七年生リーマスとクリスマス

ホグワーツのクリスマスは、いつもとても静かだ。長期休暇で、皆が家に帰るから。
そんな中、私は毎年ホグワーツ居残り組だった。家が日本にあるので、正直旅費もばかにならないという理由だ。

「静かだね…」
「ジェームズもシリウスもどっか行っちゃったからね」
「また悪戯? 七年目なのによく飽きないね」
「むしろ最後だから気合い入ってるんじゃないかな」

寮の談話室で、リーマスと二人、ゆっくりと過ごす。他の人たちはちょうど出払っているので、私と彼の二人きり。とても平和だ。私の心臓以外は。

同じ寮になってからもう七年たつけど、よく話すようになったのは五年生のころだから、比較的最近のことだ。だけど、私はそれよりずっと前から彼のことが好きだった。

「なまえは毎年クリスマス残ってるんだよね」
「へ? え、ああ、うん。家遠いから、いちいち帰ってられないんだ」
「寂しくないの?」
「うーん、まあ…でも慣れたし。……リーマスはいつも帰ってるよね?」
「うん。でも今年は最後だから」

最後。

今年最高学年の私たちにとっては、これがホグワーツで最後のクリスマスになるのだ。

「うわー、なんか最後って感じしないなー」
「僕もまだ実感わかないよ」

リーマスと顔を見合わせて笑う。
まだまだ学生気分で、来年も再来年もずっとこの学校にいられるような気がしていた。

「…なまえは、卒業したらどうするかとか決めてるの?」
「いやー、まだかな。実は、日本に帰るかどうかも決めてないんだ」

私がそう言うとリーマスは、「えっ」と小さく声を上げた。

「日本、帰っちゃうのかい?」
「……うーん、まあ…それも考えてるかな」

七年間、このホグワーツで過ごしてきた。英語だって翻訳魔法を使わずに話せるようになったし、きっとこっちでも生きていける。…でも、

「やっぱり、日本は住みやすくて好きだし」

それに、卒業後はきっとこっちにいられなくなる。気まずくて。
だって私は、最後にリーマスに告白するつもりなのだから。ちゃんとフラれて、自分の気持ちにケリをつけて、そして日本で新しい生活を始めようと思うのだ。

「……なまえ」
「うん、なあに?」

静かに私の話を聞いていたリーマスが、真剣な表情で口を開いた。私はそれに笑顔で応じる。

「…僕、迷ってたんだ」
「?」
「でも、君が日本に帰っちゃうかもしれないなら、今のうちにちゃんと言うことにするよ」
「…リーマス、どうしたの?」
「僕は残り少ない学校生活を楽しみたいから、君の答えが何だって、今までと変わらずに過ごすよ。だから、君も変わらずに僕の友達でいてほしいんだ」

最後の言葉に、ズキリと胸が痛んだ。
リーマスが今から何を言うつもりかなんて知らない。だけど、「友達でいてほしい」なんて。……それは、一番聞きたくなかった。

「……」
「…なまえ?」
「……うん、もちろん。私はずっとリーマスの友達でいるつもりだよ」

にっこりと無理やり笑顔を作った。リーマスは安心したように笑ったけど、少し緊張したような雰囲気だった。
ああ、彼は何を言うつもりなんだろう。でもなんだって、今なら笑って聞いていられる。たとえ偽物の笑顔だって、浮かべていられるならそれでいい。

「あのね、僕は」

リーマスの形の良い唇が動く。


「ずっとなまえのことが好きだったんだ」


思わず、自分の耳を疑った。

「……、」
「初めて話した時から、ずっと」

一年生の時、英語が分からなくて困ってただろう。僕が初めて話しかけた時も、わからなくて泣きそうな顔をしてた。助けてあげたいって思ったんだ。それから、君は翻訳魔法を覚えて、友達ができて笑うことも増えて、僕は安心した。けど、本当は僕が笑わせたいってずっと思ってた。

