大切だから



「っ……ん……?」



あの後、眠ってしまったシアナを自分のベッドまで運んでからコーヒーを用意し、ソファに腰掛けてマグマ団について調べていたダイゴだったのだが、どうやら途中で眠ってしまったらしい。

いけない。そろそろ起きて朝食を作らなければ。
シアナちゃん、何か嫌いなものないかな?
甘いものが好きなのは知ってるから、パンケーキとかだったら…
ダイゴがそんなことを考えて支度をしようと起き上がろうとした時だった。
突然感じた腹部への衝撃にダイゴは思わず苦しそうな声を漏らしてしまう。




「グレーイっ!」


「ぐっ!?」


「え?!…こら!グレイシア、何してるの?!」



シアナの慌てた声がすぐ後ろで聞こえる。
どうやら彼女のグレイシアが僕のお腹の上にダイブしてきたらしい。
お陰で脳は瞬時に覚醒出来たが、やはり苦しい。




「グレイ!グレイ!」


「ご、ごめんなさい!私が朝食を作り終わったから起こそうとしたんだと思います…!」


「え?朝食?……あ!」


その言葉にダイゴはしまった!と勢いよくソファから飛び起きる。
どうやら先にシアナが起きてしまっていたようだ。

ゆっくり休ませようと思ってたのに、食事の支度をさせてしまうなんて自分はどれだけ気の利かない男なんだとダイゴは自分で自分を責めたくなる。




「ご、ごめん!疲れてるだろうに…!」


「そんな!ダイゴさんの方こそ、その…お疲れでしょう?…ごめんなさい。」


「え?」


その言葉に思わずきょとんとするダイゴにそれ、と彼女が指を指したものは、テーブルの上にあったマグマ団についての資料だった。
どうやら彼女も少し読んだらしい。



「ごめんなさい…わざわざこんな資料まで…私、ダイゴさんに迷惑かけてばかりですよね…」


「あはは。これは僕が好きでしていることだよ、だから気にしないの!」




でも、と不安そうな顔をするシアナにダイゴが近づいてその頭を優しく撫でれば彼女は少し顔を赤らめながら控えめな笑顔で礼を言う。

うん。例え控えめでもやっぱりシアナちゃんは笑顔が1番可愛い。



「あ!ご飯!冷蔵庫に入ってたもので勝手に作ってしまったんですけど…大丈夫ですか?」


「うわ、ごめんね?あんまり食材揃ってなかったでしょ?」


「あ、それは大丈夫です!私これでも結構節約は得意なんですよ。味の保証は出来ませんけど…」


「それなら大丈夫だよ。君の料理は美味しいからね!」


「も、もう!スープだけじゃないですか!」



こうやって恥ずかしがる彼女もやはり可愛らしい。
それにこうしているとなんだか夫婦みたいだ。
……って何考えてるんだ僕は!と1人漫才のような事を頭で考えてしまったダイゴはしっかりしろと心の中で自分に言い聞かせると慌てて口を開く。




「と、とりあえず、頂いてもいいかな?」


「?ダイゴさん、顔赤いですよ?」


「ね、寝起きだからね!」



嘘だ。寝起きだから顔が赤いなんて初めて聞いた。
なんて自分は馬鹿なのだろうか。
寝起きで顔が赤くなるのだろうかと首を傾げているシアナを誤魔化すようにダイゴは彼女の作ってくれた料理を手早く口にする。

やはり彼女が作る料理は美味しいようだ。
調味料に頼っていないのがよく分かるほど、食材ひとつひとつがしっかりと本来の味を出している。



「なんて言えばいいのかな、前も思ったけど優しい味がするよね。」


「へ?そうですか?」


「うん。それにやっぱり君の料理は凄く美味しいよ。ありがとう!」



ダイゴが素直に感想を伝えてお礼を言えば、シアナは嬉しそうに照れ笑いをする。

少しは落ち着いたようだが、やはりまだ辛そうだ。
あまり1人にはしたくないところだけれど…さてどうしたものか。




「…ねぇシアナちゃん、このまま家に帰るの?」


「そうですね、これ以上ご迷惑をかけるわけには…」



やはり家に帰るつもりのようだ。
しかしきっと彼女のことだ。自分の経験上、頑固なところがあるようだし、きっとこの後自分でもまたマグマ団のことを調べ直すだろう。

そんなところをもしマグマ団の連中に知られたら?
それに彼女の父親は何処かにあるだろう彼らのアジトに監禁されている可能性がかなり高い。

もしかしたら今度は目的のために彼女を誘拐して研究を早めようとするかもしれない。
それだけは何としても阻止しなければならない。




「シアナちゃん、よく聞いて。」


「ダイゴさん?」


「今まで大人しかったマグマ団が動き出したってことは、きっと近いうち何かしらのことが起こる筈だ。多分…いや確実に君のお父さんの研究が進んで来ているのかもしれない。」



ダイゴがマグマ団の話を始めると、シアナは真剣にその話を聞き始める。
やはり辛そうだ。彼女の白く華奢な手が小刻みに震えている。




「君はこの後マグマ団についてもう一度調べるつもりだろう?でも、もしそれを連中に知られて、君まで誘拐されたらどうするの?家は知られているんだろう?」


「っ…でもこのままじっとしているなんて出来ません!やっと動き出したのに…っ!」


「悪いけど、僕はシアナちゃんがしようとしていること、反対だよ。」


「ダイゴさん!」



どうしてと言いたいんだろう、それもそうだ。やっとマグマ団が動き出した事で情報も手に入り易くなっているだろうから。
勿論そうすれば彼女の父親のことも助けられるかもしれない。
でもやはり彼女にそれをさせるのはあまりにも危険すぎる。



