ツンツンデレドラコにいじめられる少し家柄が良いってだけで、貴方自身の能力は言うほど高くないし、両脇に従えてるウスノロは何? 仲間も選べないほど頭が悪いの? 側で騒いでる女もキンキン声がうるさいだけだし、本当に貴方の周りにはまともな人間が寄って来ないわね。ああ、類は友を呼ぶって奴かしら? 所詮同じ穴のムジナですものね。哀れだわ。
───なんて、言えるわけない。
「アグアメンティ!」
びしゃっ、と頭から冷たい水を掛けられた。これが夏ならば、むしろありがたかったのかもしれないけれど、残念ながら今はまだ肌寒い三月だ。つまり有り難さなんて皆無だし、実際「末代まで呪ってやる」としか思わなかった。
「やだぁ! ビショビショじゃない! ドブネズミみたい!」
楽しそうに笑うパーキンソンの声が頭に響く。キンキン声に思わず顔をしかめてしまった。
「お似合いだな、なまえ」
そう言ってニヤニヤと笑うマルフォイには、ぶっちゃけ殺意しか沸き上がらなかった。
周りにいる人達は、一緒になって笑うか、見なかったことにするかだけだ。でも、それも仕方ないことだとは思う。相手はドラコ・マルフォイなのだから。魔法省にも多大な影響力を持つマルフォイ家を敵に回しても、百害あって一利なし。
まあ要するに、恐れられてるのは彼本人じゃなくて彼の家なんだけど。
「ドラコぉ、もう行きましょうよ。授業に遅れちゃうわ」
パーキンソンがマルフォイの腕に絡み付いて、甘えた声で言う。私なら「うわぁ…」と引いてしまうような所作でも、マルフォイにとっては満更でもないものらしい。
「そうだな」
私を一瞥してから頷いて、パーキンソンを腕に絡み付けたまま、クラッブとゴイルを従えて談話室を出て行った。他の寮生も、各々自分のやるべきことに戻り、程なく談話室は私ひとりの空間になった。
「はぁ…」
そうして私は、初めて息をつくことが出来る。
───本当に馬鹿馬鹿しい。
マルフォイのやっていることは単なる稚拙な嫌がらせに過ぎない。精神的にくるというよりは、単純に苛立つというレベルの。まあ、それでも狡猾なスリザリンらしく、教師の前では尻尾を出さないのは称賛に値すべきなのかも知れないけれど。
私はひとつため息を吐いて、暖炉に近付いた。ローブが渇いたら、授業に行こう。
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結局、ローブは渇かなかった。
違うローブに着替えればいいと言うことに気付いたのは、授業終了まであと数分という時になってからだった。
私は馬鹿か、と内心で自分をなじりながら着替えを済ませた。……でもまあ、どうせ魔法史の授業だから、出ても出なくても変わらない。
もう一度ため息を吐いて、寮の外に出た。次の授業は何だっけ。……ああ、違う。次は昼食だ。
重たい足を、広間に向ける。と、知った声に呼び止められた。
「なまえ!」
振り返ると、ハリーとロンとハーマイオニーの三人がこちらに笑顔で手を振っていた。軽く片手を上げて応える。
グリフィンドールの彼らとスリザリンの私が、なぜ同寮の他の人達に比べて仲が良いのかというと……まあ、色々なことが重なった結果だ。
私は彼ら三人のことは嫌いではないけれど、グリフィンドール寮生のことはやっぱり好きにはなれないし、ハリーたちも私には笑顔を見せてくれても、他のスリザリン寮生(特にマルフォイ)との確執は決して無くならない。
近付いてきた三人は、何だか疲れたような雰囲気を纏っていた。
「……三人ともやたら疲れてるわね。何の授業だったの?」
「薬草学よ」
「聞いてくれよ! あの植物! 蔓がめちゃめちゃ太くて…腕にやたら巻き付いてくるやつ!」
ああ、それなら私たちも昨日やったやつだ。マルフォイがやたら騒いでいたのを覚えている。確か…「今、首を絞められそうになった!」だったか。それにしても、ビビりすぎだったと思う。
私が思い出して笑いそうになっていると、ハリーが何かに気付いたように私の髪に手を伸ばした。
「あれ? なまえ、何だか髪が濡れて───」
「なまえ」
名前を呼ばれた。聞き慣れた声だった。そのはずなのに、私にはまるで別の人間の声のように聞こえた。それが、ひどく冷たい声だったから。
振り返る間もなく、痛いほどの力で手首を掴まれて引っ張られる。
「ドラコ!? どこ行くの!?」
慌てたように呼び掛ける声も聞こえないかのようにズンズンと進んでいくマルフォイ。そんな場合じゃないのに、パーキンソンに少しだけ優越を感じた。
本格的に手首が痛くなってきた頃、マルフォイは相変わらず無言のままで、私を連れて誰もいない空き教室に入った。
そして、私を思いっ切り突き飛ばす。勢いに逆らえなかった私は、したたかに背中を壁にぶつけた。
「いッ…」
予想以上の衝撃に、一瞬息が詰まった。何なんだ、一体。
ダン!
