ザンザスと敬語夢主・現パロ

目覚ましの音で朝起きて、顔を洗ってご飯を食べて、身支度を整えて。誰もいない部屋に「行ってきまーす」と声をかける。このマンションで一人暮らしを始めて数ヶ月経つけど、これだけはいつまでたっても治らない癖だ。
家のドアの鍵を閉めようとしたところで、今日が燃えるゴミの日だったことを思い出した。もう一度扉を開いて、昨日の夜まとめておいたゴミ袋を持った。今度こそちゃんと鍵をかけ、確認のためにドアノブを回す。

ちょうどその時、隣の部屋のドアが開いた。
中からは、子供が見たら(もしかしたら大人も)一瞬で泣き出しそうな極悪面のイケメンな隣人が出てきた。私はいつも通りに挨拶をする。

「おはようございます、ザンザスさん」
「…ああ」

短い返事だけど、これはいつものことだ。

見た目は明らかに何人か人を殺していそうなザンザスさんだけど、実は普通にいい人だ。正直、最初の頃は、いつか殺されるんじゃないかとビクビクしていたが。
彼はゴミもちゃんと分別するし、それを出す日も守るし、挨拶をすれば返してくれる。今日も、右手には燃えるゴミの袋を持っている。殺人鬼な目付きとのミスマッチに、思わず笑ってしまいそうになった。

エレベーターを待ちながら、少し話をする。

「今日は暖かいですねぇ」
「そうか」
「天気もいいですし。…あ、でも午後から雨降るみたいですよ。ザンザスさん、傘持ってます?」
「…持ってねぇ」
「えー、天気予報見てないんですか? そういえば、8チャンネルのお天気キャスター変わりましたよね。私、前のお姉さんの方が美人で好きだったんですけど」
「別にどっちも変わんねぇだろ」
「変わりますよー。お天気お姉さんが美人だと、朝から幸せな気分になるじゃないですか」
「ハッ、何だそれ」

あ、今ちょっと笑った。
レアなものを見たような、少し得した気分だ。

前は挨拶するのにも怯えていたけれど、今ではたわいのない世間話も出来るようになった。成長である。目指すは夕食をおすそ分けし合えるお隣りさんだ。

エレベーターに乗って、一階に降りる。その間も会話───と言っても、ほとんど私が話すのにザンザスさんが相槌をうつだけだ───は途切れない。今日の夕飯は何にしようか、とか。そんなことばかりだけれど。

一階に着いて、所定の場所にゴミを出す。他にもいくつかゴミが置いてあった。ゴミ袋とはいえ綺麗に並んでいるところから、このマンションに住んでいる人達の性格が伺える。

マンションを出てすぐの通りで、ザンザスさんとはお別れだ。

週に何度もあるわけじゃないけど、ザンザスさんと朝会うと、その日一日は何となく幸せな気分で過ごせる。今日はいい日になりそうだ。

「じゃあ、ザンザスさん。また」
「ああ」
「…あ、そうだ!」

踵を返そうとしたザンザスさんは、私が声を上げると、足を止めてこっちを見た。

私は鞄を漁って、折りたたみ傘を取り出す。

「これ、良かったら持ってってください」
「……お前は」
「私、会社に置き傘あるんです」

置き傘と言っても、一回忘れてからめんどくさくてそのままにしてあるだけだが。
はい、と差し出した傘をしばらく見つめてから、ザンザスさんはフッと本当に少しだけ微笑んだ。折りたたみ傘を受け取って、私の頭をポンポンと軽く叩く。

「…気をつけて行ってこい」
「…はい!」

前言撤回。
今日は絶対いい日になる。

そんな確信を持って、私は会社に向かったのだ。

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