雨色プラスチック | ナノ
風邪を引いてしまった。

昨日は、久しぶりに本職の方の仕事があった。いつも以上に神経を尖らせた分余計に疲れてしまい、帰ってシャワーを浴びてそのまま寝てしまったのだ。ブルーベル様にあれだけ注意しておいて、本当に情けない話である。
もちろんブルーベル様に風邪を移すわけにはいかないので、今日は世話係の仕事はできない。その旨を白蘭様に連絡すると、

「じゃあ今日は休みでいいよ―。なまえちゃん、最近がんばってくれてたしね」

との返答を頂き、本日は突発的に休暇となった。
まあ、やらなければならない書類も少しはあるが、今日はしっかり休んで風邪を治し、明日またブルーベル様のお顔を見れるようにしよう。
そう思って、私はベッドにもぐりこんだ。







次の朝、いつも通りに戻った体調で、まずは白蘭様のお部屋に向かった。

「なまえです」
「入っていいよー」
「失礼いたします」

ソファに座った白蘭様は、少し疲れたような顔をしていた。

「おはようございます。なんだかお疲れのようですね」
「おはよー。…まあ、昨日ちょっとね」

珍しいこともあるものだ。
この人はいつでもどんな状況も、飄々と笑って楽しんで、疲れることなどないのだと思っていた。白蘭様にも、一応人間らしい部分があるのか。

「何かあったのですか?」
「んー…まあ後で言うよ。とりあえず、なまえちゃんの風邪が治ったみたいでよかった。早くブルーベルのとこ行ってあげて」
「? はい」

失礼いたしました、と頭を下げ白蘭様の部屋を出た。

廊下を歩いていて、少しおかしなことに気が付いた。すれ違う人たちが皆、私を見て安堵のような表情を浮かべるのだ。……一体、どうしたというのだろう。

疑問に思いながらも、まっすぐブルーベル様の部屋に向かった。その扉をノックし、声をかける。

「おはようございます、ブルーベル様。なまえです、開けますよ」

一拍置いて扉を開いた瞬間、お腹に衝撃を感じた。よろけかけたが、なんとか踏ん張る。

「ブルーベル様…おはようございます」
「おはようなまえ! 風邪はもう平気?」
「ええ。万全です」

私の言葉を聞いて、抱きついているブルーベル様は表情を明るくした。

「もう! これからはちゃんと自己管理もしなさいよね!」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございません」

まるで、お母さんのような物言いだと思う。思わず笑ってしまいそうになったが、そうなったらブルーベル様が怒ることは目に見えているので、何とか堪えた。

「では、すぐに朝ご飯を作ってきます」

私がそう言うと、ブルーベル様は不服そうな顔をした。

「えー!? 昨日会えなかったのに、またすぐ行っちゃうわけ?」
「え…と、」

少し困った顔をした私を見て、ブルーベル様は悪戯っぽく笑う。

「冗談よ! ブルーベルお腹空いたから、早く作ってきて!」
「…はい」

部屋を出て、厨房に向かう。

「おはようございます」
「おー! おはようなまえちゃん!」

ブルーベル様のご飯を三食作らせていただいていることと、おやつを作るときに材料をもらったりする関係で、シェフの方とも仲良くなった。

「風邪はもう良いのかい?」
「はい」
「はっはっは! そいつぁ白蘭様も一安心だろうな!」
「…?」

なぜ白蘭様が?

首を傾げた私に、彼が驚いたような顔をする。

「あれ、聞いてないのか?」
「ええと、何がですか?」
「昨日、ブルーベル様が大分荒れてな」
「え!?」
「白蘭様がなだめるのに苦労されてたよ」

豪快に笑う、料理長。

「……ちょっと、それ詳しく聞かせてもらえますか」







「おっかえりー!」

料理を持って戻ると、ブルーベル様が駆け寄ってきた。

「…ブルーベル様、食べる前にお話があります」
「……何?」

真剣な表情をした私に、彼女が不思議そうな顔をする。
とりあえず、ブルーベル様には椅子に座っていただいた。

「昨日は駄々をこねて白蘭様を困らせたようですね」

ブルーベル様は、「げ。」とでも言いたそうな顔をした。

「…なんで知ってるの」
「厨房の方から聞きました。『食事なんかいらない』とおっしゃたようで」
「……だってなまえがいないから」
「…それも聞きました」

ブルーベル様は、昨日『なまえが作った料理じゃないならいらない!』と騒いで暴れて、白蘭様を困らせたようなのだ。気に入っていただけたのは、光栄ではあるけれど。

「確かに、一日食事を抜かしたくらいでは人は死にませんが…」
「じゃあ良いじゃない」
「それとこれとは話が別ですよ」

むぅ、と頬を膨らませたブルーベル様。

「食事は、健康の基本ですから。それに毒が入っている場合以外はちゃんと食べてください」
「……」
「…でも、」

ブルーベル様が顔を上げる。

「私の料理を気に入ってくださったのは、本当にうれしいです。ありがとうございます」
「べっ、別に…そういうわけじゃ…」

顔が真っ赤だ。私と目が合うと、ブルーベル様が慌ててうつむく。
しばらく下を向いて小さな声で何事かをぶつぶつと呟いていた彼女は、突然顔をあげた。

「そうよ! なまえがもう休まなければいいのよ!」
「…は」
「なまえが休まなかったら私だってちゃんと食べるわ!」
「いえ、だからそういうことではなく…」

私の話を聞いているのかいないのか、ブルーベル様は目を輝かせて私に命令した。

「これからはずっと休んじゃダメよ! 風邪引いても来なさい!」
「風邪を移すわけには…」
「大丈夫! ブルーベル強いから!」

その自信はどこから来るのだろう。
呆れてしまいそうになったが、嬉しそうに私の作った料理を食べてくださる姿を見ていたら、もうなんだかどうでもよくなってきた。
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