失った空






「今、絶対…っ!」


洞窟の中に響くのは、ヒールが地面を何度も叩く音と荒く辛そうな息遣い。
その音を鳴らしているのは、必死にただ声のする方へと走っているシアナだ。



さっきの声は忘れもしない。
何度も、何度も夢に出てきて。
何度も何度も聞いてきた声。
そのお陰で、決して忘れた事などない声。













(大人しくして下さい。
この娘がどうなってもいいなら話は別ですが。)


(お父さん!ねぇ何処に行くの?置いてかないで!)











「マツ…ブサ…っ!」





いつも澄んでいる空色の瞳の色を曇らせ、ただ必死に走るシアナの腕を、いつの間にか追いついたダイゴが少し強引に掴かんだことでシアナはその足をやっと止める。




「っシアナちゃん!いきなりどうしたの?!」


「ダイゴさん!離して下さいっ!早くしないと、早くしないとっ!!」


「落ち着いてっ!一体何が…!」


「離して下さいっ!!お願いします!!」


「っシアナちゃん!だから落ち着いて!」



何度落ち着かせようとしても離してとしか言わないシアナにダイゴは焦りを見せると、初めに聞いた声よりも遥かに近くなった声がまた聞こえてくる。



「っ…!」


「!シアナちゃん?!」




またあの声だとダイゴが一瞬気を抜いてしまった瞬間、瞬時に走っていくシアナをダイゴはしまった!と慌てて追いかける。
その後ろで黙っていたバシャーモとハッサムが小さく舌打ちをしたことは、かなり先まで行ってしまったシアナとそれを追いかけるダイゴの耳には届かなかった。















「っシアナちゃん!」


「はあっ……はっ…!」




シアナが一心不乱に全速力で走るものの、結局そこは男女の差。
更に運動神経の良いダイゴの足の速さも相まって、またすぐにその華奢な腕を掴まれたシアナは何度も腕を振り回す。
それも、折れてしまうのではないかと思う程に、強く、激しく。





「シアナちゃ………っ?!」


「はな、し、て…っ!!」





肩で息をして、震える足で必死に立って。
ただひたすらに離してとだけ言うシアナの顔を確認したダイゴはそのあまりの表情に頭も体も一瞬にして凍りつく。


ねぇ、どうしてそんな瞳をしているの。
いつもの君の綺麗な澄んだ空の色はどうしたの。




どうして、そんなに無表情なの。







何も言えず、ただ腕を離してもらおうと藻掻くシアナの腕を離すことだけはしてはいけないと必死にその消えてしまいそうな彼女を引き止めるダイゴはふとここが見晴らしのいい場所だということに気づく。


どうやらシアナの後を追っている間に相当上の方まで登って来ていたようで、下の方に人影が見えることに気づいたダイゴは未だに荒い息をしているシアナの肩をそっと引き寄せると状況を把握する為にその会話と光景を確認する。




あれは、マグマ団だろうか。
それに研究者のような男性と、まだ幼さの残る少年と少女の2人。

そしてその少年はムロタウンにある石の洞窟で石碑を見ていたダイゴに会社からの手紙を届けてくれたユウキというトレーナーだった。






「ユウキくん…と、それにあれはマグマ団のようだけど…シアナちゃん、取り敢えずあの連中が君と何か関係があるんだね?」


「っダイゴさん!すみませんけど今は本当に離して下さいっ!私、あの人をずっと探してたんです!」


「っ、落ち着いてシアナちゃん!あの人って一体誰のこと?!あの連中の中に…」


「っ!ダイゴさん!お願いですから!ここで見失ったら!私、私っ!!!」


「…っ、シアナちゃん、ごめん!」



落ち着けと言っても離せとしか言わないシアナにとうとうダイゴは手刀でシアナの気を失わせた。
それを後ろで見ていたバシャーモとハッサムがすぐにピクリと体を動かして反応をしたが、ダイゴが気絶させただけだと理解してくれたようで何もしてこない。
それよりもこの2体は凄まじい勢いで連中を睨みつけている。




「「……………。」」


「バシャーモ…?ハッサム…?」




気を失ってぐったりとしているシアナを優しく支えながら、ダイゴは必死に今の状況を整理しようと思考を巡らせる。

しかし、いきなりの事だった為に何が何だか理解が追いつかない。
だが、少なくても今まで比較的大人しかった筈のマグマ団が動き出していることは理解が出来た。
そして、この連中が自分の大切な人と何か関係があることも。


彼らは陸を広げる為に活動をしているのだとダイゴは記憶しているが、それにしてもこの状況と雰囲気は正直嫌な予感しかしない。
このホウエン地方のチャンピオンとしても、この地方を守る為に彼らの事をもっと調べてみた方が良いだろう。


そして何よりも…




「シアナちゃん…君は一体…何を抱えているんだい…?」



先程まで光を失っていた瞳を閉じ、完全に自分へと体を預けているシアナを苦しそうな表情で見つめていたダイゴの耳に、ユウキの怒り混じりの声が入ってくる。

その声でまた下を確認すれば、どうやらユウキ達がマグマ団を倒し、捕まっていた研究者を助け出したようだ。
やはり彼、ユウキはバトルの才能がある。






「…一度、良く調べてみた方がいいな…でも、まずはシアナちゃんが先だね。」


「…………。」




主人を大切そうに抱え、真剣な表情を見せてそう言い放つダイゴの姿を見たバシャーモは、誰にも気づかない程、ほんの僅かに目を見開いた。

そんなバシャーモにシアナを自分の家に運ぶから心配するなと説明したダイゴが彼らのモンスターボールを借りてボールに戻そうとバシャーモ達にボールを向けるが、バシャーモは突然ダイゴの手を取ると、その手の平にそっと何かを乗せる。






「…え…?バシャーモ……これって…」


「…………。」























あの後、シアナを横抱きにし、急いで洞窟から出たダイゴはエアームドに頼んで自宅に向かうように説明する。
エアームドも気絶しているシアナを見て心配になったのだろう、いつもよりも速く、それでいて揺れないように気をつけて飛んでくれた。

そんなエアームドのお陰で割と早く着いたダイゴはお礼を言ってエアームドを戻し、シアナを自分がいつも使っているベッドへと運ぶ。




「…シアナちゃん……」




いつも優しい表情で笑いかけてくれるシアナがあんな苦痛な表情をしていたのは、きっと何か理由があるはず。
まずは彼女から話を聞きたい。





「君のあんな顔は、僕はもう見たくないよ……あまりに辛すぎる。」





ダイゴはそう言うと、シアナの柔らかな髪をまるでガラスを扱うかのように優しく撫でる。

どうか、目が覚めた時には少しでもあの空の色が戻っていますように。



そう静かに願いながら、ダイゴはシアナが自然に起きるのを待った。


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