だから、こうすることにする。
凄く勇気がいるけど、もう言うしかない。




「君がどうしても調べたいと言うなら、約束して欲しいことがあるんだ。」


「約束…?」


「嫌かもしれないけど…僕と一緒に暮らそう。」


「え、」


「…シアナちゃん?」



勇気を振り絞って言ったはいいが、やはり流石に付き合ってもいないのに同居は無理があっただろうか。

ダイゴの唐突な提案に理解が追いつかないのかシアナは何度も瞬きをしている。
驚いて言葉が出ないのか、嫌で返事が出来ないのか。
まぁまずダイゴからすれば断られたらかなりショックなのだが。




「それって、あの、ここに2人でってこと…ですよね…?」


「…そうなるね。」



その質問の答えにとうとうシアナの空色の瞳がキョロキョロと泳ぎ出す。

やっぱり嫌か。そしたらどうする。アスナに話をして彼女と暮らしてもらうか…?
ダイゴからすれば、出来れば好きな人は自分で守りたいところだが、彼女が嫌ならば仕方がない。
まずは彼女の安全が第一なのだから。




「………ご迷惑じゃ、ないですか?」


「…へ?」


「だ、だから、ご迷惑じゃないですか?…私が、この家で暮らすの…」



…少し待とうか。いや待てない。
彼女は今自分に、ご迷惑じゃないですか?と言った?…のだろうか。
いや、聞き間違えでなければ確かにそう言った、言ってくれた。




「め…っ!」


「だ、ダイゴさん…?」


「迷惑じゃない!それにこれは僕が持ち掛けた話なんだから君は気にしなくていいんだよ?!」


「で、でも…!」


「僕が…僕が君を守りたいと思うから言ったんだ!君が大切で仕方がないんだよ!だから…!」


「…へ?!」



あまりの嬉しさでダイゴは思わず立ち上がって声を張り上げてしまう。
挙句の果てにはスラスラと恥ずかしい言葉を並べてしまう始末だ。

何を言っているんだ僕は。
これではまるで好きですと言っているようなものだとダイゴは自分が勢いで言ってしまったことを理解するともの凄い勢いで顔が熱くなる。



「え…えっと、あの…!」


「な、なんだい?やっぱり嫌…だよね…?!」


「わ、私!守られるのだけは嫌です!だ、だから!」



すると今度はシアナもダイゴに釣られるように立ち上がると声を張り上げた。
何故だか彼女の顔も物凄く赤いのは気のせいだろうか。



「いざという時戦えるように、バトルのことももっと勉強します!甘えてばかりで本当に申し訳ないんですけど…またアドバイスとかまた頂けたらなって…!」


「え?それは…僕で良ければ喜んで教えるけど…?」



シアナのお願いに了承するものの、つまりはどういうことだ?とすっかり恥ずかしさで真っ白になってしまった頭で必死に考えるダイゴに向かい、シアナはそんなダイゴの目の前に移動するとペコ、と深く頭を下げた。



「な、なら!お願いします!私を…ここに置いて下さいっ」


「……え、いいの?!」


「だ、ダイゴさんがいいなら…っ!」



恥ずかしそうに、必死に言うシアナのその言葉に。
ダイゴは思わずそんな彼女の手を両手で握ると声を張り上げて勿論だと返事をする。

突然のことに更に驚いたシアナが顔を真っ赤に染める中、同じく赤くしているだろう自分の顔を認識しながらもダイゴはそんなことは気にしていられなかった。

それはそうだろう。彼女から同棲の了承を得ることが出来たのだ。
これで自分にとって大切な彼女を危険な目に合わせる確率が減って、尚且つ自分が傍で守れるという状況が出来上がったのだから。




「っ、だ、ダイゴさん!」


「なんだい?」


「あの…どうしていつもそんなに優しくしてくれるんですか?私、いつもダイゴさんに迷惑掛けてるのに…」



これは気持ちを伝えるべきだろうか。
…いや、それはまだ駄目だ。
言っては悪いが鈍感なシアナに今ダイゴのこの気持ちを伝えても、ただでさえ大変な時だ。
下手をしたらもっと混乱させてしまうだけだろう。
本当は今すぐにでも想いを伝えたい気持ちもあるが、良い返事を貰えるという自信がないのもまた事実。




「…それは内緒」


「え、内緒?」


「そうだね…君が抱えてる物を全部取り払ったら、伝えるから」



ダイゴはそう言うと椅子に座り直して朝食を再開する。
そんなダイゴを見たシアナは暫くきょとんとしていたが、少しして彼女も朝食を再開した。

多分、いや確信に彼が何を言おうとしているのか察してもいないだろう。
しかし今はそれでいいのだ。
今は彼女の父親を無事に助けることを考えるのが先なのだから。



「そうと決まれば、食べ終わったらバトルの練習をしようか?」


「あ、はい!お願いします!」


護身術と言うわけではないが、まずはしたっぱくらいは倒せるようにならないと本当にシアナが危ない。

彼女にはチャンピオンのダイゴから見ても強いだろうバシャーモとハッサムが居るが、バトルは連携が1番大事なのだ。
まずはシアナがバトルに詳しくならないと話が始まらない。

何から始めるべきだろうかと考えながら、ダイゴは朝食と一緒に出されたコーヒーに口を付けた。


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