本番で他の人視点

とある放課後。忘れ物をした俺は、人気のない廊下を歩いていた。
忘れたのは明日提出の数学の課題で、しかも忘れたことに気付いたのが家の直前の曲がり角っていうんだからもう最悪。普段なら「あー…まあいっか」で済ますんだけど、今回の宿題を忘れてしまったら最後、鬼の三週間連続補習のペナルティーが課されるらしい。数学の先生が、他の先生と比べて尋常じゃなく恐いっていうのもあるけど……ま、そんなわけで、わざわざ学校に戻ってきたわけだ。

ため息を吐きながら自分の教室のドアを開くと、窓際の席で誰かが寝ているのが見えた。
誰もいないと思ってたからちょっと驚いたのと、もしかしたら京子ちゃんだったりするかな…という淡い期待。
緊張しながらそっと近付いてみると、それは京子ちゃんではなくクラスメートのみょうじだった。

「なんだ、みょうじか…」

無意識に止めていた息を、大きく吐いた。いや決して、がっかりしたとかじゃなく。

みょうじは俺が来たことにも気付かずに、穏やかな寝息を立てていた。……大人しくしてれば、普通の女子なのになぁ。はあ、と思わずため息を吐いてしまった。
彼女は、頭の中に時空の歪みが生じているんじゃないかと思うほどに突拍子もない発言をするのだ。しかも、いきなり。それ以外は普通の良い子なのに…。

……とりあえず起こしてあげた方が良いよな。
みょうじの肩に手を伸ばした時、不意に彼女の表情が険しくなった。びくっとして、思わず手を引っ込める。

「…う……ぅう」

どうやら、みょうじは悪い夢を見ているらしい。眉間にしわを寄せて、うなされている。

本格に起こしてあげた方が良いかもしれない。

「おい、みょうじ…」
「醤油……醤油がぁあ…」

えぇええぇえええぇ。

かけた声は、謎の寝言に遮られた。……いやいや醤油って。どんな夢見てんの!?

「ちょ、みょうじ!? 起きて!」
「…む?」

ゆるゆると瞼を開いたみょうじは、寝起きのぼんやりとした瞳に俺を写した。

「…あ、沢田くん。おはよう」
「大丈夫? うなされてたけど…」

みょうじはゆっくりと周りを見回して、「…夢か」と呟いた。
俺はさっさと自分の机から課題のプリントを取り出して、何もない空中を眺めているみょうじに声をかけた。

「帰らないの?」
「……」
「みょうじ?」

反応しない彼女に、ある予感が募る。こういうとき、みょうじは……

「うん、異文化理解って大切だよね」
「どんな夢見てたのー!?」

やっぱり。意味がわからない。

「でも塩分の取りすぎは体に悪いから…」
「正しいけど何言ってんの!?」
「…いや、……私の健康よりも世界平和の方が重要だよね」
「壮大なスケール!」

聞いているのかいないのか、うんうん、と頷いたみょうじは不意に俺を見て首を傾げた。

「ところで沢田くんは何で居るの?」
「ん? ああ、数学の課題忘れちゃってさー」

手に持ったプリントを見せて苦笑すると、みょうじは愕然とした表情を浮かべた。……みょうじも忘れてたんだ。そのまましばらく固まっていたみょうじは、ハッと何かを思い付いたかのような反応をして言った。

「ドライアイス買えばいいんだね!」
「え!? 何で!?」

思わずツッコミを入れてしまったが、みょうじはあまり気にした様子もなくにっこりと笑った。

「起こしてくれてありがとね、沢田くん」
「うん」
「京子じゃなくてごめんね、沢田くん」
「うん……え!? 何!?」

慌てる俺にみょうじは悪戯っぽく笑うと、鞄を肩にかけた。

「それじゃあ私は世界平和の為に醤油を買って帰るので! 沢田くん、また明日ね!」
「…うん? …えーと、またね」

早足で教室を出ていくみょうじに手を振って、俺もプリントを仕舞って鞄を肩にかけた。

とりあえず、世界平和と醤油の関連性が知りたい。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -