ザンザスと受験生くーりすますが今年もやーってくるー
……なんていう楽しげな曲が流れる季節がやってきた。
世間はみんなクリスマス一色である。そんな、純粋な子供かリア充だけが楽しいようなイベントを盛大に宣伝すんな! と叫びたくなる私は、何を隠そう受験生である。そして非リア充である。加えて純粋な子供でもないので、サンタさん(と言う名の両親)もプレゼントはくれないのである。受験生にクリスマスなんぞ存在しないのである。…この切なさである。
うだうだと考えながらも、私はカリカリと必死にシャーペンを走らせる。
なにゆえ数学にxとかyとか(ひどいときにはzまで)、アルファベットが出てくるのだろう。解せぬ。
「…だああっ!」
ガン!
行き詰まってしまい、思わず机に突っ伏す。やり方を間違えて、思いっ切り額をぶつけた。ジンジンする。
「…はあ」
ため息を吐いて、体勢はそのままに顔だけを上げれば、顎の下のプリントはくしゃりと歪んだ。
「集中できないしっ!」
反動をつけて上体を起こし、その勢いで背もたれに寄り掛かる。頭を支えるのを放棄して、ぐでん、と体重をかけると、逆さまになった視界に見慣れた男の人が写った。
「……あれ」
「…何してんだ、お前は」
体勢を正位置に戻して、ぐりんっと振り向くと、眉間にシワを寄せたザンザスさんが今度はちゃんと逆さまじゃない状態で立っていた。
「こんばんは、ザンザスさん」
私がせっかく挨拶をしたというのに、ザンザスさんは無言で私の襟首を掴んで引っ張った。もちろん、私は椅子から無様に転げ落ちた。いきなり何するんだこの人。
「……いたい」
ザンザスさんはそんな私を「ハッ」と嘲笑って、くるりと体を反転させた。
「ついてこい」
そして明らかに拒否権のない命令である。
わざわざ逆らうほど馬鹿ではないので、私は渋々立ち上がった。「勉強中なのに…」と聞こえよがしに呟いてみたけど、普通にシカトされた。こんちくしょう。
ザンザスさんは迷うことなく玄関に向かった。え、外に行っちゃう展開なの? という私の混乱など知るわけもないザンザスさんは、サッと玄関を開ける。おい待て閉めろ寒いだろ。
「早くしろ。寒い」
「いやドア開けてんのザンザスさんじゃないですか! 閉めてくださいよ!」
ハァ? 馬鹿じゃねぇの? みたいな顔をしたザンザスさんの奥に、高級そうな外国車が見えた。さらにその奥には、物珍しそうに車を眺める近所の人達が見えた。ちなみに、ここは普通の庶民が暮らす住宅街である。
「……え?」
「乗れ、行くぞ」
訳もわからぬまま、とりあえずその場の流れで車に乗り込んでしまった。その後に続いてザンザスさんが乗る。「出せ」「はい」車はエンジン音すらたてずに、滑らかに動き出した。
「……え?」
「……」
「……え!?」
ザンザスさんは私の困惑した呟きもスルーしやがる。くそっ!
仕方がないので、先程勉強した公式を脳内で復習することにした。
………………。……いや、やっぱり止めよう、辛くなるから。
涙を堪えているうちに、静かに車が止まった。思ったより早いな。そんなに遠くに行くわけじゃないのか。
ザンザスさんが颯爽と車を降りた。私も慌てて後を追う。
車外はもちろん寒くて、吐く息も白かった。周りは暗くて、人気はない。ザンザスさんは少し離れたところに立っていた。服越しに腕を擦りながら近付く。
「ザンザスさん、ここどこで……っ!」
ザンザスさんの横に立った瞬間、言葉を失った。
今立っている場所は、少し小高い場所らしい。眼下に広がる並盛町は、民家の明かりとクリスマス用のイルミネーションによって輝き、幻想的な夜景を生み出していた。
「きれい…」
呆然と呟いた私に、隣にいたザンザスさんが満足げに笑った気配がした。
「テメェは根詰めすぎなんだよ」
「え…」
「息抜きくらいちゃんとしやがれ」
ぼすん、と大きな手が頭に乗っかった。
身体は寒いはずなのに、何だかすごく暖かかった。
「……っくしゅ!」
しばらくして私がくしゃみをすると、ザンザスさんは「そろそろ帰るか」と笑った。小さく頷く。
……明日から、また頑張ろう。