自覚



体が震える。
怒りなのか恐怖なのかは自分でも分からない。
今自分の目の前にいるこの連中は自分から父を連れて行った人達だ。
あの赤を見るとただひたすら泣きじゃくった毎日を思い出す。

それでもシアナが落ち着いて彼らを見て話を聞けたのは、後ろからそっと抱き締めてくれているダイゴのお陰のようだ。




「…娘はいないようだな。出直すしかないか。」


「そのようだな、しかし博士にも困ったものだ。もう研究は終わっているだろうに…」



彼が言っているのはお父さんのことだろう。
もう研究は終わっている?なら何故彼らは自分を探しにここに来たのだろうか。



「あの人なりに抵抗しているつもりなんだろう。まぁ、そんなことをしても我々の計画は揺るがないがな。」


「これで娘を連れて行けば、博士も大人しく従うと思ったんだが…」


「っ…?!」


マグマ団達のその言葉に、思わず声が出そうになったシアナだが、咄嗟にダイゴが彼女の口を塞ぎ、耳元で小さく話かけてくる。



(シアナちゃん!今は落ち着いて!大丈夫、僕がついてる!)



この人はどうしてこんなに優しいのだろう。
どうしてこの人の言葉はこんなに暖かくて安心するんだろう。
それに、彼らに抵抗しているらしい自分の父のことも考えたら自然と冷静になれた。



マグマ団の連中は暫くすると諦めたのか大人しく帰って行った。
シアナが帰ってくるのを待っていたのだろうが、残念ながらその本人はクローゼットの中。
つまり帰ってくる訳がない。

ただ、連中が家に入ってきただけでシアナを探し始めなかったのは幸いだった。
…まぁ見つかったら見つかったでその時はダイゴが余裕で倒してくれそうだが。
彼が強いのは皆知っている。何せこのホウエン地方のチャンピオンなのだから。





「…行ったようだね…大丈夫?シアナちゃん」


「…はい。大丈夫です。意外と冷静ですよ、私。ダイゴさんのお陰ですね?」



父が無事なことも分かり、尚且つマグマ団に必死に抵抗していることも分かった。
自分が泣いて、アスナやアスナの両親に心配と迷惑をかけていた時も父は必死に1人で戦っていたのだろう。



「私がただ泣いている時、お父さんは1人でマグマ団と戦っていたんですね…」


「シアナちゃん…」


「だから決めたんです。私…もっと強くなります。お父さんを助けられるように。」



そう決心したことをシアナはダイゴに伝える。
誰かに…いや、きっとダイゴに伝えたかったのかもしれない。

するとダイゴはそんなシアナの頭を優しく撫でてくれる。
やっぱりダイゴさんの手は暖かい。
そう感じて思わず目を閉じてしまうシアナに今度はダイゴが声を掛ける。



「偉いねシアナちゃん。…でも、僕がいることを忘れちゃいけないよ?」


「忘れてないですよ?実はさっきもこっそり頼っちゃいました。」


「え?いつ?!」



教えません。
べ、と悪戯っぽく舌を出してそう言うシアナが可愛らしいと思いつつもやはり気になるのかダイゴは何度もシアナに詳細を聞いてきた。

彼が隣に居るだけで自分は落ち着いていられる。冷静になれる。
でも、それはどうしてだろうか?やはり分からない。
シアナにとってダイゴは、アスナとはまた違った安心感を与えてくれることは確かなようだ。






その後、何とかずっと詳細を聞いてくるダイゴを誤魔化したシアナはダイゴと共に軽く夕食を食べて帰ってきた。
シャワーを貸して貰ってさっぱりしたところでソファに座り、今はデボンコーポレーションが極秘で調査してくれたらしいマグマ団についての記載を読んでいる。




「グラードン…そっか、だからお父さんは連れて行かれたんだ…でもどうやって目覚めさせるつもり…?」




もし、父の研究でグラードンに近づけたとしても、眠っている筈のグラードンをどう目覚めさせるつもりなのだろうか。
それにそんな強大な力を持ったポケモンを使ったりしたら、陸を広げるどころの話ではない。




「グレーイ!」


「…ん?」



すると、難しい表情でその次の資料を読み始めたシアナへもグレイシアがポケナビを持ってやって来た。
そういえば、最近グレイシアは良くボールの外に出ているような気がする。
どうやらダイゴが気になるようで、帰ってきて皆にご飯をあげている時もダイゴの隣にいたような…。



「ありがとうグレイシア。…あれ?アスナから電話が来てたみたい。」




どうやらシアナは電話に気づかないほど資料に集中していたようだ。
そういえばダイゴさんと暮らす報告もしてなかった。
今はダイゴさんがシャワーを浴びてるし、連絡するなら今かもしれない。

