甘えん坊な子




ダイゴは久しぶりに父に呼び出され会社に出向き、大量に置かれた書類を超特急で終わらせて社員の挨拶もそこそこにし、すぐにエアームドに乗って帰ってきた。今は自宅の玄関の前にいる。

何故自分の家なのに入らないかと言えば、それは自分の想い人が中にいるからだ。
ただいまと言えばきっと返ってくるおかえりなさい。
なんて良い響きだろう。まるで夫婦だ。
いや、まだ告白さえも出来ていないのだけれど。

しかし、この扉を開けば確実に可愛い笑顔で出迎えてくれるのだろう。
期待を胸いっぱいに膨らませ、ダイゴは扉を開けた。



「シアナちゃん、ただいま!」


「え?!あ、ダイゴさん!お、おかえりなさい!早かったですね?」



そしてやっぱり期待通りの可愛い笑顔でのおかえりなさい……なのはおかえりなさい、なのだが。
何故か様子が可笑しい気がするのは気のせいだろうか。

いや、やはり可笑しい。
だって会社に行く前にこんな大量のビニール袋はリビングに無かった筈なのだから。




「…えっと…?シアナちゃん?この袋の中身は?」


「あ、これはその…せ、洗剤です…っ!」


「こ、こんなに…?」


「あの…ダイゴさんって何でも高級な物を使ってるんじゃないかなって思って…!食器洗剤とか、柔軟剤とか…?」


「……いや、至って普通の洗剤を使ってるよ…?」



そのダイゴの問いに気まずそうに答えたシアナに今度はダイゴが返答をすれば、ええっ?!と目を見開いて驚くシアナに更にダイゴも声は出さずとも同じように驚いてしまう。

その様子に、まさかと顔を青くしたダイゴが慌てて他の袋も確認すると、見事にその予感は的中した。
新しい食器、アイロン、洗濯用のネット、何やら高そうな食材…と袋に山のように入っているのを発見したダイゴはチラリ、とこれを用意しただろう人物に視線を移す。




「…ダイゴさんって身なりがきちんとした人なので…」


「……人なので……?」







「あの、もしかしたら…潔癖症とかだったらどうしようって………」




思ったら、不安になって取り敢えず色々別で揃えました。
そう、罰の悪そうな顔で言うシアナに、ダイゴは嘘だろうと顔を真っ青にする。
誤解の無いように言うが、別に彼女に対して引いているとかそんな訳ではなくて、そこまで気を使わせてしまったのかという焦りからだ。




「いや、いやいや!違う!違うよ?!僕は至って一般的な生活をしているつもりだよシアナちゃん!」


「…へ?あ、そうなんですね?」


「………待って。ならこの布団一式はもしかして…」


「あ、それは私用なのでダイゴさんは何時も通りベッドで寝て下さいね!」


「……………。」




ショックで言葉を失って大好きな石と化しているダイゴに全く気づかないシアナは潔癖症じゃなくて良かったと検討違いな安心を勝手に抱いて洗濯カゴを持って庭へと出ていく。




「これって………つまり………?」



もしかして。
これはもしかしなくてもそういう事なのだろうか。
つまり彼女は同棲と言うよりも家政婦のようなイメージを抱いているのでは…?

いや、まず彼女の状況でまるで夫婦みたいだとかそんな夢物語のような理想を少しでも抱いてしまった自分が第一に悪いのかもしれないが、何も自分は彼女に家事全般をやってくれ等と頼んではいない。




「……!待って!シアナちゃん!あのね!僕は別に君に家事全般をやって貰おうなんて気は一切…!」


「…………。」


「?…エルフーン?どうしたの?」




違う、違うのだと急いで彼女の間違えた思考を訂正しようと庭に出たダイゴは物干し竿に洗濯物を干しているシアナと、その長く綺麗な足にしがみついてこちらを黙って見つめているエルフーンと目が合う。



「あ、そうだ!エルフーン、これからお世話になるんだから、ちゃんとダイゴさんに挨拶しなさい?」


「………ッ……」


「……えっと…こんにちは?」


「ッ!!」



挨拶しなさい。
そう言うシアナの言葉でおずおずとダイゴに近づいたは良いものの、その後聞こえたダイゴの声にビクッ!!とまるで驚いたエネコように飛び跳ねたエルフーンはササー!と物凄い早さでシアナの腰へとダイブする。



