本番でヒロインがヴァリアー住みになった時の話

「みょうじ、話があるんだけどちょっといい?」

沢田くんに呼び出しを食らった。
私は両腕を組んで、不敵に微笑んで見せる。

「嫌だと言ったら?」
「何で無駄に反抗的なの!?」

沢田くんのツッコミはいつも安定しているので、私も安心してボケられるのだ。

「これが信頼というやつか…!」
「……俺のツッコミに対する信頼とかなら要らないからね」
「あらあら。鋭いねぇ、沢田くん」
「やっぱり…」

少しげんなりした沢田くんは、気を取り直すように頭を振った。

「立ち話もなんだし……部屋に行こうか」

歩き出した沢田くんの後に続く。

ちなみに、ここは彼がボスをやっているボンゴレファミリーとやらのアジトだ。何故か最近私はこの基地に入り浸っている。いやむしろ、住み着いているという方が正しい。
理由は分からないが、帰ろうとすると皆さん総出で止めようとしてくるのだ。秘密の基地の割には設備がやたら整っていて、特に不自由することはないので別に良いんだけど。それにしても謎だ。

ある扉の前で足を止めた沢田くんは、横のパネルを操作してドアを開けた。扉はメカニックなデザインだったが、中はちょっと豪華めの応接間のようなところだった。
沢田くんに促され、中に入ってソファに腰を下ろす。私の向かいに座った沢田くんは、背筋を伸ばして真面目な顔をした。

「実は…」
「待って沢田くん」

話し出したところで制止すると、沢田くんが困惑したような顔で口をつぐんだ。

「最初に、はっきりさせておきたいことがあるんだけど」
「……何?」

私の浮かべる真面目な表情につられるように、沢田くんも話を聞く態勢になった。それを確認してから、私は表情を崩さないままで口を開いた。

「『実は』とかの『〜は』っていう助詞は、ローマ字表記すると“ha”なの? それとも“wa”なの?」
「ああああもう! 真面目に聞こうとした俺が馬鹿だったよ!」
「えっそんなことないよ! 沢田くんは馬鹿じゃないって!」
「食いつくとこはそこじゃないし! フォローいらないし!」

頭を抱えて叫んだ沢田くんは勢いよく顔を上げて、キッと私を睨んだ。

「真剣な話なんだから! みょうじも話の腰折らないで!」

それからローマ字は基本“ha”の方の表記だけど、どっちもあるから!

ムスッとした顔ながらも、ちゃんと答えてくれる沢田くん。律儀だ。

しかしひとつ言わせてもらえば、私は決して話の腰を折ろうとしているわけじゃないのだ。骨折はきっと痛いだろうし、私には他者を痛め付ける趣味もなければ、他者の腰を折るほどの力もない。むしろ、私の力程度で折れる話の腰の方が弱すぎるのだ。幼い頃から好き嫌いしてカルシウムをちゃんと取らなかったからダメなのだ。だからきっと話の腰は骨粗鬆症なのだ。それにしても骨粗鬆症って言いづらいなぁ。

「……ってことなんだけど。みょうじ、分かった?」

沢田くんが私の反応を窺うように尋ねてくる。やばい、全然聞いてなかった。

「大丈夫だよ?」
「…本当に?」
「うん」

疑わしげに私を見ていた沢田くんは、あろうことか「じゃあ今どんな話してたか簡単に言ってみて」と言ってきた。まさかの無茶ぶり。

「おいおい君はタチの悪い教師か?」
「違うし。逆に俺そういう教師に絡まれてた生徒の方だよ。……いいから言ってみて」

ツッコミは欠かさないながらも、そこを譲る気はないらしい。私は諦めて口を開いた。

「……おじいさんが山へ芝刈りに行って帰ってくる話」
「昔話かよ! ていうか往復で終了!?」
「あ! わかった! 裏切り者をコンクリート漬けにして海に放り込む話だ!」
「全然わかってないだろ! ていうかそんなことしないから! マフィアってイメージだけで勝手に変な話作らないでくれる!?」

やっぱり聞いてなかったか……みたいなジト目で見てくる沢田くんの視線を避けると、沢田くんはため息を吐いた。

「聞いてなかったなら、そう言ってくれればいいのに」
「ごめんなさい」

大人しく謝ると、沢田くんは苦笑して「もう一回話すから今度はちゃんと聞いててね」と言った。申し訳ない。

「実は、みょうじは……」

沢田くんが口を開いたと同時に、応接間のドアも開いた。
そちらに目を向けると、何故かザンザスさんが立っていた。

「ザンザス!」

声を上げた沢田くんにちらりと一瞬視線を投げたザンザスさんは無言でこちらに歩いてきて、突然私を担ぎ上げた。えっ何これ私どうすればいいの?

「あ、ちょうどいいや」

沢田くんがぽん、と手を打った。

「みょうじ、ザンザスから説明してもらってよ」
「………話してねえのか」

眉間にシワを寄せたザンザスさんに、沢田くんは苦笑いして「みょうじが聞いてなかったんだよ」と言った。申し訳ない。

「じゃ、みょうじのことよろしくね」

沢田くんは笑顔で手を振った。ザンザスさんは無言で部屋を出ていく。私を抱えたまま。

「ザンザスさんザンザスさん」
「…何だ」
「私、自分で歩きますよ」
「……」

ザンザスさんは立ち止まって、私を床に降ろした。そのまま歩き出した彼について行く。ザンザスさんが何も言わないので私も何も言わないのだけど、結局これは何処に向かっているんだろう?

「……」
「……」

……まあ、ザンザスさんが言わないということは、おそらく私が知らなくても平気なことなんだろう。行く先がわからなくても、ザンザスさんが私を酷い目に遭わせたりするわけがないんだから、大丈夫に決まってる。何だかんだで優しいからね、ザンザスさんは。今だって、さりげなく私に合わせてゆっくり歩いてくれてるし。気遣いができるイケメン……パーフェクトだな。

頭の中で自己完結してから、私は歩調を早めてザンザスさんの横に並んだ。



この時点の私は、まさか自分がこれからイタリアに密入国紛いのことをするとは微塵も思わず、ただとりあえずザンザスさんのイケメン度合いについて考えを巡らせていたのだった。

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