そう思ったシアナは履歴に残っているアスナに急いで電話をかけた。
どうせならテレビ電話の方がお互い安心出来るかもしれない。



















「はぁあぁぁあ!!?」


「ちょ、声が大きいよ!鼓膜破れちゃう!」



あれからすぐ電話に出たアスナに何処にいるのか聞かれたシアナはダイゴさんの家だと伝える。
何故かその時はニヤニヤしていたアスナだったが、その次にシアナがダイゴさんと暮らすことになったと伝えた事により、先程の大声に繋がる。




「いや、意味分からないから!何で?ねぇ何でそうなるの?!」


「えっと…その、お言葉に甘えて…つい。」


「ついって…!事情は分かったけど、そんなのあたしとまた一緒に住めばいいだけの話でしょ!」



…そっか、そう言えばそうだ。
それならダイゴさんに迷惑かけないで済むし、アスナだってジムリーダーだしバトルの練習もできる。
何故アスナと暮らす選択肢があの時出なかったのかとシアナに自分の事なのにも関わらず不思議だと首を傾げる。



「ご、ごめん…言われてみれば確かにそうだね…」


「確かにってあんた…はぁ、やっぱりか。」



シアナのオドオドとした態度に、アスナは画面の向こうでやっぱりかと盛大な溜め息をつく。
そして溜め息をついたと思えば今度はニヤニヤと面白そうにこちらを見るではないか。
つまり、自分の親友は何が言いたいのだろう。




「こほん。…はいシアナ、今から言う私の質問に正直に答えてね。」


「…え?う、うん。分かった!」



何の質問だろうか。
先程までニヤニヤしていたアスナが急に真剣な表情に変わる。
驚いたり溜め息をついたり、ニヤニヤしたり真剣になったりと、まるで百面相のようなアスナに忙しいなと思いつつもその質問とやらに真剣に答えようとシアナは思わず背筋をピンと伸ばした。



「まず1つ。ダイゴさんといると安心する」


「あ、うん!そうなの!」


「じゃぁ2つ目、ダイゴさんが格好良く見える。」


「?それは…初めて会った時から整ってるなーとは思ってたよ?」


「あぁそうなの?…うーんと、じゃぁ3つ目。ダイゴさんを見るとドキドキする。」


「あ、それもね、ドキドキっていうか…胸がこう…締め付けられて苦しくなるのは良くあるんだよね…」



シアナが素直にアスナの3つ目の質問まで答えると、画面の向こう側でアスナは深く、深ーく溜め息をついた。それも、物凄い呆れ顔でだ。

というか何故か哀れな目でこちらを見ている気がする。
気がする…というよりも確実に哀れだと思われている。どうしよう、何だか地味に傷つく。





「あぁぁ…はい、4つ目。ダイゴさんが好き。」


「そりゃ好きだよ?優しいし。」


「………。」




今度は苦虫を噛んだような顔だ。
流石に酷くないだろうか。
いや寧ろ、可愛い自分の親友にこんな顔をさせている自分が酷いのかとシアナも流石に焦りを感じる。




「はぁ…5つ目、ならあたしに対する好きと、ダイゴさんの好きは同じもの?」


「……ううん。それは違う……」


「はい6つ目!ダイゴさんを頭の中で思い浮かべながら、彼の良いところをあたしに教えて!」


「え、え?!えっと……うーん……沢山あるけど、優しくて、笑顔が素敵で…綺麗な瞳をしてて…頼れる男の人って感じかな…。でも1番は、ダイゴさんといるととても安心出来るんだよね。」





シアナが思っていることを素直にアスナに伝えると、それだけ分かってんのに何でよ…とアスナは片手で目を覆っている。

自分は今日だけでどれだけ親友を困らせてるのだろうか。
しかもそれが何故困ってるのか分からないのが余計にタチが悪い。



「はい。これがさっきのあんたの表情。」


「ちょ!?いつの間に撮って…!!!……へ?」


何だか申し訳なくなってきたな、とシアナが苦笑いをしていれば、いつの間に撮っていたらしい先程の自分の動画をアスナに見せられたシアナは何をやっているんだと恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。

しかし、目の前で見せられた自分の表情に、思わず変な声を出してしまった。



「…わ、私…こんな顔してたの…?!」


「そうだよ。これがダイゴさんじゃなくてあたしについての質問でもこんな表情する?」


「えっと…」


「こーんな幸せそうに頬染めてさ?頭の中をダイゴさんで一杯にしてさ?…普通ただの知り合いの事でここまでの表情するか?ん?」



いい加減にしなさいよ、画面越しでジト目をこちらに向けてくる親友の態度に、どうやら流石のシアナも何かを理解したらしい。
理解、と言っても自分の感情のことなので理解も何も無いかもしれないが。



