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愛の綴りを教えて


つんと逸らされた顔と目につく細い首筋。いつもなら簡単にふらふら誘われるけど、今日ばかりはそうもいかなくて。

「…機嫌、直してよ」

俺の頼みも耳からすり抜けてしまうらしい彼女は、反省の色を認めてくれなかったのか眉間のしわをいっそう深くした。赤信号で停車中にこっそり覗き見る助手席。謝ってんのに、めんどくせーって、思わないわけじゃないけど。今回はさすがに反省してるから、甲斐甲斐しく従順なふり。
マイペースすぎるがゆえに遅刻の多い俺でもこんなに待たせてしまったのは初めてで、内心わりと焦ってる。観たかった映画はとっくに始まってるし、次の時間に入ろうにもこの後の予約に間に合わなくなってしまう。

お互いそれなりに忙しいふたりが、久々に休みを合わせて会ってるっていうのに。この重苦しい空気。自分が悪いのは百も承知だけど、今日という日に俺の遅刻。ちょっとくらい何か察してくれてもいいんじゃないの、なんて、かっこ悪すぎる責任転嫁。

「ねぇ、ごめんって」
「…」
「まだ公開したばっかだしさ、次また行こうよ。だから今日は…あー…反省してる、ほんとに。だから、」
「…がう」
「は?」
「そんなこと怒ってるんじゃない」

こちらを振り向いた表情があまりに悲痛で思わず口をつぐんだ。
…しまった。これは、怒りではない。

「私は今日、待ち合わせのずーっと前に目が覚めたよ。いつもの何倍も時間かけてメイクして、何日も前から決めてた服着て、…た、」
「…」
「楽しみにしてたのに…」

英はそうじゃなかったのって、続く言葉はついに震えた。頭の中で先ほどまでの自分をぶん殴る。怒りじゃない、怒ってたんじゃなくて、悲しんでたんだ。今日という日を心待ちにしていた自分と、遅刻してきた俺の温度差に。

こんなんじゃあもう予定変更。かっこよく決めたかったけどそんな見栄はどうでもいい。こいつを悲しませていい免罪符にはならない。こんなはずじゃなかったと思えど朝寝坊した時点で計画は台無し。あとはもう、今できる最善で切り抜けるしかない。無言でアクセル踏んで、ハンドル切って目当ての場所へ。

***

予定を変更して向かった先は僕らが出会ったカフェだった。助手席のなまえは不思議そうな顔で行き先を窺っていたけれど、ようやく見慣れた道に出たとき自分が怒っていたことを思い出したのか、再度眉間にしわを寄せて窓の外を向いた。…怒りが持続しないのが彼女のいいところでもある。

近くのパーキングに車を停めて、渋る彼女を連れ出す。機嫌の悪そうな顔も、ここまでくればただのポーズだ。俺の遅刻癖に反省を促したいところではあるのだろうけれど、久しぶりに会えたのが嬉しいという気持ちもおそらくあって、揺れ動いてるのが傍目でもよく分かる。分かりやすくてとても助かる。
勝手知ったる、というふうに彼女の分も飲み物を注文する。そのままカウンターで飲み物を受け取りテラス席に移動すると、秋口の冷たい風のせいか人影は少ない。

「えー、っと」
「…」
「まず今日は、遅刻して本当にごめん。約束してた映画も結局見れなかったし、申し訳ないとは思ってる。だけど、今日のメインは正直そこじゃないから、そろそろ許してほしい」
「えっ」

目をひん剥いた彼女に、そっと拳を握る。掴みはオッケー。脳裏に高校時代の先輩の顔が蘇る。「自分のペースにしたいなら、相手のペースを崩すところから」。部活以外では大して尊敬もしていなかったが、さすがにこの状況では感謝せざるを得ない。
僕のあんまりな言い草に怒っていいのか呆れていいのか、感情が迷子になっている彼女に、今が好機と畳みかける。

「今日誘ったのは映画が見たいからじゃなくて。…プロポーズしようと思って」
「…プロポーズ、」
「うん」
「……はァ?!」

先ほど以上に目を見開いた彼女は、思わず出た声の大きさに自分で驚き、手で口を押さえ、次いで顔を真っ赤にした。その様子に自分まで赤面していくのが分かって、隠すようにポケットから小さな箱を取り出す。手ざわりのいいベルベットのそれは、昼過ぎの穏やかな日差しを受け、ゆるく輝いていた。発言を証明する現物の登場に、彼女の瞳は数度瞬く。それは幻覚を覚まそうとするようにも、涙を耐えているようにも見えた。

「…こ、こんなタイミングで、言う?ふつう。私怒ってんだけど」
「今日言うって決めてたからね」
「しかもこんなとこで…」
「ほんとは夜にレストランで言う予定だったんだけど」
「ええ…」
「昨日は緊張して寝付けなくて寝坊しちゃうし、お前の機嫌は悪いし、プロポーズ失敗したらどうしようかと思ったけど」

そんな最悪の事態にはならなさそうでよかった。
彼女はようやく状況を飲み込んだのか、表情に本格的に泣きが入る。

「…私みたいなせっかちな子で、いいの?」
「俺がマイペースだから、ちょうどいいんじゃない」
「ちょっとマイペースすぎるけどね」

本日初めての笑顔と、涙の滲む声。伝えきれない想いが涙になって溢れていく。ぐっと飲み込んだ言葉、寂しさも悲しみも、喜んでくれていると分かるからこそ胸に刺さる。
年齢を重ねていくばかりで、いつまで経ってもどこか頼りないふたり。遅刻癖の直らない俺と、流されやすいなまえ。俺も君もひとひら。でも、手を繋げばきっとどこまでもいけるから。

「俺と、一緒になってください」


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