守りたい人



それからシアナの目が覚めたのはすっかり夜になった頃だった。
ベッドから起き上がって見慣れぬ部屋をキョロキョロと見渡したシアナはガラスケースに綺麗に陳列されている石を発見しすぐにここはダイゴの家だと気づく。

ネームプレートと共に何処の地方の物なのか説明も書いてあるのを見る限り、どうやら彼はいろいろな地方へ旅をしているようだ。




「あ、起きたかい?ごめんね、痛かった?」


「ダイゴさん…!ごめんなさいっ…私…っ!」


ぽー…とそれを眺めていると、控えめに開かれたドアから顔を出したダイゴと目が合う。
その途端に安心したような表情をしたダイゴに、シアナは目頭が熱くなるのを感じて思わず俯いて精一杯の謝罪をする。

迷惑をかけたはずなのに、彼はまず自分の心配をしたのだ。
嫌われても仕方ない程のことをしたのにも関わらず。
泣いたらいけない、そう思っているはずなのに…彼の優しさに涙が止まらなくなってしまう。


そんなシアナの手元でぽたぽたとシーツに涙が零れて染みを作っていることに気づいたダイゴは慌ててシアナの元へと駆け寄ってくる。




「え、どうしたの?!やっぱり痛かった?!」


「ち、ちが…っ!ダイゴさんが、優しいから…!迷惑掛けたのに、ごめん…なさいっ!」



シアナが必死に言葉を伝えると同時に頭に軽く体重が掛かり、優しく撫でられる。
見上げるとそこには自分を見て微笑んでいるダイゴの顔があった。



「全く。心配したんだよ?どこも痛くないなら良かったけど…はぁ、ごめんね?酷いことして…」



違う、酷いのは自分だ。
こんなにも心配してくれていた彼に自分は無我夢中で暴れてしまっていたのだ。
もっと冷静になっていればこんなことにはならずに済んだのに。
頭の中で後悔だけが渦巻く中、ごめんなさいともう一度俯いたまま呟くシアナにダイゴは優しく声を掛ける。



「ねぇ、シアナちゃん、前に約束したこと覚えてる?」


「約束…ですか?」


「うん。辛くなったら話をしてくれる約束。」



その言葉に驚いて、ふと顔をあげればそれとも僕じゃ頼りない?と言う彼の悲しそうな表情が目に入る。

どうして彼はこんなにも自分に優しくしてくれるのだろう。それが逆に辛くて仕方ない。
だってそうだろう、あんな些細な…社交辞令のような約束を彼は持ち掛けてくれたのだから。





「そんなことないです!…ただ、これ以上迷惑掛けたら…」


「僕が聞きたいんだ。それでも駄目かな?」


「……ダイゴさん…っ…分かりました。お話、聞いてくれますか?」


「勿論。紅茶を用意してくるから、少し待ってて」



ダイゴはそう言うとシアナの頭をまた優しく撫でてキッチンへと向かった。
落ち着くように紅茶を用意し、整理する時間もくれたのだろう。
あぁ、やはり彼は優しいな…そう思うと同時に感じた安らぎと痛みに、シアナはつい自分の胸元を押さえる。




「っ?…苦しい…なんで?」



何故だろう。
目が覚めてから彼を見た瞬間、心臓がとても煩い気がする。
頭を撫でられた時も安心するようで、でも胸は苦しくて堪らない。
というよりも、彼のことを考えるだけでも痛い気がするのは何故だろうか。
それにこの前のアスナとの会話。



(だからダイゴさん限定じゃなくて、他の男の人ともそうなったらどうするのってこと!だからいつも気をつけなさいってこと!)



(ダイゴさん以外の男の人の知り合いいないよ!)



(いや、いるでしょうよ!ミクリさんとか!)




「……私……なんで?」



あと時咄嗟に出た言葉。
ミクリさんも男の人なのに、何故自分は男の人と聞いてダイゴさんしか思い浮かばなかったのだろう?

それにこの高い体温と心拍数。
この感じは一体なんなのだろう?




「…それになんでこの間アスナはあんな反応したのかな?」


ニヤニヤと楽しそうにしていたアスナを思い出して少しイラッとしてしまったのは秘密にしておいた方がいいだろうか。

そしてやはり、考えれば考えるほど酷くなる胸の痛み。
…いや、痛みと言うよりこれは締め付けに近い気がするが。




「私…どうしちゃったのかな…?」


「シアナちゃん、用意出来たけど…」


「ひっ!?だ、ダイゴさ……!」


「…え?何?ど、どうしたの?」


「あぁぁ、なんでもないです今行きますごめんなさい今行きますごめんなさいごめんなさいっ!」


変だな…と悩んでいれば、突然耳に入ったその悩みの種であるダイゴからの呼び出しに飛び跳ねたシアナは急いでダイゴの横を通り過ぎてリビングへと向かう。

そんなシアナの姿を見たダイゴは驚きながらもきっと頭の上に?マークが沢山飛んでいることだろうが、彼女が少し元気になったようで彼も少し安心したようだ。



「はい、アップルティーだけどよかった?」


「ごめんなさい。ありがとうございます。」


「気にしないで?…話は出来そう?」


「はい。長くなりますけど…」


申し訳なさそうにするシアナにダイゴは優しく微笑むと構わないよと彼女を安心させた。
ソファに座っているシアナの隣に腰を降ろし、ゆっくりでいいからと背中を擦りながら言うダイゴにシアナも安心したのだろう。
紅茶を一口飲み、静かにテーブルに置くとゆっくりと話を始めた。