大きな音に、体がびくりと震えた。恐る恐る顔をあげれば、目の前にはマルフォイの端整な顔、そして私の顔の左横には彼の右腕があった。今の音はこれか、と何処か冷静に考えた。
「な……なん…」
「何を話してた」
普段とは打って変わった低い声に、思わず息を呑んだ。何だ、本当に何なんだ。
「…は、」
「ポッターと、何を話してたんだ」
いつもなら、こんな状況も内心で嘲っていられるのに。
「……私とハリーが何を話していようが、貴方には関係ないわ」
かろうじて答えた言葉に、マルフォイは一瞬虚をつかれたような表情をした。それからすぐに、顔を歪める。
「…ふざけるな」
「は?」
「僕がどれだけ必死に……なのに何でお前はアイツと仲良くなってるんだ!」
「はぁ!?」
突然、怒鳴られた。何を言ってるのか。私が誰と仲良くなろうとマルフォイには関係ないはずだ。
「…意味が分からないわ」
「だから!」
マルフォイは痺れを切らしたように叫んだ。
「お前にかれ……っ友達が出来てほしくないから、ちょっかい掛けてたに決まってるだろう! 何でそんなことも分からないんだ!」
尚更意味がわからなかった。
マルフォイの言葉につられるようにして、私もフツフツと沸き上がる怒りに任せて叫ぶ。
「分かるわけないでしょ! ていうか何!? そんなくだらない理由で私はいじめられてたわけ!?」
「くだらないって何だよ!」
「実際くだらないじゃない! 大体、『友達が出来ないように』って……貴方どれだけ私のこと嫌いなのよ! …ッ」
息が止まったような気がした。自分の心に浮かんだ気持ちに動揺してしまった。
マルフォイは、私が嫌い。
いじめられてるんだから、そのくらい分かる。
分かってることなのに、何で。
何で私は今、自分で言ったことに傷付いたの?
マルフォイは驚いた表情で、一瞬動きを止めた。歯を食いしばって睨みつけてやる。
「……べつに、」
しばらく無言が続いた後、マルフォイが目を逸らしながら小さな声で呟いた。
「お前が嫌いだったわけじゃない」
「…は?」
「ただ……、」
言葉を切ったマルフォイは目を泳がせて、バツが悪そうな顔をした。
「……何よ」
私が促すと、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「……虫よけのつもりだったんだ」
「は?」
「僕がちょっかい掛けていれば、お前に手を出そうなんて思う奴は居なくなるだろう?」
何故かマルフォイは、どや顔に近い表情をしていた。
それを見ていたら、段々と頭が冷静になってきた。
「……虫よけ、ね」
呟いて背筋を伸ばすと、マルフォイが一歩引いた。にっこりと笑う。
「それにしても、やり方ってもんがあるわよね?」
マルフォイの表情は親に叱られる寸前の子供のようだ。そんな顔をするくらいなら、最初からちゃんと考えておけばよかったのに。
「ねえマルフォイ?」
「………何だよ」
「何か、私に言うことがあるんじゃないかしら?」
マルフォイの、意地でも負けを認めたくないような顔が意外と可愛かったから、正しいやり方を教えてやるのはもう少し後にしようと思った。