リーマスは、なまえはもう覚えてないかな、と苦笑した。

「…覚えてるよ。そのあと、ココアとクッキーをくれたよね」

最初は何を言われているのかわからなくて、だけど身振り手振りで「待ってて」と言われて、それに頷いた。リーマスはどこかに行った後、数分で戻ってきた。手には温かいココアと出来立てらしきクッキーを持っていた。笑顔で差し出してきたリーマスからそれを受け取って、たどたどしい英語で「さんきゅー」と伝えたら、彼は少し驚いたような顔をして、すぐに満面の笑みを浮かべてくれた。

翻訳魔法を覚えたとき、本当は一番最初にリーマスに会いに行って、お礼を言おうと思っていたのだ。だけど、既に彼の周りには多くの人がいて、きっと私なんかが話しかけていい人ではないのだと思った。

「…覚えてたんだ」
「うん、リーマスこそ忘れてると思った」
「忘れるわけないよ。だって、それで君のことを好きになったんだ」

リーマスがこちらを見て微笑む。顔が少し熱くなった。

「だからさ、なまえ」
「…うん」
「僕とずっと友達でいてくれる?」
「…うん?」

予想より斜め上のセリフに、私は思わず首を傾げた。

「えっと、…友達?」
「うん。…やっぱり駄目かな」
「ダメっていうか…あれ、リーマス私のこと好きなんじゃ…?」
「好きだよ」
「あのね、…私もリーマスのこと好きなんだけど」
「えっ!?」

リーマスは驚いたような顔をした。そして、嬉しそうに顔をほころばせた。でもそれも一瞬のことで、すぐに寂しそうに笑った。

「ありがとう。…でも、それなら尚更だ」
「……あの、理由を聞いてもいいかな」
「…僕は、まだ君に言ってないことがあるんだ。…君が僕を好きだって言ってくれて本当に嬉しいよ。だから君を不幸にしたくない」

友達でいるのが、一番良いと思う。

小さな声だった。よく分からないけれど、リーマスが隠しているそれが、私を不幸にする、ということなんだろう。少なくとも彼はそう思っていて、だから私の気持ちに関係なく友達でいたいと言うのだ、と思う。……事情は分かった。けど。

「…ごめんね、はっきり言って嫌だ」
「…えっ」
「リーマスが私のこと考えてくれてるのはよく分かったよ。すごい嬉しい。でも正直的外れだし、まったくわかってないとしか言いようがないよね」

目を丸くしてリーマスが私を見つめる。

「リーマスが言わないなら私は聞かないけど、その『言わないこと』を理由に私に我慢を強いるのはやめてね」
「え、でも…」
「私を不幸にしたくない、って言ってくれるのは嬉しいし優しいと思う。でも私は不幸にならないより、幸せになりたいの」
「……」
「好きな人と両想いになって付き合うなんて、ほとんどの女の子にとっては最高の幸せなんだよ」

畳み掛けても、リーマスは困ったように続ける。

「君は知らないから…」
「言われないことはわからないよ。……でもね、私、リーマスが思ってるより弱くないよ。その秘密がなんだって、「実はこの告白はドッキリでした」とかじゃなかったら、君に好きって言ってもらえるだけで全部乗り越えられるよ」
「……で、でも」

ああもう、しぶといな。

「いいから、おとなしく私を幸せにしてください」

私が貴方を好きだと思っていて、そのあなたから好きだといわれる。これ以上の幸せなんてないし、どんなことも、この状況を不幸にするなんてできるわけがないんだ。

「……なんかなまえ、性格変わった?」
「…日本人って言ったとき、みんながヤマトナデシコだーって言うから頑張ってたんだ」

私は基本的におしとやかじゃないし、自分より他人を優先するほどできた人間ではない。
だからリーマスが私と友達でいたいと言おうが、私はそんなのでは満足できない。彼の気持ちを知ったのだから、尚更だ。

「…幻滅した?」

ちらっとリーマスを窺うと、彼は「まさか」と優しく笑った。

「むしろ安心したよ。…ありがとう、なまえ」
「…うん」

リーマスが、切り替えるように咳ばらいをした。

「改めて…なまえ、僕と付き合ってくれますか」

にっこりと、私の大好きな笑みを浮かべた彼に向かって、勢いよく抱きついた。



「もちろん、よろこんで!」



ホグワーツ最後で、最高のクリスマスだった。

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