…」


「エアッ?!」


「う、わ!?」



するとこちらに気づいてしまったのか、サメハダー達は一斉にハイドロポンプをダイゴ達に向けて放つ。

空の上で考え事なんかするんじゃなかった!
そう後悔してももう遅く、容姿なく飛んでくる2つのハイドロポンプはもう自分達の目の前まで迫っている。

なんて息がピッタリなんだろうか。
縄張り争い等しないで仲良くすれば良いのではないか。
…という考えも今は要らないのだろうが。





「くそ…エアームド、なんとか避けてくれ!」



余計な考え事をしながらも、ダイゴは持ち前の反射神経でエアームドに指示を出す。

しかし、運が悪かったのだろう。
片方のサメハダーのハイドロポンプが見事にエアームドの目に直撃してしまったのだ。




「エア!エア!エアーッ!」


「くっ!落ち着け、エアームド!」



急に目に衝撃が走って驚くエアームドにダイゴは何とかしがみつき声を掛けるが、エアームドはそのまま暴れ続け、ついにダイゴはその手を離してしまう。




「っ?!うわぁぁぁっ!」


「…ッ!エアッ?!」



そんな主人の叫び声でやっと我に返ったエアームドは物凄い早さで海へと落ちていく主人を必死で追いかけた。























一方、こちらは同じくホウエン地方のとある孤島。
キラキラと太陽の光を浴びた海が綺麗な青色をしている中、浜辺を歩いている1体のポケモンと1人の女性がいる。



「いい天気だねーグレイシア」


「グレーイ!」


今日は天気が良く、散歩にでも行こうと氷タイプのポケモン、グレイシアと浜辺を散歩中であるこの整った容姿をしている彼女の名前はシアナという。
コンテスト界では知らない人はいないと言う程とても有名な実力者なのだが、訳あって誰もいないこの孤島に1人で住んでいる。



「…グレイ?」


「ん?どうしたのグレイシア?」


「グレイ!グレイ!」


そんなシアナが海を眺めながら歩いていると、必死に何かを伝えようとグレイシアが鳴き声をあげた。
どうやら海の向こうを見ろ、と言いたいらしい。



「ん?海に何かあるの?」


「グレイ!」



早く!と急かすように前足で海の向こうを指差すグレイシアに急かされ、シアナが慌ててその方向を見た瞬間、何やら鋼のような物が空から落ちてくるのが見えた。

あれは何だろうか?
空から落ちてくるということは鳥ポケモン…とか?
そんな事を考えたシアナだったが、段々と近くなっていくその物体を見続けて、とうとうそれが物凄いスピードで急降下をしているエアームドだと確認して思わず目を見開く。





「え?!えっと…あのエアームド、物凄く早いね…?」


「グレイグレイ!!」




主人の反応に、感心してる場合じゃない!とエアームドが向かった方向に走り出したグレイシアの後をシアナが慌てて追いかけると、そこには浜辺で倒れているスーツを着た知らない男性の姿があった。
そして隣にはかなり警戒しているらしい先程のエアームドが肩で息をしながらこちらを睨みつけている。




「え?!た、大変!えぇっと、どうしたら!」


「エアッ!エアエアッ!」


「きゃっ!」


「グレイ?!」


どうやらこのエアームドは目の前で倒れている男性のポケモンのようだ。
急いで男性に近づいたシアナに向かって攻撃をしかけてくる辺り、かなり焦っているよう。

シアナもそんなエアームドの攻撃を何とか避けたつもりだったのだが、左手の甲にクチバシが当たったらしく、血が滲んでしまっている。




「グレェェイ…ッ!!」



主人を傷つけられたグレイシアが思わずエアームドに向かって戦闘態勢に入るが、シアナはそれを慌てて止める。
今はバトルをしている場合ではないし、何よりきっとこのエアームドは主人を守りたいだけなのだから。




「駄目よグレイシア!エアームドはきっとこの人を守りたいだけだと思う。私は大丈夫だから、エアームドに説明をしてあげて?」


「!グレイ…」



シアナの言葉に、そういうなら…と言いたげにグレイシアはピンと立てていた両耳を下げるとエアームドの傍まで行き、説得をしてくれているようだった。

その間にとシアナは助けなければという一心で早々と男性に人口呼吸を始める。




「っ…!ごほっ!ごほっ!」


「!良かった…!エアームド!この人はもう大丈夫だからね!」


「!?…エア!」



シアナの安心した声と言葉に、ありがとうと言いたいのか、エアームドはシアナにそっと寄り添って頬擦りをしてきた。
どうやらきちんとグレイシアが誤解を解いてくれたのだろう、少し誇らしげだ。

その後、シアナは急いでモンスターボールからバシャーモを呼ぶと何だコイツと言いたげなバシャーモに急いで口を開く。




「お願いバシャーモ!この人を家まで運んでくれる?海に落ちちゃったみたいなの!」



シアナの必死の頼みに、そういう事ならと静かに頷いたバシャーモは軽々と男性を片手で持ち上げると家の方まで歩いていく。



「エアームド、貴方もおいで。お腹空いてるでしょう?」


「エア!エアエア!」



エアームドにも声を掛け、そのままバシャーモの後を追いかけ始めたシアナはそうだ!と深刻そうな表情をすると向かう足はそのままに少し離れたバシャーモに声を掛ける。



「バシャーモ!ごめんね!もう1つお願いがあるのっ!貴方にしか頼めなくて!!」


「……?」



シアナのそんな深刻そうな雰囲気に、バシャーモは歩きながらも顔だけを主人の方へと向ける。
グレイシアとエアームドも一体どうしたのかと彼女を見つめる中、シアナはまた大きな声でその続きをバシャーモに言い放った。





「着替え!!私絶対に無理だからバシャーモが着せてあげてっ!お父さんの服は私が用意するから!!」






ずてん。





グレイシアとエアームドが浜辺で転ける音と、バシャーモの盛大な溜め息の中、その様子に何故?と首を傾げるシアナの髪が潮風に揺れて煌めいた。




彼と彼女の長い長い恋物語は、今ここから始まる。



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