あれは、今から10年程前のこと…












シアナは父と2人で今シアナが1人で住んでいる家で暮らしていた。
シアナの父は主に地中にあるマグマやそのエネルギーについての研究をしている研究者だった。
母はシアナを産んだ後、割とすぐに亡くなってしまい、シアナが片耳につけているピアスは元は母のもので片方は母と一緒に埋葬したらしい。



研究で忙しい父だったが、休みの日にはミナモのコンテストやカイナのビーチ、トクサネの宇宙センターなど、いろいろな所へ連れて行ってくれた父がシアナは大好きだった。
シアナの10歳の誕生日に小さい頃から大好きだったアチャモをプレゼントしてくれたのも父だった。



しかしシアナが13歳の時、その大好きな父はシアナの前から姿を消してしまう。
それはマグマ団のリーダーであるマツブサに無理矢理連れて行かれてしまったから。
父にとって最愛の娘を人質にとり、自分の目的のためには父の研究が必要だからと全く感情を感じない表情でそんな事を言われたのを良く覚えている。



次の日、父から連絡が入ったのか慌てて駆けつけたのが家族ぐるみで仲良くしていた父の学生時代からの友人のアスナの父親だったのだ。
1人毛布に包まり、泣きじゃくっていたシアナを優しく抱き締めてくれたアスナの父の暖かさは10年経った今でもはっきりと覚えている。


そのあとシアナはアスナの両親にお世話になり、
20歳になった時にまたこの家で1人で暮らし始めたのだそう。
いつ父が帰ってきてもいいように。



しかしいくら待っても父は帰って来ることは無かった。
それまで何の連絡もなかったが、1度だけ宛先不明の手紙が届いたのだ。
それは間違いなく父の字で、内容はシアナが興味本意で出場したコンテストのこと。
テレビ中継をしていたようで、どうやら父はその中継を見ていたようだった。







「それで、コンテストに出るようになったの?」


「…はい。もっと有名になってテレビに出続ければ、もしかしたらまた父から連絡が来るんじゃないかって思って…」


「シアナちゃん…」


「コンテストが好きなのは間違いじゃないけど、切っ掛けはテレビに出られるから、なんて…」



最低ですよね。と苦しそうに笑いながら言うシアナにダイゴはとても真剣に真っ直ぐな瞳で彼女に答える。



「それは違う。切っ掛けなんて人それぞれだよ。それで結果がどうなるかはその人の努力次第だ。シアナちゃんが努力したから、今の君が居るんだよ。」



だから君はちっとも最低なんかじゃない、僕はそう思うよ。
そう言ってくれるダイゴに、シアナは目の前が涙でぐちゃぐちゃになる。
まるで今まで溜めていたものが一気に崩れてしまったかのように、涙が止まらない。




痛い。
目も、頭も、心臓も。
熱くて、痛くて、それでいてとても苦しい。






「っ…!わ、私、その後、待ってるだけじゃ駄目なんだって、思って…っ!じ、自分なりにマツブサって人のこと、調べたことが、あって…っ!」


「…うん。」


「でも、その人がマグマ団のリーダーって、こと…しか、分からなくてっ…何処にいるのかも、分からな…くて!」


「うん。」


「結局…わた、し…1人じゃ、何も、出来な…っ」



嗚咽を押し殺し、何とかシアナがそこまで言うと、急に全身を暖かな温もりが包んだ。
震えるシアナを隣にいたダイゴが優しく、まるでガラスを触るようにそっと抱き締めていたから。



「ダイ、ゴ…さん…?」


「なら、2人だったら?」


「ふた、り?」


「君は1人じゃない。アスナだっているし、ミクリもいる。」



それに、とダイゴはそっとシアナの額に自分の額をコツンと合わせ、優しく微笑み…




「僕がついてる。」


「!っ…ダイゴ…さ…っ!」



だから泣かないの。とダイゴは彼女の背中を優しく摩り続け、ずっと寂しかったのだと苦しかったのだと。
そう彼女の吐き出す今まで溜めていた言葉を全て聞き、彼女が泣き疲れて眠るまで優しく抱き締めていた。






大丈夫。君は、僕が絶対に守るから




眠っている彼女の頬に光る、涙をそっと拭って。


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