小さな味方
エルフーンをジョーイさんに預けて待っている間、ダイゴとシアナはソファに座っていた。
シアナの手には落ち着くようにとダイゴが渡したミルクティーがある。
そして少し時間が経った頃、先程から気になっていたことをダイゴはシアナに聞き出した。
「シアナちゃん、あの時エルフーンを選んだのは何か理由があったの?」
「…はい。本当はバシャーモかハッサムにお願いしようと思ったんです。あの2匹は私の手持ちの中でもバトル向きのようなので…」
それはダイゴも分かっていた。
今後バトルをするならば、シアナはきっとバシャーモかハッサムのどちらかを選ぶのだろうと思っていたからだ。
しかし今回の件で彼女は迷わずエルフーンを選んだのだ。
いくらその場に居たからと言っても、この優しい彼女がまだ幼いエルフーンをバトルフィールドに放つなどするだろうか?
「なら、どうしてエルフーンを?」
「どちらにしようか一瞬迷ったんです。そしたら、エルフーンが私の服の裾を強く握ってて…」
「それでエルフーンを出したわけか…」
彼女の話を聞く限り、どうやらエルフーンは自分からバトルに出ようとアピールしたらしい。
一緒に住んで分かったが、エルフーンは本当にシアナが大好きだ。
寝る時も一緒だし、何かと彼女の膝の上にいたり抱っこをせがんだり。
それにあのエルフーンはかなり臆病なのだ。
ダイゴがそっと声を掛けただけでまるでエネコのように飛び跳ねていた程なのだから。
「きっとあの子なりに私を守ろうとしてくれたんだと思うんです。甘えん坊な子なのに、あんなにボロボロになって…必死に…」
私のせいだと今にも泣きそうなシアナの肩をダイゴはそっと抱いて引き寄せる。
随分と懐いているようだが、一体彼女とエルフーンはいつから一緒だったのだろうか。
初めてのポケモンがアチャモで今のバシャーモなのはダイゴも知っているが、他のポケモンについては何も知らない。
彼女について知らないことが多すぎて悔しさだけが募る。
と言っても実際知り合ってそこまで日が経っていないのだから当たり前かもしれないが、好きな人のことを良く知りたいと思うのは当然の事だと思う。
「シアナちゃん、エルフーンとはいつから一緒なのかな?」
「エルフーンは私が20歳になった誕生日にファンの人から貰ったんです。その人、ここから遠い地方出身らしくて。」
そして産まれたのがモンメン、つまり今のエルフーンだったのだ。
成程…だからエルフーンは彼女にあんなに懐いているのかとダイゴは納得をする。
まるでシアナを母親のように慕っているエルフーンの幸せそうな顔を思い出して微笑ましい、と素直に思う。
そして、彼女の言う遠い地方のファンとはきっとイッシュ地方の人間だろう。
そんな遠い地方にも彼女のファンがいることに少し焦りを感じるが、今彼女に一番近い人物は自分なのだという少し誇らしげな感情も抱いていたりする。
単純なのかもしれないが。
「…そっか。エルフーンは産まれた時からシアナちゃんと一緒なんだね。」
「ふふ。そうですね…そういえばグレイシアもタマゴからでした。あの子はアスナとシンオウに旅行に行った時に偶然進化して…」
あの時はビックリしたなーと少し笑って話すシアナは、ダイゴの質問で少し気が紛れたようだ。
その様子にダイゴはホッと一息をつく。
すると丁度良いタイミングでジョーイさんがエルフーンを連れてきた。
それを見た途端、シアナは走ってエルフーンを大切そうに抱き締める。
「エルフーン!大丈夫?」
「エルエル!」
もう大丈夫ですよ。と言うジョーイさんの言葉に余程安心したのか、シアナはエルフーンを抱き締めたまましゃがみ込んでしまう。
それに慌てたダイゴが床に膝を付いて彼女の表情を覗き込みながらその背中を優しく摩る。
「シアナちゃん!大丈夫かい?」
「よ、良かった…本当に…!エルフーン、ごめ…むぐっ」
「エルッ!!」
シアナは今にも零れそうな程の涙を溜めながらエルフーンに謝ろうとするが自分の腕の中にいるエルフーンの小さな手によってその口を塞がれてしまう。
どうやらこの子は謝るなと言いたいらしい。
