本番でザンザスに翻弄される

とある日曜日、意味もなく並盛を放浪していると、沢田くんに出会った。

「あれ、みょうじ」
「やーやー、沢田くん」

奇遇だねー、と笑って、そのまま取り留めもない会話をする。宿題はやったか、とか。目玉焼きには何をかけるの、とか。

「ちなみに私は塩派なんだけど」
「会話の流れぶった切っといてそんな話題!? 今数学の話してたよね!? ……まあ、俺は醤油だけど…」

少し呆れてように答えてくれた沢田くんは、何かを思い出したかのように「あ、」と小さく声を漏らした。

「そういえばみょうじ、ザンザスには会った?」
「? …最近は会ってないけど、何で?」
「いやなんか日本に来るらしいってリボーンが……あ、」

沢田くんが、私の後ろを見て固まった。何事かと私も後ろを振り向くと、道の向こうからザンザスさんが歩いてくるのが目に入った。しかし一人ではなく、どうやら女の人と一緒のようだった。……まあ、あれだけイケメンなら彼女の一人や二人や三人や四人や五人や六人(以下略)いたっておかしくもない。

だけど、なぜか胸がモヤモヤしている。何でだろう…。
首を捻ってみた。わからぬ。そもそも靄って何なんだ?

「靄って霧と何が違うの?」
「何で急にそんなことを!?」

この世の中、わからないことだらけだ。

「ところで沢田くん、今モヤッとボールとか持ってない?」
「逆に持ってると思うの!? みょうじは俺をなんだと思ってるの!?」

あらー、そうか…残念…。うん、だがこんなことでへこたれる私ではない。失敗は成功の母だし。また次こんなことになったときのために、モヤッとボールは常にいくつか用意しておこう。それから、投げるとき人に当たったら危ないし、コントロールできるように投球練習もしておかなくては。今度山本くんに相談してみよう。やるからには、徹底的にやらねば意味がない。

「うん、目指すは甲子園優勝…ゆくゆくはドラフト一位指名の投手かな」
「いやどう足掻いても無理だから! 性別的に!」

とうとうその鋭いツッコミで、人の夢を粉々にぶち壊せる段階まで成長したのか、沢田くんは…。相方として、私も精進せねば。…よし。
握り拳を作って決心したところで、再びザンザスさんたちのほうに目をやる。

ザンザスさんはスタスタと歩いていて、女の人はそれに小走りで何とかついて行っているような状態だ。さらに、女の人が何かを言ってザンザスさんに手を伸ばしたが、ザンザスさんはその手をあっさりと叩き落とした。

……随分、私に対する反応と違う。

ザンザスさんは、私と歩いているときはペースを合わせてくれる。手を伸ばしたことはないけれど、叩き落とされることはない……はず。頭とか、よく撫でてくれるし。慣れてるんだろうなあ、やっぱりイケメンは違うぜ! と思っていたのだが。
………ハッ、これはもしかして少女マンガとかでよくある「好きな子にだけ奥手になってしまうチャラい系男子」というやつだろうか…!? 恥ずかしくて触れられない、みたいな…大切にしたいから軽々しくは触れられない、みたいな……相当ポイントの高いギャップですよこれは…。……となると、必然的にザンザスさんは、あの女性に好意を抱いていることになる。

そこまで考えたところで、不意に胸がズキリと痛んだ。…なんだ今の。
胸に手を当ててみたが、いつも通り少し虚しくなっただけで、別段変わったところはなかった。

…あっ! これは、もしかして…!

「噂の成長痛!?」
「え? 何?」

これが伝説の成長痛か…。わあいやったね! 明日朝起きたら、きっと胸が大きくなってるんだ!

「おい、何してやがる」

小躍りしたくなる気持ちを抑えて、静かに喜びを噛み締めていると、遠くにいたはずのザンザスさんがいつの間にかすぐそばに来ていた。

「ザンザスさん、こんにちは」

挨拶をする私の横で、沢田くんはサッと顔を青くした。

「い、いや! 何も! たった今偶然会っただけだし! な、みょうじ!?」
「え? あぁ、うん」

間違ってはいないので頷いた。
ちょうどそのとき、無言で沢田くんを睨みつけるザンザスさんの後ろから、女の人が走ってきた。

「ザンザス様! お待ちくださ…」
「うるせぇカスが」

息を切らしながら話そうとする女の人を、ザンザスさんの一言が黙らせた。

「テメェの言いなりにはならねぇとジジイに伝えておけ。……なまえ、行くぞ」
「へ? あ、はい」

ザンザスさんは、最後にもう一度沢田くんを一瞥し、元来た道を戻り始めた。
私も沢田くんに「また学校で」と声をかけてから、その後ろを小走りで追いかける。すると、ザンザスさんはちらりとこちらを見やり、歩く速度を緩めてくれた。……うん、やっぱり優しいよね? 首をかしげつつ、ザンザスさんの二歩ほど後ろを歩く。

前を行く背中を見ていると、ザンザスさんが着ている服の肘のところに、小さな埃がついているのに気付いた。それを取ろうと、無意識に手を伸ばしたとき、さっきの女の人が手を払われている映像が浮かんだ。

「……」

もし、そんなことをされたら、私一週間ぐらい使い物にならなくなる。落ち込みすぎて。

………ん? 何で落ち込むんだ? ザンザスさんの態度は、あの女性に対するものと変わらないのに?
ぐるぐると、頭の中がこんがらがっていく。いつも以上に自分の思考が分からない。迷子だ。そろそろ、GPS機能のついている携帯でも持たせてあげたほうが良いのだろうか? 所在が分かることとコントロールできることは別のものだけど。

まあ、でもザンザスさんは優しい。だから、多分、あからさまに手を払ったりはしない……よね。やるとしても、私に気付かれないようにするはず。埃を取るだけだし。そう考えながら恐る恐る手を伸ばすと、不意にその手を掴まれた。

「え…うわっ」

前に勢いよく引っ張られ、よろめきそうになった。なんとか体勢を立て直したときには、先ほど伸ばした私の腕が、ザンザスさんの腕に絡められていた。ちょうど、恋人同士が腕を組んだ状態である。腕を抜こうと試みるが、ガッシリと挟まれて抜けない。

「あの…ザンザスさん?」

上にある横顔を窺うと、ザンザスさんはちらりと視線をよこして、一瞬だけフッと笑った。

「っ!」

瞬時に顔が熱くなる。
心臓がばくばくして、痛い。
何だこれ、何だ!?

「せ、成長痛…!」
「あ?」

知らなかった…こんなに成長痛が痛いものだなんて…。私もしかしたら成長痛で死んでしまうのかもしれない。財産なんてないけど…遺言とか、書いておいたほうがいいのか…?

そんなことを考えていた私は、顔の真っ赤な私を見て、ザンザスさんが満足げに笑っていたなんて、知る由もなかったのだ。

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