「ちょ、もー…本当に臆病なんだから…」


「エ、エル…ッ!!」



ごめんなさいダイゴさん。
腰から器用に胸元に移動したエルフーンを抱っこして、そう申し訳なさそうに謝るシアナにダイゴは気にしないでと返事をする。

どうやら彼女のエルフーンは相当臆病なようだ。
なるべく迷惑を掛けないようにしますと言うシアナに、ダイゴはだから違うのだと話を元の流れに戻す。



「あのね、シアナちゃん。僕は別に君に家事全般をして欲しいだなんて思ってないし、家政婦みたいに働いて欲しいとも思っていないからね?」


「…え?いや、でも…!」


「ここは、君の家でもあると思ってくれて構わないよ。というか、僕はそう思って欲しい。」


「……ダイゴさん……」


「だから、ね?そんな気を使わないで。いつも通り…とはいかないかもしれないけど、君なりにゆっくりと過ごしてくれたら僕は嬉しいよ。」


「……えっと…なら私、家事は好きなので…息抜きも兼ねてやらせて貰えたら嬉しいんです、けど…!」


「…はは、そういう事なら、お願いしようかな?ただ、家政婦みたいな気持ちではやらないでね?……何方かと言えば、奥さんみたいな感じでやってくれた方が僕としては嬉しいけど。」



なんて、冗談…と言おうとしたダイゴを遮るように、シアナは思わずぼん!と顔を赤く染める。



「…シアナちゃん…?」


「……え?!あ、いえ!な、何でも!何でもないですよ!い、良い天気ですもんねーー!!」



その反応はどういう事だ。
もしかして期待しても良いのでは?
そんな事を思って思わずダイゴも顔を赤く染めて言葉を失ってしまう。
そんな2人を見て何かを感じたのだろうか、エルフーンはシアナの腕からふわふわと飛び降りるとゆっくりとダイゴの元へと近づいていく。

そんなエルフーンに、どうかしたのだろうかと首を傾げる2人だったが、ふと感じた嫌な気配にダイゴが鋭い視線を街の方へと向ける。

その様子が気になって、リビングへと戻った2人が窓の外を見てみると、そこには最近見たばかりの赤いフードが見えた。
間違いなくマグマ団だ。どうやら3人組のよう。




「マグマ団…だね…」


「…もしかして私が家に帰らないから、近い街を探してるんじゃ…?」


「いや、もしかしたら僕と暮らしていることがバレたのかもしれない。結構大きな組織みたいだからね…情報が入るのは早いのかもな…」



すると、バンッ!と乱暴に開くドアの音がダイゴの自宅に響き渡る。
しかしダイゴはそんな3人組を見てほらね。と呟くだけだ。
冷静だな…とシアナが思わず見つめていると、マグマ団の連中はこちらに向かってボールを1つずつ構えている。




「やはり情報通りだな。お前が博士の娘か。大人しく来てもらうぞ。」


「っ…私は貴方達とは一緒に行きません!」


「シアナちゃん、大丈夫。ここは僕に任せて。」



その言葉と同時に、ダイゴは3人と共に家から出て先程までいた庭で既に向かい合っている状況だった。
どうやら彼は3人を一気に相手にするようだ。



「いくらチャンピオンといえど、3体同時に指示するのは難しいはずだ!一気に畳み掛けるぞ!」


「随分と舐めてくれるね…!メタグロス!ボスゴドラ!」


マグマ団の3人はそう言うと、ダイゴのポケモンに対し、グラエナとゴルバット、そしてバクーダを放ってきた。
どうやらこちらの情報をいくつか集めて来ているらしいが、鋼に炎をぶつけてくるだけでは甘い、とダイゴは鋭い目付きを相手に向けたまま、3体目のボールに手を伸ばす。