「でも…!痛かったでしょ?ごめんね私が、むぐっ」
「エルエル!」
「…ふ…っ!」
何度も謝ろうとするシアナとそれを何度も止めるエルフーンの姿にダイゴはとうとう噴き出した。
これはどう見てもまるで親子そのものだ。
勿論、その親でである筈のシアナがあやされているようで、何ともそれが面白くて堪らない。
「ふふ、あはは!ほ、本当に親子みたいだね!おもしろ…っ!ふっ!」
「だ、ダイゴさん!そんな笑わなくたって!私だって本当に謝りたくて…むぐっ!」
「あははは!!ほら、エルフーンの顔、見てみなよ?」
「へ?…エルフーン?…え、怒ってる…の?…ふっ」
あまりにも笑うダイゴが可笑しいと思ったのか、シアナは俯いてあるエルフーンの顔を覗き込む。
するとそこにはなんとも言えない顔でこちらを見ているエルフーンの顔があった。
綺麗な黄色い両目が、プリンのように膨れている頬っぺたのせいで細長くなり、無意識にコットンガードをしているのか、体が異常にもこもことしている。
「え、エルフーン…っ!」
「……エル」
「…っ!…ふ、ふふ…!」
「エル?!」
「ち、ちが!怒ってるのは分かった!で、でも!…ふふふっ…あははは!もう駄目…!お、おかし…っ!」
そうしてとうとうシアナまで笑いだして、夜のポケモンセンターにダイゴとシアナの笑い声が響く。
それを受付で眺めていたジョーイさんもつい釣られて笑ってしまった為、エルフーンの機嫌は更に悪くなってしまう。
「エル!エルエル!」
「ん、分かった!もう謝ろうとしないから!だから、元に戻って…!ふふふっ!」
「え、エルフーン!ほら、明日美味しいお菓子を買ってあげる、から!ね?ふっ!」
「?!エルーっ!」
「うわっ!?」
ダイゴのお菓子買ってあげるの一言で一瞬で機嫌が直ったエルフーンは嬉しさの余りダイゴに飛びつく。
慌てて受け止めたダイゴにシアナは随分と懐きましたね!と、まだ面白いのか笑いを必死に堪えながら言う。
その光景はまるでダイゴも昔から一緒に居たかのようで、ダイゴはつい心の中で静かにガッツポーズをする。
「エルエル、」
「ん?」
するとエルフーンはシアナに見えないようにメロメロのハートを1つだけ浮かべると、ダイゴ、ハート、シアナの順にちょんちょんとその可愛らしい小さな手で示していく。
つまり、この子はシアナが好きなんでしょう?と自分に言いたいのだろう。
「…え?なんで、知ってるのかな?エルフーン…?」
「エルー…」
その問いに、そんなものはお見通しだとでも言いたいような顔でダイゴを見るエルフーンは物凄く誇らしげだ。
その行為にみるみる内に顔が真っ赤に染まっていくダイゴだが、幸いシアナは今ジョーイさんと少し離れた場所で世間話をしている。
「エル!」
「…え?本当に?」
エルフーンは自分の首元にある綿毛の部分をえっへん!と片手でぽんっ!と叩いて見せた。
どうやらこの子は自分に協力をしてくれると言いたいようだ。
勿論それはダイゴにとってかなり嬉しい。
何せエルフーンは彼女の手持ちの中でも一番外に出ている可能性が高いポケモンだ。
そのエルフーンが協力してくれるなら、彼女との関係も今よりもう少し進展出来るかもしれない。
まぁ、どんなことをするかは良く分からないが。
「ありがとうエルフーン。…そしたら明日は好きものを買ってあげるからね!」
「エルーっ!!」
可愛らしいエルフーンを思わず子供のように高い高ーいと遊んであげるダイゴの姿を発見したシアナはついポケナビのカメラ機能を思い出すが、いやいや失礼にも程があるとその気持ちをグッと堪える。
その後、彼にすっかり懐いたらしいエルフーンはダイゴから全く離れず、結局ダイゴが抱っこしたまま家に帰った2人は大きなベッドで川の字に寝ることになる。
真ん中で、幸せそうに眠るエルフーンを余所にダイゴとシアナはお互いバクバクと煩い心臓と熱を帯びた体のお陰で寝付けない夜を過ごすことになったのはここだけの話。
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