「……飽きた」
「…は?」
おやつのマシュマロを食べている最中、突如としてブルーベル様が呟いた。思わず失礼な反応をしてしまったが、ブルーベル様は別段気に止めた様子もなく、テーブルの上のマシュマロを指差して叫んだ。
「毎日毎日マシュマロじゃつまんないー! たまには別のものも食べたい!」
「……白蘭様からはマシュマロしか頂いてないのですが…」
「やだ! マシュマロなんかもう見たくない!」
「そう仰られましても……」
……困った。こうなったブルーベル様は、別のものを用意するまで機嫌を直して下さらないのだ。
つーんとそっぽを向いてベッドに座るブルーベル様をそのままに、給湯室に向かう。手当たり次第に棚の扉を開けると、いくつか使える材料や道具があった。……うん、これなら大丈夫だろう。
立ち上がると、給湯室の入り口でブルーベル様が期待に満ちた目でこちらを見ていた。思わず笑ってしまいそうになるのをこらえ、ブルーベル様に向かって言った。
「…クッキーでよろしければ、
「やったあ!」
……はい」
嬉しそうに笑うブルーベル様に、つられてこちらまで嬉しくなる。
少し時間が掛かるから、と部屋で待ってもらったのだが、ブルーベル様は待ちきれない様子で何度もキッチンに顔をのぞかせていた。
それから出来上がったクッキーを見て、よし、と一人頷く。少し作りすぎてしまったが……まあ、別に数日で腐るようなものでもない。
「いい匂いがする!」
ブルーベル様が、給湯室に駆け込んできた。
皿に移したクッキーを見て、顔を輝かせる。
「今紅茶を淹れますから、手を洗って待っていてください」
「うん!」
嬉しそうに駆けていく様子に、思わず笑みが零れた。
そしてクッキーと紅茶を持って部屋に行くと、ソファに座っていたブルーベル様は一瞬で怪訝な顔をした。
「……何で、紅茶が一人分なの?」
「…?」
それはもちろん、ブルーベル様の分だが……。
首を傾げると、彼女はムッとした表情を見せた。
「何してんの? なまえも一緒に食べるのよ! 早くもう一杯淹れてきて!」
「へ…あ、え……は、はい」
勢いに押されて、もう一度給湯室に戻った。…………え? 私も食べるの?
訳もわからないまま、紅茶を手にもう一度部屋に戻ると、ブルーベル様に「遅い!」と叱られた。
「待ちくたびれたわ!」
「…すみません」
実際、一分も経ってない。
急かされた私が向かいのソファに座るやいなや、ブルーベル様は両手を合わせた。
「いただきます!」
クッキーをひとつ摘んで口に入れたブルーベル様の目が、大きく見開かれる。……お口に合わなかっただろうか?
「おいしい!」
「…ありがとうございます」
…良かった。ホッと息を吐くと同時に、部屋のドアが開いた。
「やっほー♪ ……あれ、良いもの食べてるね」
白蘭様だった。
「なまえが作ってくれたのよ!」
「へえー」
白蘭様はにこにこと笑いながら歩いてきて、クッキーを口に入れた。
「さっすがなまえちゃん。おいしー」
「ありがとうございます」
「大抵の料理は作れちゃうんだよねぇ、確か」
白蘭様の言葉を聞いたブルーベル様の目が、一瞬光った。
「それ、ほんと!?」
「え…ええ、まあ。自炊してますから…」
私が頷くと、ブルーベル様の表情が明らかに変わった。
「今日の夕食は、なまえの作った料理がいいわ!」
「……え?」
「それいいね。僕も僕もー」
「はぁ!?」
思わず白蘭様を見ると、相変わらず読めない笑みが返ってきた。
「ねぇなまえ、いいでしょ?」
「……本気ですか?」
「もちろんよ!」
……キラキラとしたブルーベル様の笑顔には、勝てる気がしなかった。
・
・
・
「おいしー!」
「はあ、ありがとうございます」
結局、ブルーベル様と…何故か白蘭様の分まで夕食を作ってしまった私だ。……いいのか、シェフの料理じゃなくて。
「なまえちゃん、これならいつでもお嫁に行けるねー」
「はあ、恐れ入ります」
食べながら、白蘭様が何気なく言った一言に、予想外にブルーベル様が鋭く反応した。
「ダメ!」
「…え?」
まさかの拒絶に、思わず口が開く。ブルーベル様は、眉間にしわを寄せてこっちを睨んだ。
「なまえはブルーベルの世話係なんだから! どこにもお嫁になんてやらない!」
驚きで目が丸くなった。
「あはは。ほんとに、すごく懐かれたねぇ」
白蘭様が呑気に呟いた。
そして、ブルーベル様の要望で、これから彼女の三食とおやつは全て私が作ることになってしまったのは、本当に想定外だった。……何故だ。