本番でイタリア観光

「なまえちゃん! よく来てくれたわね〜」
「こんにちは、ルッスーリアさん。お世話になります」

今回、私はイタリア旅行にきた。前に観光案内の約束したのをザンザスさんが覚えていてくれて、学校もちょうど長期休みに入ったので、はるばる日本からやってきたのである。
本当ならホテルに泊まる予定だったのだけど、「別にアジト泊まればよくね?」とベルくんが言い出し、その他の皆さんも是非そうしろと言ってくれた。せっかくなので、言葉に甘えることにしたのだ。おかげで宿泊代がめっちゃ浮いた。

「私、海外旅行なんて初めてです」
「あらっ、そうなの? じゃあ目一杯楽しんでもらわなくちゃね!」

明るく言ってくれたルッスーリアさんは、「なまえちゃんは、どこか見に行きたいところとかある?」と尋ねた。

「それが…私実は地理が苦手で、イタリアの観光名所とかよく知らないんですけど…」
「そうなの?」
「はい。えっと……エッフェル塔はイタリアじゃないですよね?」
「え、ええ…。それは、フランスよ」

ルッスーリアさんは一瞬驚いたような顔をしてから、そう答えた。やっぱり…イタリアじゃなかったか…。

「ノートルダム大聖堂も違いますか?」
「それもフランスね」
「あっ…じゃあケルン大聖堂は?」
「…それはドイツね」
「……」
「……」
「ノイシュバンシュタイン城…」
「ドイツね」
「……」
「……」
「……」
「……まずはお勉強から始めましょうか」
「…お願いします」

固まった笑顔のルッスーリアさんに、最敬礼をした。







ルッスーリアさんのいう勉強は、思っていたよりもずっと本格的だった。
私は単に観光名所と軽い説明をしてくれるのかと思ってたんだけど、今はとりあえずイタリアの歴史の勉強をしている。さっきまでは経済の話をしていた。ちなみにその前は文化の話。ていうか、これ観光するのに必要な情報なのか…? 今なら普通にイタリア人になれる気がするくらいにイタリアに詳しくなったんだけど。あれ? 私日本人だよね?
疑問に思いながらも、ルッスーリアさんがどこからか持ってきたホワイトボードに書くことを、必死にノートに書き写していた。

「その時コルシカ島では独立戦争が続いてたんだけれど、ジェノヴァ共和国がコルシカ島をフランスに譲渡したのね。それが1768年のことで、その翌年に…」

ガチャ

ルッスーリアさんがナポレオン戦争の話を始めた辺りで、部屋のドアが開いた。そっちに目を向けると、怪訝そうな顔をしたベルくんがいた。

「え…何してんの」
「イタリアの歴史を勉強してます。ちなみに経済と文化は先程終わらせました」
「は? 何で?」
「んもうっ! 観光のために決まってるじゃない!」
「いや別にいらなくね? つーかホワイトボードなんかどっから持ってきたんだよ」

呆れたような声のベルくん。やっぱりいらないよね、この知識。しかし、ルッスーリアさんは「まあ!」と憤慨した。

「いるわよ! 先のためにも、若い内に知識を詰め込んでおかなくちゃ!」
「先?」
「そうよ〜? 近い将来なまえちゃんがイタリアに住む時のことを考えて、ね!」

上機嫌でウインクしてくるルッスーリアさん。でも私イタリアに住む予定とかないですけど。あと仮に住むことになっても、家とお金があれば知識はそんなにたくさんいらないと思う。

「じゃあなまえちゃん、続けましょう。…どこまで話したかしら?」
「えっと、多分…コルシカ島が…」

私とルッスーリアさんが勉強を再開した横で、ベルくんがホワイトボードに落書きを始めた。しばらく腕を動かしてから、「ししっ、ちょー似てる。王子天才」と呟く。チラッと見ると、カエルの絵だった。

「…やべー、似過ぎて腹立ってきた」

ベルくんはどこからともなくナイフを取り出すと、カエルの絵に向かって思いっ切り突き刺した。そこを中心に、ホワイトボードに大きな亀裂が入る。その時の音でベルくんの行動に気付いたルッスーリアさんは、使い物にならなくなったホワイトボードを見て目を見開いた。すぐに「ベルちゃんったら」とため息を吐く。

と、同時に再びドアが開いた。

「……何やってんだ」

ザンザスさんだった。

「イタリアの経済と文化と歴史の勉強を」
「…あ?」

眉をひそめるザンザスさん。

「なまえがイタリアに住む時のことを考えてだってさ」

そう言いながら、ベルくんはボロボロになったホワイトボードに執拗にナイフを投げ付けていた。ベルくんはカエルに何の怨みがあるの?

「……家と金がありゃあ普通に住めるだろ」

やっぱりザンザスさんもそう思いますよね。

「なまえ」
「はい?」
「来い」

ザンザスさんはそう言うと、踵を返して部屋の外に行ってしまった。慌てて立ち上がって着いていくと、後ろからルッスーリアさんが「夕飯までには帰るのよ〜」と声を掛けてきた。御意です。

そして私が連れて行かれたのは、アジト近くの街道だった。両側に店が並び、活気はあるが落ち着いた雰囲気の通りだ。なにゆえ?

「この辺の地理は覚えておけ。軽くでいい」

え? 何で? という気持ちを込めて、ザンザスさんを見上げる。
すると、ぽんと頭の上に手を置かれた。

「お前がイタリアに住むときのためにな」
「……御意です」

イタリアに住む予定はないはずだけど、ザンザスさんに言われると、何だかそのうち本当に住むことになりそうな気がしてくるから不思議だ。

そんなわけで、私はイタリアにいる間観光はせず、ひたすらアジト周辺の地理を頭に叩き込んだのだった。

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