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まぶたの浸透圧


朝方、ふと目が覚めた。ぴたりと張り付く目をこじ開ける。夏の暑さは苦手だけど、冬よりも暗い時間が短いから。そこだけは好きだ。さて、今何時だろう。アナログ派の俺とデジタル派のなまえ。散々好みを主張し合った末に根負けしたのは俺だけど、デジタル時計の便利さに早くも頭が上がらない。アナログに戻れなくなったらどうしよう…と思いつつ、眺めた時計に浮かび上がる数字は5:26を指している。

やわらかな陽光の中、つるりとしたおでこをそっとなぞってみる。薄いカーテン越しの日光に浮かび上がる白いその額。眠りが浅いのか、瞼がぴくぴくと動いている。アホ面ここに極まれりって感じだけど、気の抜けたそれがまたいい。
六つ子の俺とひとりっ子のなまえは、寝相の相性がすこぶる悪かった。と言っても、誰かと寝ることに慣れている俺は、まったく問題なかったわけだけど。繊細なこいつは、俺と一緒に寝起きするようになった頃は眠れなかったらしい。今でも昔を懐かしんでは文句を言われる。それでも、なまえは毎日一緒に寝ることを選んだ。それがどうしようもなく嬉しかったなんて、言わなくても分かってるんだろう。特別が当たり前になるって幸せなことだ。むにゃむにゃ動く唇。きっと夢でも見ているんだろう。俺が出ていなくても構わないけど、幸せな夢であればいい。

深い眠りから不本意に目覚めてしまって、身体はまだまだ睡眠を欲しているはずなのに、睡魔はやってこない。どうしようもなく疲れてるけど、それ以上の充足感が邪魔をするからきっともう眠れない。昼まで寝ようと意気込んで眠った次の日ほど早く起きてしまうのは本当にふしぎである。なんて、こんな些細なこともニートの時分は知らなかった。

家を出ることを家族に告げたとき、みんな突然すぎると驚いた。巣立ちを決めたのはもっとずっと前だけど、きちんと目途が立つまでは誰にも言わずにいたから、驚くのも無理はなかった。特に、俺を闇人形だなんだとけなしていた末弟なんかは、兄弟の中で俺がいち早く自立を決めたことにかなり焦った様子だった。ざまあみろ。
そんな兄弟たちの阿鼻叫喚の中、ひとりだけ。生まれた順的にふたつ上の兄だけは、何かを探るようにじっとこちらを見たあと、いつもの気取った面ではなく、素であろう人好きのする顔でふっと笑った。それを見たときに、奥底にあった隠し切れない不安がじわっと、春の陽射しにゆっくり蒸発していく通り雨の雫みたいになくなった。それを気恥ずかしく思いながら、こいつのこういうところが嫌いだとケツに蹴りを入れておいた。カラ松はそれでも優しく笑った。

始まった新生活はそれこそ幸せなことばかりではなかったし、衝突もあった。喧嘩の後の重い空気に耐え切れずなまえが家を飛び出していくこともあったし、逆に語彙力豊かな叱責から俺が逃げ出すこともあった。それでも、ちゃんとこの家に帰ってきて、ぎこちなく仲直りして、夜は変わらず一緒に寝た。それこそが幸せなのだと、手探りながらふたりで少しずつ知っていった。

いつもよりボリュームの少ない睫毛、血色のない頬。いつの間にか見慣れた本来の顔。あの洗練されたうつくしさが、彼女の努力の結晶だということを知っている。だから、すっぴんも嫌いじゃないなんて、あんまり言いたくない。そんな言葉を許されるのは、きっともう少し先の話。喧嘩したってちゃんと仲直りできる俺たちでありたいけど、なるべく仲良くしていたいから。


本当は、僕の夢だけ見ててほしい。幸せな夢じゃなくても構わない。喧嘩する夢でもいいよ。それで起きたとき悲しい気分になっても、ちゃんと寄り添ってあげる。それでもだめなら、食べるだけで安心できるような、あったかいごはんを作ってもいい。料理なんてできない僕だけど、フレンチトーストだけは練習したんだ。お前が好きだって言うから、仕方なく。


不安もあるけど、いまや当たり前になった幸福に比べると、やっぱり些事で。同じように、お前が持ってる不安は俺が消してやりたいと思うよ。モラトリアムの長かった俺だけど、それでも、

「…はよ」

寝ぼけまなこに、乱れた前髪。かわいくない唸り声。飾り気のないそれらを、俺はもう手放せないから。


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