雨色で嫉妬するブルーベル

「……うーん、」

どうしようか。
目の前に鎮座しているホールケーキを見て、私は頭を悩ませていた。

今日は、「ケーキ食べたい! 苺のショートケーキ!」というブルーベル様のご要望により、部屋の備え付けキッチンでそれを作らせて頂いたのだが…。予想以上に、ちょっと……いや、かなり大きめのものが出来上がってしまったのだ。
ケーキは日持ちするものではないから、出来れば今日中に消費してしまいたいのだけれど、こんな量をブルーベル様お一人に食べさせるわけにはいかない。そんなことをしては、夕飯が食べられなくなってしまう。かと言って、捨ててしまうのはさすがに勿体ないし……。

「なまえ、まだー?」

私が悩んでいる間に、待ち切れなくなったのか、ブルーベル様がキッチンに入ってきた。そして私の前にあるケーキを見て、キラキラと目を輝かせる。

「美味しそう! それ全部食べていいの!?」
「いえ、全部はダメです」

即答すると、ブルーベル様はあからさまに不機嫌そうな表情になった。

「……じゃあ何でそんなおっきいの作ったのよ」
「ちょっとした手違いですかね…」
「ふーん」

興味なさそうに頷いたブルーベル様。……ああ、そうだ。

「白蘭様をお呼びしてもよろしいですか?」
「なんで?」
「これを一緒に片付けて頂こうかと思いまして」

ブルーベル様は僅かに考えてから、渋々と言った様子で「…いいけど」と呟いた。

「ありがとうございます」
「……」
「…また作りますから」
「……約束だからね」
「はい」

拗ねた様子のブルーベル様を内心微笑ましく思いながら、白蘭様の部屋と通信を繋ぐ。
「ケーキ? 行く行くー。待っててねー」と軽いノリで通信を切った白蘭様は、数分後に何故か真6弔花の方々を連れて現れた。

「やっほー」
「…え、えぇと…」

扉を開いたところで固まった私を不審に思ったのか、ブルーベル様が背後から顔を覗かせた。

「なまえ、何して……なんで桔梗達がいるのよ」

後半に険を含んだブルーベル様の台詞に、ザクロ様が鼻で笑いながら答える。

「バーロー、白蘭様から呼ばれたに決まってんだろ」
「ザクロには聞いてない! …ちょっと、びゃくらん!」
「美味しいものはみんなで分け合った方が、もっと美味しくなるんだよ?」

白蘭様はにっこりと笑って、室内に入ってきた。それに真6弔花の方々もぞろぞろと続く。
それを見ているうちに、ふと我に返った私は、増えた人数分の紅茶をいれる為にキッチンに向かった。ブルーベル様は不満げな表情をしながらも、白蘭様たちと同じようにソファに座った。

「ハハンッ、貴女がなまえですか」

不意にかけられた声に振り返ると、柔らかい笑みを浮かべた桔梗様が背後に立っていた。

「一人では大変でしょう、手伝いますよ」

断る間もなく、ケーキの載ったお盆を持って下さった桔梗様。

「では行きましょうか」

…せっかくなので、お言葉に甘えさせていただくことにしよう。私もティーポットとカップを載せたお盆を持つ。

そんなことより。

「あの……どうして私の名前をご存知なのですか?」
「よくブルーベルから話を聞いていまして」

ニコッと笑った桔梗様。それは……どんな風に聞かされているのだろう。雰囲気からして、そんなに悪いものではなさそうだが…。
少し眉を寄せてしまった私を見て、桔梗様が安心させるように笑った。

「ブルーベルは貴女のことを
「なまえちゃーん、まだぁ?」
……ハハンッ、白蘭様がお待ちかねのようですね」

……まったく、タイミングの悪い上司だ。
ため息を吐きながら部屋に戻って、全員に紅茶とケーキを配る。白蘭様の隣に座ったブルーベル様が、逆の隣をバンバン叩く。

「なまえ! ここ座って!」
「え」
「はーやーく!」
「…は、はあ」

彼女はなぜか非常に不機嫌そうだった。大人しく座ると、ぎゅうと腕を強く捕まれた。……一体どうしたと言うのだろう。

「いただきまーす」

白蘭様が食べ始めると、真6弔花の方たちも各々手をつけ出した。

「これは素晴らしいですね」
「ぼ、僕チンこんな美味しいケーキ食べたの初めてかも…」

どうやら桔梗様とデイジー様はお気に召してくださったらしい。…よかった。

「美味ぇが、俺はもうちょっと甘くねぇ方が好きだ」

もぐもぐとケーキを食べながらそう評したザクロ様を、ブルーベル様がジロリと睨む。

「文句言うなら食べないでよ」
「好みを言っただけだろうが、バーロー」

……甘さ控えめ、か。
確かにブルーベル様の体のことも考えれば、糖分の取りすぎは良くないのかもしれない。今度作ってみよう。

「……それにしても、」

食べ終えたザクロ様が私を見ながら口を開いた。思わず首を傾げる。

「この電波娘が懐いたっつーから、どんな電波かと思ったら、意外と普通の奴じゃねーか」
「…?」
「料理もお上手ですしね」
「ブルーベルは毎日食べてるんでしょ? 良いなあ」
「アンタもこんな電波の相手は大変だろうな」
「い、いえ…」

突然話を振られて、慌てて答える。恐らく、電波というのはブルーベル様のことだと思うけれど、彼女はそんなに突拍子もないことを言ったりはしていないはず…。
と思ったところで、隣のブルーベル様が勢いよく立ち上がった。

「もーっ! ザクロうるさい! 食べ終わったなら早く帰りなさいよ! ブルーベルはこれからなまえと一緒に筋トレするんだから!」

いきなり叫んだブルーベル様に、皆が呆気に取られた───かと思いきや、驚いたのは私だけだったらしい。

「ハハン、では私たちはこれで失礼するとしましょう」
「僕も仕事しに行かなくちゃねー」
「今度は甘さ控えめの作ってくれよ」
「ごちそうさまでした」

あっさりと言って、四人は出口に向かう。最後に部屋を出ようとしたデイジー様が立ち止まって振り返り、ちょいちょいっと私を手招きした。
背中にブルーベル様の強い視線を感じながら、デイジー様に近付く。

「……何でしょう」
「キミのこと、いつもブルーベルが僕チンたちに自慢してるんだ」
「…え」

目を見開いた私を見て、デイジー様が小さく笑う。

「ケーキ美味しかったよ、ありがとう。バイバイ」

そう言って、パタリと扉を閉じた。
……ブルーベル様が、私のことを?

「なまえ!」
「はい」

緩みそうになった口元を引き締めて振り返ると、ブルーベル様が抱き着いてきた。

「…ブルーベル様?」
「……なまえは、」
「はい?」
「なまえは、ブルーベルの世話係なんだからね! わかった!?」
「……もちろんです」

今度こそ緩んでしまった口元は、しばらくは戻りそうになかった。

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