ハネウマその後

「俺、みょうじのこと好きなんだ」
「……ありがとう。でも、ごめんね」

今朝登校してくると、下駄箱の中に手紙が入っていた。その内容が、放課後に校舎裏へ来てほしいというもので……今の状況に至るわけだ。

私の返答に、相手は「そっか」と苦笑して、「聞いてくれてありがとな」と言って去っていた。
その背中が見えなくなって、私が大きく息を吐きだそうとした瞬間、真後ろから声をかけられて心臓がきゅっと縮んだような気がした。

「モテモテだな、なまえ」

振り返ると、校舎の壁に擬態していたらしい幼なじみの家庭教師がこっちを見ていた。

「……リボーンくん」
「ちゃおっス」
「…こんにちは」

何で学校にいるのかとか、そういうのはあんまり気にしちゃいけないんだろうな、って最近思うようになった。

「今の見てたの?」
「オレの変装は完璧だったからな。気付かなかっただろ?」
「あはは…」

どや顔のリボーンくんに、思わず苦笑いを浮かべる。でもまあ、可愛いから許すとしよう。
その時、校舎の中をバタバタと走る音が聞こえてきた。そっちを見ると、ちょうど走っていたツナと目が合った。

「あっ、なまえ! リボーン見なか……って居た! こんなとこに居たのかよ!」
「遅かったなツナ」
「遅かったな、じゃねーよ! 学校には来んなっていつも言ってるだろー!」
「うるせーぞ」

ドガッ

「いてー!」

相変わらずのやり取りに笑っていると、リボーンくんが一瞬だけこちらに意味ありげな視線を寄越した。それからすぐにニヤリと笑って、ツナを連れて校舎の中へ消えた。

よく分かんないけど……あの子、また何か企んでそうだなぁ。
そんな予感はしたけど、私にどうこうできることじゃないので諦めることにした。







ぴんぽーん、

帰って寛いでいると、家のチャイムが鳴った。時計を見ると、19時を少し過ぎたところだった。こんな時間に誰だろう? 両親なら普通に鍵は持っているはずだし、そもそもあの人たちはまだ旅行から帰ってきていない。
ソファーから立ち上がって玄関に向かう間にも、チャイムはしつこく鳴り続けている。

「はーい、どちらさ……ディーノさん?」
「なまえ!」

何故かイタリアにいるはずのディーノさんが立っていた。

「え、なん…」

唖然としている私の手を、いきなり掴む。

「行くぞ!」
「え? …ちょっ……え!?」

引っ張られるまま外に出る。そして走り出したディーノさんは、家の前の段差で盛大にコケた。お約束である。

「イテテ、」
「…大丈夫ですか?」
「お、おう…」

まずはディーノさんを助け起こす。そこで一旦落ち着いてもらおうとしたのだが、ディーノさんは「早く!」と私を引っ張り門の外に出て電柱にぶつかった。

「……あの、私何処へでもちゃんとついて行きますから、とりあえず落ち着いてください」
「…おっ、う…!」

しばらく痛みを堪えていたディーノさんだったが、ようやく落ち着いたのか、まだ涙目ながらもしっかりと立ち上がる。

「じゃあ、ゆっくり行きましょう。ね?」
「…ああ」

ディーノさんは頷いて、私の手を取った。今度は慌てることなく歩き出す。

「…それで、どうしたんですか?」

歩きながら私が改めて尋ねると、ディーノさんはどことなく落ち着かない様子で口を開いた。

「……リボーンから、聞いて」
「? 何をですか?」
「なまえが同級生に告白されたって」

それで…ちょっと居ても立ってもいられなくなって…来ちまったんだけど、と続けたディーノさんは、不意に足を止めた。つられて立ち止まると、そこはアクセサリーショップの前だった。
ディーノさんは迷うことなく店のドアを開いた。手を繋いでいる私も、必然的に中に入ることになる。

この店は、割と良い品を手頃な値段で購入出来ると、巷で好評なお店だ。手頃とは言ってもそれは大人の場合であり、私たち学生にはやっぱり敷居が高い。

それにしても、ディーノさんは何でこんなとこに入ったんだろう? とは思ったが、こんな機会でもなきゃ私がこのお店に来ることもないので、ディーノさんの手を離して中を見回ってみることにした。



「なまえ」

しばらくして名前を呼ばれ、振り向くとディーノさんが笑顔で手招きしていた。

「何ですか?」

と聞くと同時に、ディーノさんに左手を取られる。え、と声をあげる前に、薬指に冷たい感触。

「よし、ぴったりだな!」

にっこりと笑ったディーノさんは、再び私の手を取って店を出た。ありがとうございましたー、という声に見送られて外に出た。

「あの、ディーノさん!」
「ん?」

焦って声をあげる私に、ディーノさんは立ち止まって振り返った。

「これは…?」

左手の薬指にはめられた指輪を示すと、優しく笑う。

「ちゃんとしたやつはまた今度買おうな」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて」

ディーノさんは一瞬不思議そうな顔をして、すぐに理解したように「ああ、」と声をあげた。

「なんつーか、まあ…悪い虫が付かないように、な?」
「え、」
「彼氏がいるって分かれば、告白してくる奴もいなくなるだろ」

ちょっと大人げなさ過ぎか? と、少し苦笑いしたディーノさん。

「……告白されたこと、気にしてたんですか?」
「…そりゃあ、気にしない彼氏はいないだろ」

ディーノさんが頬を掻いて目を逸らす。私は左手の指輪に視線を落とした。

輝くそれは、確かな未来の証のようだ。


「ありがとうございます。…すごく、嬉しいです」
「おう」


私が笑うと、笑い返してくれるディーノさんのことが好きで。
だけど言葉にするのは恥ずかしかったから、繋いだ手に力を込めた。

ディーノさんはまた笑って、私の手を握り返した。

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