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脱ぎ捨てたパンプスが泣いていた


ぐいぐいと力任せに腕を引っ張られ、痛みも忘れて戸惑った。いつでも余裕めいている顔が、態度が、歪むのを初めて見た。付き合いだけは長いけど、この男にこんなにも雑に扱われたことがあっただろうか。

「ちょっと…ッ」

駆け上がる階段。汚れひとつない白い壁。呼吸が、乱れる。足が上がらない。本格的な運動なんて、もう何年も前にして以来だ。既に何度か段差にヒールを引っかけそうになっていて、そのたびにひやりとする。でも、ここで私がバランスを崩しても、きっと危なげなく引っ張り上げてもらえるだろうと頭の片隅で思った。私は、私が思うよりもこいつを信頼しているらしい。
ようやくたどりついた涼太の部屋。鍵を開ける動作も慣れたもので、勢いよく滑り込んだ502号室。

「…さっきの男、誰っスか」
「いたい、」
「早く答えて」

困惑。
言葉も状況も何ひとつ飲み下せない。私の目が訴えるそれに気が付いたのか、気まずそうに目を泳がせた彼は、手のひらで顔の片側を覆った。

「俺のものになってくれなくてもいいよ」

黒を基調とした静かな部屋に、白く甘やかな言葉が落ちる。じわりじわり拡がって、もう私の視界はぼやけている。

「だから、お願い」
「誰のものにもならないで」

懇願。
泣く寸前みたいな情けない顔。愛の言葉。どれもこれも信じがたくて、押し付けられた壁の冷たさだけが私の現実だった。涼太の熱く濡れた息だって、私は知らずに済んだはずなのに。

「意味、わかんない」

呆れた私の声に、びくりと竦みあがったのが全身から伝わって、本気を知る。何はともあれ、まずはスキンシップ過多な私の実弟を紹介するところから始めよう。


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