十年後雲雀さんにたじたじ

背中には壁。
正面には雲雀さん。

「あの…」
「何」
「あ、いや…なんていうか……ナンデモナイデスゴメンナサイ」

恐る恐る声をかけたが、威圧的な声に封じ込められた。

こ、こえええええええ。雲雀さんこええよ。

手に持った報告書を、両腕で抱え込んだ。これからボスに提出しに行かなくてはならないものだ。提出さえすれば、私の今日の業務は終わりなのに、今思わぬ足止めを食らってしまっている。早く家に帰りたい。でも帰れない。

怖い気持ちと帰りたい気持ちを天秤にかけつつ、私は一生分の勇気を振り絞った。

「あの…報告書を提出しに行きたいのですが」
「ふーん、行けば」
「……」

そう。確かに、雲雀さんは腕を壁についたりはしておらず、壁を背にした私の前にただ立っているだけだ。つまり、普通なら私は左右にズレて雲雀さんをかわすこともできる。……のだけれど。左右にズレた瞬間に何か怖いことが起こりそうな予感がして動けないのである。腕を使わずに精神的壁ドン状態を作り出すとは……さすが幹部の人は違う。

「……じゃあ、あの…失礼しま」
「何? 聞こえないんだけど」

うおおおおおおおおおおおおおおい! 何なんだこの人! おい!
理不尽に、泣きそうになっていると、ちょうど誰かが廊下を通った。

「あれ? 雲雀になまえじゃねーか! こんなところで何してんだ?」
「! や、山本さん!」

私の直属の上司、山本さんだった。
よかった! この流れなら自然に抜け出して報告書を出しに行ける! と、謎の確信をもって一歩踏み出す。

ヒュンッ

「……」
「……」
「? どうしたなまえ?」

一瞬だった。ほんの一瞬だったけど、確かに今目の前をトンファーが通過した。

「……や、あの。…なんでもありません」
「…ん? それ持ってんの報告書か?」
「! そうです!」

山本さん良いところに気付いてくれた! そうなんだよ私報告書提出しなきゃいけないの! だから早くこの場から連れ出してください! ホントに!
切実な心の声が届いたのか、山本さんは明るい笑みを浮かべて私の手から書類を抜き取った。……って、あれ?

「オレ、今からツナんとこ行くから、ついでに渡しといてやるよ」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
「ははっ、遠慮すんなって」

遠慮とか! してないから! 何でそっち方向に落ち着いたし! 私としては「じゃあ一緒に行くか」っつってこの状況から救い出してくれることを期待してたんですけど!?

「いやあのほんとに遠慮とかじゃなくて」
「いーっていーって! じゃあなまえ、お疲れ! 雲雀もあんまソイツのこといじめないでやってくれなー」
「うるさい早く行けば」
「ははっ、こえー」

山本さんは終始爽やかな笑みを浮かべて、爽やかに去って行った。…ブレないなあの人。

「……」
「……」

さて、状況は振出しに戻ってしまったわけであるが。……いや、精神的防御(報告書)がなくなった分、むしろ悪化したと言えるのではないだろうか。

「……あの、雲雀さん…私に、何か…?」
「うん、聞きたいことがあってね」

何なんだよもう! それ先に聞けばいいじゃん! 壁際に追い詰める必要とかないじゃん!

「……えっと、それで…聞きたいことというのは…?」

内心だけで激しく抗議しつつ、尋ねる。すると雲雀さんは、


「何で、君は僕を見ないの?」


予想外の言葉に、一瞬頭がフリーズした。……この人、今なんて?

「いつもいつも、どこにいても、君は僕を見てない。今だって、話をしてるのに君は目も合わせない」
「あ、いや…それは…」

違う、とは言わない。
確かに私は、今まで意図的に雲雀さんから目を逸らしていた。

「君が僕を見ないのがムカつく。僕が近くにいないときに笑うのがムカつく。…それを気にする自分にも腹が立つ」

ガッと顎を掴まれて、俯いていた顔を無理やり上げさせられた。雲雀さんの整った顔が予想外に近くにあって、思わず視線を逸らそうとした瞬間。

「逸らしたら、目つぶすから」
「!!」

ぶわっと冷や汗が出てきた。だってこの人本気だ…! こわい!
眼球が固まってしまったかのように動かせず、しばらく雲雀さんと見つめあう。

「……」
「……」

じわじわと顔に熱が集まってきた。

「……」
「……」

…もう無理だ!

「……っうわああああああ!」

大きく叫んで、私の顎を掴んでいた雲雀さんの手を払う。まさか反抗するとは思っていなかったのか、驚いたような表情の雲雀さんが一瞬見えた。
自由になった私はその場でしゃがみこんで、必死に顔を隠す。だってもう今顔熱い! 絶対赤い!

「ねぇ、」
「うわあああああもう見ないでくださいいいいいいいいい」

だから嫌だったんだ。この人と目を合わせるのは。
ぶっちゃけ顔立ちとか雰囲気とか好みドストライクだし、そんなんまともに見られるわけないだろおおおおお。顔赤くして変な奴だとか絶対思われたくないし!

「…ねえ、顔上げなよ」
「無理です…」

今顔赤いって本当に冗談じゃなくひどい顔してるから!
そう思って拒否したのだが、あろうことか雲雀さんは私の頭を掴んで上を向かせた。端整な顔と再びこんにちはである。

「真っ赤」
「っ! うわぁぁぁ」

いやだぁあもうこの人やだぁぁあぁぁぁああ!
慌てて両手で顔を覆った。多分耳まで真っ赤だろうけどもういい。もういいからおうち帰りたい。

「邪魔」
「ちょ、ぎゃあ!」

両手首を掴まれて、あっけなく退けられた。止めてくださいこれなんて虐め。

若干涙が出てきそうなくらい混乱している。なにこれ恥ずかしいし顔熱くてもうなにこれ全然意味わかんない。

「もう雲雀さんやだ…」
「そう? 僕は結構君のこと好きなんだけど」
「!!」

誰か本当に助けて泣く。

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