「っ…エルフーン!お願い!」


「シアナちゃん!?」


「これは私が原因なんです!私がバトルしなくてどうするんです!迷惑はかけないように頑張ります…っ!だから!」



そう必死に伝えるシアナにダイゴは驚いて思わずボールから手を離すが、その後優しく微笑んで彼女の頭をぽんっと叩く。

そうだ。苦手なバトルを彼女は自分から頑張ろうとしているのだ。応援しなくてどうする。




「よし。なら僕のメタグロスとボスゴドラ。そしてシアナちゃんのエルフーンで勝負だ。」


「っ、はい!」




そうして、シアナにとって初めての本格的なバトルが始まった。























「グラエナ!噛み砕け!」


「!エルフーン!」


「さっきから…っ!本当に卑怯だね!」



これもマグマ団の情報網なのか、案の定3人組の内の2人はシアナのエルフーンに的を絞った。
ダイゴはゴルバットとバクーダに邪魔をされ、援護が出来ない状況。
それにこれはホウエンでは珍しいトリプルバトル。ヘタをすると彼女のエルフーンに攻撃が当たってしまうかもしれない。




「エ…ル…っ!」


「このエルフーン、しつこいな…」


「エルフーン!もういいよ!ごめんね、私がヘタだから…っ!」



シアナは泣きそうなのを必死に堪え、エルフーンに走って近づいていく。
辛いのは自分じゃない。今戦ってくれてるエルフーンだ。



「エルッ!」


「え…?」



ボールに戻そうとエルフーンの近くまで来た時、シアナを守るように小さな両手を広げてフラフラと危なっかしい足取りで必死に立ち上がるエルフーン。

自分のせいで技は空回り。
効果は半減されていても何度も食らっている攻撃。
そしてもう体力も僅かしか残っていないだろうその体でも、この子は必死にシアナを守ろうとしている。



いつも一緒に眠って、本を読んでいる時も自分でボールから出てきて膝の上に乗ってくる…そんな甘えん坊な子が、こんなにも強い子だったなんて。





「っ…ごめん、エルフーン!もう少し頑張れる?!」


「エル!」



当たり前だよ!と強い眼差しでこちらを見てくるエルフーンに、シアナも大きく頷く。
考えるんだ。ダイゴさんに言われたこと…エルフーンの持ち味…




「…!エルフーン、コットンガードして!」


「今更なんだ、グラエナ!噛み砕け!」


「そのまま、暴風!」


コットンガードをしたままのエルフーンは自ら放った暴風に乗って物凄い勢いでグラエナへと向かっていく。
そんなエルフーンが速すぎて攻撃するタイミングが取れないのだろうグラエナが狼狽えた瞬間を見逃さず、エルフーンは触れるか触れないかの至近距離まで迫る。




「エルフーン、エナジーボール!」


「エー…ルッ!」


「グラエナっ!?」


「よし、メタグロス!相手全体にサイコキネシス!ボスゴドラはストーンエッジ!」


いきなりの大逆転に、思わず相手が怯んだ隙を突いてダイゴのメタグロスがその動きを封じると、それを逃がさないとボスゴドラが一気にトドメを刺した。

その膨大な威力で辺りは物凄い土煙が立ち込める。
それが晴れた頃にはマグマ団達の姿形は何処にもなく、どうやら逃げられてしまったらしい。
捕まえて話を聞き出せば良かったかと思わず舌打ちをしたダイゴだが、それよりも今は大怪我を負っているかもしれないエルフーンの安否が先だ。





「っ、エルフーン、大丈夫!?」



至近距離でエナジーボールを撃ったせいか、その反動でエルフーンはかなり後ろへと飛ばされていたらしい。
それをシアナは慌てて走り寄って抱き抱える。




「エルッ!」


「よかった…!」


「事前にコットンガードしていたから、ダメージはそんなに受けなかったんだろうね。…良かった…」



よく頑張ったね。
そう、ダイゴは優しい眼差しを可愛らしいコンビに向けるとそのままシアナとエルフーンの頭を優しく撫でる。

本当ならもっと早く助けることは出来たのだが、もしかしたら何かシアナがバトルについて掴めるかもしれないと少し様子を見ていたのだ。
そのため、エルフーンには少し罪悪感がある。




「ごめんねエルフーン。ポケモンセンターに行って元気になったら、美味しいポケモン用のお菓子を買ってあげるから。」




ダイゴのその言葉にエルフーンは余程嬉しかったのだろう。
ボロボロの体で小躍りをして、まだ踊れるくらいの体力が残っていることに安心した2人は急いでポケモンセンターへと走り出した。




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