「わ、私…ダイゴさんが、その…あれなの?」


「…いや、あれって何よ。ほら!ちゃんと言葉にしてみな?」


「え、えっと…!その…私、ダイゴさんが……す…」


「…………す?」










「っ…好き…………!」










痛い胸を抑えながら、顔を真っ赤に染め上げて。
絞るように放ったシアナのその言葉にアスナはまるで何かから解放されたように深く息を吐いた。
それはどうやらシアナも同じようで、何処かスッキリとした表情をしている。





「あーーーっ!やっと!やっと自覚したよこの子は!あーー焦れったかった!ちょっとはこっちの身にもなりなよ全く!!」


「え、えぇ?!アスナ分かってたの!?いつから?!」


「はぁ?あー…それは…」






「どうしたのシアナちゃん!大きな声を出して!」





するとシャワールームまでシアナの大きな声が聞こえたのか、ダイゴが慌てたようにバン!と脱衣場のドアを開けて出てきた。

きちんと部屋着に着替えてはいるが、どうやら相当焦っていたのだろう。
彼の水色に近い銀髪はまだ水に濡れている。

それが何時もよりも更に格好良く見えてしまったシアナの顔がまた凄い勢いで熱くなる。
まず、このタイミングで目の前に現れるだなんて誰が想像するのか。恥ずかしくて心臓がどうにかなってしまいそうだ。



「だ、ダイゴさんっ!?な、何でもないです!本当に!そう!何でも!あ、あぁ!ぐ、グレイシア?!散歩行こう散歩!夜の海もきっと気持ちいいよ!うん!そうしよっか!!」



あわあわと慌てながら、シアナは脱衣場から出てきたダイゴに駆け寄ろうとしていたグレイシアを無理矢理抱き上げるとそのまま猛スピードで海に向かって走って行った。

ついでに頭を冷やそう。そうだ、まずは整理だ整理!
そう心の中で自分に言い聞かせて。
珍しい主人の行動に驚いてぽかんと口を開けているグレイシアの表情すら確認出来ない程に。





「…あ。ポケナビ!アスナと繋がりっ放しだ!」
















「え、え?…ど、どうしたんだろう…?」



一方、家に1人取り残されたダイゴは慌てて散歩に行ったシアナにかなり驚いていた。
ぽかん…と開いた口が塞がらずに言葉を見失っていれば、ふと彼女のポケギアから笑いを押し殺すような声が聞こえてくることに気づく。




「あれ?アスナ?シアナちゃんと電話してたのかい?」


「は、はい。あの子、あんな慌ててっ…ぷはっ!」



なぜ彼女はこんなに楽しそうに笑っているのだろう?
必死に堪えていたようだが、それもどうやらもう限界らしい。これでもかと肩まで震わせている。



「も、もう駄目だぁ…っ!あ、あははははははっ!!おか、可笑し…っ!!あはは!あははっ!」


「あ、アスナ…?」



とうとうお腹を抱えて笑いだしたアスナに、ダイゴはここまで笑うだなんて一体彼女はシアナとどんな話をしたのだろうと凄く気になってしまう。
まさか自分の事が原因で笑われているだなんて知りもしないのだろうが。


暫くして、一通り笑ってスッキリしたらしいアスナはこほん!と咳払いをして未だ訳が分からないといった顔をしているダイゴに真剣な視線を向ける。




「では、ダイゴさん。…シアナを宜しくお願いします。力になってやって下さい。勿論あの子のことはあたしも出来る限りのことをしますけどね!」


「それは勿論さ。シアナちゃんのことは任せてよ。」


「後はまぁ…そのお礼…と言ったら何ですけど、恋愛面でも、出来る限りの協力はしますよ?」


「……あ、アスナ…?僕、は、話したっけ…?」



突然のアスナの直球ストレートに、思わずダイゴが噛みながらも聞くと、アスナはそんなの顔を見れば分かりますと言い放つ。どうやらシアナのことを話していた時のダイゴの顔が相当赤かったらしい。



「あっはは!全く、似た者同士ですね!」


「え?それどういう意味?」



ダイゴにとってその言葉が凄く気になったのだが、内緒ですと言われたと同時に一方的にアスナから通話を切られてしまう。
一体何なのだろうか。似た者同士?いや、誰と?




「…取り敢えず、シアナちゃんを迎えに行こうか…」



もう夜遅いし、風邪でも引いたら大変だ。
きっと彼女はそんなことも忘れてグレイシアと海で遊んでいるのかもしれない。

そんな事を考えながら玄関のドアを開ければ、やはり楽しそうなグレイシアの鳴き声が聞こえてくる。
その声に思わず微笑んで、少しくらいなら自分も混ざろうかと考えつつ、ダイゴは海へと足を運んだ。


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