ザンザスに添い寝される私は、気配を読むのが壊滅的にへたくそだ。暗殺者としては問題がありすぎるほどに気配が読めない。略してKY。……いや、略すのはやめておこう。
もちろん、今まで何とか死なずに済んだわけだから、少しくらいなら読める。本当に、一応、といった程度なんだけどね。
殺し屋は言うまでもなく恨みを買う職業であり、寝首をかこうとしてくる奴も多い。
ただでさえ気配が読めない私は、眠ってしまえば、周りの状況など一切わからなくなってしまうのだ。つまり私の眠りは、自動的に永眠に直結する可能性が非常に高い。
そんなわけで、私は常に寝不足気味なのである。
ひどい生活ではあるものの、長く続けていれば慣れても来る。人間の順応性は意外とすごい。おかげで、目の下のクマは濃く染み付いてしまったし、四六時中欠伸が止まることはないけれど。
そんなある日、オフの日にもかかわらず朝からボスに呼び出しを喰らった。
なにゆえ? この前の報告書コーヒーこぼしたのにそのまま提出したからか…?
心当たりを考えながら、ボスの部屋の扉をたたく。失礼します、と声をかけて中に入った。
「おはようござ…」
パッと口を閉じる。
なぜなら、ボスがソファに横になって目を閉じていたからだ。
こればボスじゃなかったら、人呼び出しといて寝てるんかい! とソファごとひっくり返してた。けどまあ、ボスだから仕方ない。よくあることだから。
しばらく入口のところに立っていたのだけれど、ボスが身を起こす気配がなかったので、私もそのままの姿勢で目を閉じた。
いつも休む時、私は目を閉じる。眠りにはつかず、座ったり寝そべったりして体を休める。視界を閉ざして、脳みそに送られる情報を少しでも減らして。
これが、気配を読めない私なりの休み方なのだ。
「……寝てんのか」
「いえ」
しばらくして聞こえた声に、ぱちりと目を開く。ボスはソファに寝そべったまま目だけをこちらに向けていた。
「チッ」
なぜか舌打ちされた。
「カスが。なんで寝ねぇんだ」
「…いや、…」
用があって呼び出したんじゃないのかこの人。
「ボスに呼び出されたのに、寝るわけにはいかないでしょう」
「……」
不意にボスが私を呼んだ。指をクイッと曲げて、「はよ来いや」みたいな空気を出している。
ほいほいとボスの側に寄った途端に、突然視界がぐるりと反転した。
「……はい?」
「寝ろ」
「…あれ? え?」
私は今正直ちょっと混乱している。
嘘だ。ちょっとどころではなく、かなり混乱している。
さて、なぜ私はボスと一緒にソファに横になっているんでしょうか?
ていうかソファ大きすぎじゃね。さすがボス用である。
「……あの、」
「いいから寝ろ」
「いや、あの…」
全然よくねぇ。
「気配があれば俺が気付く。お前は大人しく寝てろカス」
「…」
言葉づかいは悪いのに、私の頭を撫でる手つきは穏やかだった。
それにつられて、少しずつ瞼が重くなっていく。
―――こんな風に、ボスはたまに優しくなるから。
「…知ってたんですか?」
「あ?」
「私がずっと寝られないこと」
「……さあな」
答えははぐらかされてしまったけれど。
私の意識が完全に消える直前に、瞼にやわらかいものが触れた気がした。